「実質賃金+2%」でも実感が薄い理由

~①賃金実勢はもう一段低い+②中央値賃金の伸び悩み~

星野 卓也

要旨
  • 2026年春闘の賃上げ率(最終集計)は5.01%と高水準を維持し、毎月勤労統計の実質賃金も2026年入り後はプラス圏に浮上、直近の伸び率は2%に達する。ただし、足元の「実質賃金+2%」はヘッドラインほど強くみるべきではない。
  • 第一に、毎月勤労統計の本系列はサンプル入れ替え等の影響で振れやすい。共通事業所ベースや、全数調査である健康保険の標準報酬月額からみると、基本給の基調的な伸びは2%台半ば程度にとどまるとみられる。
  • 第二に、近年の賃金上昇は「平均値>中央値」の傾向がみられる。特に20~40代では、上位層や下位層の賃金上昇が平均を押し上げる一方、中位層の伸びは相対的に弱い。平均賃金の上昇が、必ずしもボリュームゾーンの実感と一致していない可能性がある。
目次

※本稿は東洋経済オンライン(2026/7/2)への寄稿を一部加筆・修正して作成。

実質賃金+2%は実勢か?

今年の賃上げも堅調な結果だった。連合調査における2026年の賃上げ率(最終集計)は5.01%となった。2025年の5.26%からやや鈍化するが、依然として高い水準だ。米国による関税措置やイラン情勢悪化がダウンサイド要因として指摘されつつも、企業の賃上げ意欲は依然として底堅さがある。人手不足環境の中で人材のつなぎ止め、新規獲得が重要な経営課題となっていることの表れだろう。

一方、ここ数年で賃上げは定着しつつあるが、しばしば聞かれるのは「賃上げ実感が薄い」との声である。最もわかりやすい理由は物価が賃金以上に上がっているからだ。2022~2025年度の実質賃金は4年連続でマイナスとなっており、連合が2026年4月に調査した「勤労者短観」では「物価上昇に賃金の上昇が追い付かない」と回答した割合が6割に上ったという。

足もとでは、その実質賃金もプラス圏に浮上しつつある。厚生労働省の毎月勤労統計における2026年入り後の実質賃金は1月+0.7%、2月+2.0%、3月+1.4%、4月+2.0%と4カ月連続のプラスである。長らく物価上昇に賃金の伸びが追い付かず、実質賃金のマイナスが続いてきたことを踏まえれば、これは家計環境の改善を示す明るい材料ではある。

ただし、「実質賃金+2%」という高い伸び率は割り引いて考えた方が良い。毎月勤労統計はサンプリング・ローテーション(調査対象の入れ替え)などの影響で、しばしば賃金伸び率に不自然な変動が生じることが知られている。このため、日本銀行を含め、多くのエコノミストが参照するのはサンプル要因を緩和するために作成されている「共通事業所ベース」の数字だ。これは前年同月と当月の双方で回答している同一事業所を比較する系列であり、調査対象の入れ替えによる歪みを小さくできる。

図表1は、実質賃金(前年比)の推移を、名目の所定内給与(本系列・共通事業所ベース)と重ねて示したものである。2026年入り後の実質賃金は確かにプラス圏に浮上したが、その背後で名目の所定内給与をみると、本系列が3%台後半まで振れる一方、共通事業所ベースは2%台半ばにとどまる。両者には1ポイント前後の差がある。

図表
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全数調査の健保統計も所定内「+2%台半ば程度」を支持

ただし、共通事業所ベースでも統計上のクセが完全に消えるわけではない。共通事業所として集計される対象自体が変わるので、そこで伸び率の断層は発生しうる。本系列よりはクセの問題は緩和されるが、共通事業所系列でもなお本当に賃金実勢を示しているのか?という疑念は残るのだ。

