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「トランプ・インフレ」に翻弄される新興国経済

~スーパー・エルニーニョも加わり、インフレと通貨安への警戒感が強まる懸念も~

西濵 徹

要旨
  • イラン情勢の不透明感によるホルムズ海峡の航行正常化の遅れ、サウジアラビアでの石油パイプラインの稼働停止、バブ・エル・マンデブ海峡を巡る不透明感を背景に原油価格が再び上昇しており、世界的にエネルギーインフレが長期化するリスクが高まっている。さらに、トランプ米政権の関税引き上げや減税、AI・半導体投資の拡大、現金給付構想などを受け、米国では財政悪化とインフレへの懸念が強まっている。こうした状況を反映して米長期金利は上昇し、国債買い入れ(バイバック)を拡大しても上昇圧力を抑え切れない状況にある。

  • こうしたなか、足元の金融市場においては、FRBが「タカ派」姿勢を強めるとの見方が広がっている。このところは、日本と米国による協調為替介入や米国債バイバックの増額、FRBの独立性への懸念などを理由に米ドルが調整し、それに伴い新興国通貨も上昇してきた。しかし、足元では米金利上昇を受けてそうした環境が変化しつつある。

  • 加えて、2026年は観測史上最強の「スーパー・エルニーニョ」が発生しており、不漁や干ばつ、天候不順による農産物の供給減少が懸念される。イラン情勢を背景とする化学肥料価格の上昇も農業生産の下押し要因となり得る。先行きはエネルギーに加え、食料品でもインフレ圧力が高まる可能性がある。とりわけ所得水準の低い新興国では、生活必需品の物価上昇に加え、FRBのタカ派化による自国通貨安が輸入インフレを増幅させるため、経済状況にかかわらず金融引き締めを迫られるなど、難しい政策対応に直面するリスクが高まっている。

このところの金融市場では、トランプ米政権による政策運営がインフレを引き起こすとの警戒感を反映して、金利上昇圧力が強まっている。イラン情勢は依然として不透明なうえ、ホルムズ海峡の航行正常化は見通しの立たない状況が続いている。足元では、迂回路であるサウジアラビアのEast-West石油パイプラインが稼働停止状態となるとともに、バブ・エル・マンデブ海峡の航行にも不透明感が高まっている。こうした事情を反映して、一旦落ち着きを取り戻した原油価格は再び上昇の動きを強めている(注1)。その結果、米国のみならず、全世界的にエネルギーインフレの動きが長期化するリスクが高まっている。

足元の米国経済は堅調に推移しており、労働市場も需給が引き締まる状態が続くなか、トランプ米政権の政策運営による物価への影響が懸念されている。トランプ米政権は、輸入関税を全体的に引き上げる一方、国内向けには減税のほか、AI(人工知能)・半導体関連投資の拡大による需要喚起を目指す動きをみせる。そのうえ、トランプ氏は、11月に実施される中間選挙で共和党が上下両院を制すれば、すべての成人の米国民に対して一律で5,000ドルを支給する考えを示した。ただし、その財源を明言していないため、仮に共和党が勝利した場合は財政悪化への懸念が一段と強まる可能性がある。米国政府はこれ以外にも、過剰請求とみられるオバマケアに関連する保険料について、約100万人を対象に10月以降500ドルを還付する方針も明らかにしている。

このように米国の財政運営に対する懸念が高まっているほか、関税によるコスト上昇に加え、減税や投資を通じた需要押し上げも物価押し上げにつながるとの見方を反映して、このところの長期金利は上昇ペースを強めている。ベッセント米財務長官は8月、長期金利の上昇や流動性低下に対応すべく、国債の買い入れ消却(バイバック)の規模を引き上げる方針を示し、一時的に金利上昇が抑えられた。しかし、足元で長期金利は再び上昇を強めており、ベッセント氏は一連のバイバックは機能しているとの見方を示す一方、財政赤字など多くの要因が長期金利の上昇を招いていると説明するなど、難しい対応を迫られている。

足元においては、FRB(米連邦準備制度理事会)が今月のFOMC(連邦公開市場委員会)において利上げを実施し、その後も追加利上げに動くなど「タカ派」姿勢を強めるとの見方が強まっている。なお、日本と米国による協調での為替介入の実施に加え、前述のベッセント氏によるバイバック増額表明を受けて、米ドル指数は調整する動きをみせた。加えて、トランプ氏がFRBに利下げを要求する発言を繰り返したことで、FRBの独立性への懸念が高まったことも米ドル相場の重しとなった。こうした動きを反映して、MSCI新興国通貨指数は一時最高値を更新した(図1)。しかし、足元では米金利の上昇を背景に、こうした新興国通貨を取り巻く状況に変化の兆しが出ている。

図表
図表

2026年は太平洋の赤道付近で海水温が平年に比べて高くなるエルニーニョ現象が発生しており、今回はその差が2℃以上に達する「スーパー・エルニーニョ」となっている。足元ではすでに観測史上最強となっているうえ、事態が長期化するとの見方も出ている。2025年には同地域の海水温が平年に比べて低いラニーニャ現象が発生したが、ラニーニャから猛烈なエルニーニョに急激に転じた年はごくわずかしかない。過去のエルニーニョ現象では、海水温の上昇による不漁のほか、干ばつや天候不順などにより様々な穀物の生産に悪影響が出ており、食料品の供給懸念が高まっている。さらに、イラン情勢の悪化を受けた供給懸念を理由に、化学肥料の価格が上昇しており、施肥量の低下が農業生産に悪影響を与えることも考えられる。

このため、先行きはエネルギーのみならず、食料品といった生活必需品を中心にインフレ圧力が高まることが予想される。生活必需品を中心とするインフレは、所得水準が低い新興国に与える影響が相対的に大きくなりやすい。そのうえ、FRBがタカ派傾斜を強めれば、多くの新興国で資金流出圧力が強まることも考えられる。自国通貨安は、原油や天然ガスなどエネルギー資源のほか、穀物などを輸入に依存する新興国にとって、輸入物価の上昇を通じてインフレ圧力を増幅させる。新興国にとっては、自国経済の状況に関係なく、物価と為替の安定を目的とする金融引き締めを迫られるなど、難しい政策対応に直面する可能性が高まっている。

以 上

注1 9月15日付レポート「原油市場を揺らす「二つの海峡」の緊張

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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