その確かめ算に最近筆者が利用しているのが健康保険の事業統計である。社会保険における「標準報酬月額」は一般労働者の所定内給与に概念上近く、実際に毎月勤労統計の数字とも近しい推移をしている。健康保険の標準報酬は、毎月勤労統計のような標本調査ではなく、社会保険加入事業所をすべて捉える「全数調査」である点が大きな強みだ。標本誤差が存在しないため、サンプルの入れ替えに伴う振れの問題と無縁であり、賃金の基調を確かめるうえで有力な手掛かりとなる。なお、厚生年金ではなく健康保険の統計を利用するのは標準報酬の「上限問題」が緩和されるからだ。標準報酬は階級に上限があり、一定額以上の給与所得者は一律で上限階級に分類される。健康保険は等級が50段階・上限139万円と高く設定されており、厚生年金(等級32段階・上限65万円)に比べて高所得者の賃金変動が頭打ちになりにくい。このため、賃金実勢により近い推移となることが期待できる。

この健保ベースで賃金の伸び率を試算すると、2023年度は+1.9%、2024年度は+2.3%、2025年度は+2.5%となっており、じわじわと加速している形になる。毎月勤労統計における2025年度の所定内給与(一般労働者、共通事業所ベースの平均)は+2.4%だった。健保統計の上昇率と概ね整合的である。

2026年度の賃金はどうなるか。図表2では健保統計も含めた複数の賃金指標を並べている。春闘の結果(ベースアップ率が若干の減速)を踏まえると、どちらかといえば賃金伸び率は若干の減速程度になるとみるのが自然ではある。直近までのナウキャスト社の募集賃金指数もやや伸び率を低下させている状態だ。2%台半ばを若干下回る形になってもおかしくはなさそうである。もっとも、直近2026年4月の共通事業所ベースの一般・所定内給与の伸び率も+2.5%とそう大きく乖離しているわけではない。「2%半ば程度」のイメージを持っていれば良さそうだ。いずれにせよ、毎月勤労統計を見る際には共通事業所ベースの数字を参照するのが妥当だろう。

図表
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賃上げ実感が乏しいもう一つの理由:平均値と中央値が乖離

もうひとつ、ネガティブ側の話をしておきたい。近年の賃金上昇率をみると、どうやら「平均>中央値」の傾向があることがみえてきた。図表3では、2021→2025年にかけての各年代別の賃金上昇率について、平均伸び率と中央値の伸び率を比較している。20-40代を中心に平均伸び率が中央値伸び率をしっかりと上回っていることがわかる。これは、賃金上昇が分布全体で一様に生じているわけではなく、中央値では捉えきれない層の動きが平均を押し上げている可能性を示唆する。実際、所得上位層(90%tile)の伸び率をみると、20-40代で中央値を上回っている。

また、もう一つの特徴として所得下位層(10%tile)も30代以降では中央値よりも高い伸び率となっていることが挙げられる。高所得者偏重で格差拡大という単純な話ではなく、最高層と最低層が伸びる一方で真ん中の層の伸びが小さい中抜けの状態だ。引き合いの強まる所得上位層の賃金に加えて、最低賃金引き上げや近年のブルーカラー労働者の不足などに伴って、低所得労働者の賃金が引き上がる一方で、間の層の賃金上昇が相対的に劣後している、というイメージになりそうだ。

図表
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同様の構図が足元でも続いているとすると、「平均賃金」を捉える各種統計の伸び(+2%台半ば)は、ボリュームゾーンである中位層が実感する賃金の伸びを上回っていることが考えられる。先に見た「賃上げ実感の薄さ」もこの平均と中央値の乖離に根差している部分があるのかもしれない。

足元の「実質賃金+2%」は、(1)相対的に高めに出やすい本系列の名目賃金と物価鈍化が重なった結果であり、共通事業所ベースや全数調査の健保統計でみれば基本給の基調は2%台半ば程度にとどまること、(2)その平均賃金の伸びは特に20~40代で分布の上位層と下位層に偏っており、中位層の体感と乖離している可能性があることの二点は賃金をみるうえで押さえておいた方が良いポイントと考えている。実質賃金に光明が差していること自体は否定しないが、ヘッドラインの強さに浮かれるべきではないだろう。

以上

星野 卓也


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

星野 卓也

ほしの たくや

経済調査部 主席エコノミスト
担当: 日本経済、財政、社会保障、労働諸制度の分析、予測

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