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2026.06.18
国際秩序
安全保障
トランプ政権
イラン情勢
米・イラン戦闘終結の覚書発効も課題は多い
~容認できないであろうイスラエルの動向が懸念材料~
嶌峰 義清
- 要旨
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- 米国とイランは、戦闘終結に向けた覚書に両国が署名したことを明らかにし、合わせて14項目で構成される覚書の内容も公表された。今後は、最終合意に向けて最大60日間(延長は可能)の交渉が行われることになる。
- 焦点の一つとなっているホルムズ海峡の封鎖解除については即日実施され、30日以内に完了するとしている。これは機雷の除去などを含む期間と考えられ、イランは少なくとも60日間限定で、無償で安全な航行を可能にするための最善の努力をすることが記された。今後は、長期停泊を余儀なくされていた石油タンカーを含む商船が海峡外に向かうことで、原油を始めとした各国の供給不足をある程度緩和することが期待される。
- 一方で、核開発に関する問題はイランに配慮したとも取れる内容にとどまったほか、中長距離攻撃能力の破棄についての言及はない。このため、覚書はイスラエルにとっては意味のない内容となっている。今後は、米国の意向を無視してイスラエルが軍事行動を継続する可能性は高く、米国とイランが最終合意に至るうえで最大の障壁となる可能性がある。
1. 署名・発効した「米国とイランによるイスラマバード覚書」
米ホワイトハウスは、トランプ米大統領がイランとの戦闘終結の覚書に正式署名したことを明らかにした。署名はフランス大統領府も認めたほか、イラン外務省も署名を認めている。
メディアによれば、覚書は14項目で構成されており、米政府高官がその内容を明らかにしたとしている(これまで報道されていた内容とはやや異なる)。その内容は以下の通り(図表1)。

米、イラン両政府ともに公式の文書として覚書の内容を公開されていないため(本稿執筆時点)、メディアによって文言に若干の差異がある点には注意を要するものの、覚書は概ね以上のような内容となっている。
これを受け、今後両国は最大で60日間、最終合意に向けた交渉を行うことになる(交渉期間の延長も可能)。その間は停戦状態が続くほか、世界経済最大の懸案事項となっていたホルムズ海峡の封鎖は解除され、自由な航行が保証されることになる。
2. ホルムズ海峡の航行が元に戻るわけではない
ホルムズ海峡には、イランが敷設した機雷があるとされている。そのため、今後米国とイランは機雷の除去に当たることになる。除去に当たっては、他国が協力する可能性がある。機雷の除去は、船舶の航行ルートを確保するために、主要航路を重点的に掃海して時間の短縮を図ることになろう。一般的には、数週間から1ヶ月程度で大型船舶の航路を確保することは可能とされており、それが覚書④の「海上封鎖を解除し、30日以内に完全に終了」に当たると考えられる。
もっとも、30日では必要最低限な航路の確保にとどまる可能性があり、優先されるのはペルシャ湾内にとどまっていた船舶を湾外に出すことになる。各種報道などによれば、ペルシャ湾内には石油タンカーが200隻前後、その他比較的大型の商船が1,000隻前後とどまっているとされている。平時においては、ホルムズ海峡を航行する船舶は1日あたり100~130隻程度ともされており、ペルシャ湾内に停留していた船舶が湾外に脱出するためには、最短でも10日程度、航路が限定されればそれ以上の時間を要することになる。
さらに、覚書⑤のように、イランが安全かつ無償での海峡通過を保証するのは60日とされていることを勘案すれば、ペルシャ湾内から出る船で保証された日数の大半を費やす可能性があり、新たな船舶が湾内に入り、中東地域からの原油や石油化学製品、その他貨物を輸出入することはかなり限定される可能性がある。
ホルムズ海峡に関して更に注目されるのは、覚書⑤で「イランは国際法やホルムズ海峡の沿岸国の主権に沿い、将来の管理や海上サービスを定義するため、オマーンと対話」とされていることだ。これは、イラン政府が主張していた、同海峡を航行する船舶に対して何らかの料金を取ることに繋がる可能性が高い。イラン政府は、通行料を取る代わりに、何らかのサービスを付加して、その料金を徴収することを主張している。
米国を始め各国は、人工的ではない海峡の航行は自由で無料であるべきで、周辺国が通行料を取る事例はないとしている。とはいえ、交渉の中では双方が譲れない一線を守るために、何らかの代償を払うことは多い。たとえば、核開発に関して米国側が譲れない一線があるとして、その要求をイランに受け入れさせる代わりに、ホルムズ海峡の実質的な通行料をイランが徴収することを受け入れる可能性は否定できない。
例えば、200万バレルの原油を積載するタンカーの通行料を10万ドルとした場合、原油1バレルあたりのコスト増加は0.05ドルにとどまる。1バレル=80ドルとすれば、価格上昇率は+0.06%に過ぎない。このように、船舶の大きさに応じて1隻あたりの実質通行料を限定的なものにとどめることができれば、価格への影響も限定的なものとなる。イラン側からすれば、それでも1日あたり数十万~数百万ドルの収入を手にすることが可能だ。そうした資金を復興に充てるという目的(縛り)がつくようであれば、ますます現実化する可能性があると言えよう。
とはいえ、これまでにない事例が実現してしまえば、それは他に波及するリスクがあるため、受け入れがたい側面もあるが、トランプ大統領が好む“ディール(取引)”がどのような形で行われるかは予断を許さない。
3. 最大の争点は核燃料の取り扱いで、リスクはイスラエルの対応
今後の交渉でもう一つ重視されるのが、イランの核開発に関する点だ。そもそも、イスラエルと米国がイランへの空爆を開始した理由は、イランによる核兵器開発の阻止、中長距離攻撃能力の破棄、及びイスラエルに敵対する勢力(ヒズボラなど)への支援停止、である。
覚書では、核については⑧で言及しており「イランは核兵器の調達や開発をしない。相互に合意される仕組みで、備蓄した濃縮物質を処分」としているが、これはかなりの程度イランの要求に沿った内容と言える。すなわち、イランは核濃縮を「平和目的」であり、軍事用ではないと説明してきた。その真偽はともかくとして、覚書で「イランは核兵器の調達や開発をしない」としても、イラン側の返答は「従来その通り」となる。更に焦点となる備蓄してある核濃縮物質の扱いについて「相互に合意した仕組みで処分(希釈・廃棄など)」にとどめた。相互の合意は今後60日間の交渉で話し合うことになるが、米国はイラン国外での処理、イランは国内での処理を強く主張することになる。今回の覚書で最大の争点となろう。
仮に、両国が折り合わなければ、交渉期間が延長される可能性が高い。トランプ大統領は「60日で合意できなければ再攻撃も辞さない」と述べたとされているが、11月の中間選挙が近づく中で(60日後は8月半ば)、自身の支持基盤にも批判の多い他国への関与(軍事行動)を選択する可能性は低いだろう。
むしろ、中間選挙前にとりまとめることを優先するあまり、実効性の乏しい内容で合意する場合のリスクが大きい。たとえば、イラン国内での処分を認める代わりに、IAEA(国際原子力機関)などの第三者機関が監視するなどの条件をつけることだ。イランの核開発に関して、IAEAの査察は機能した時期と機能しなかった時期に分かれるが、少なくとも第一期トランプ政権下で、イランと主要国との間で結ばれていた包括的共同行動計画(JCPOA:イランが核開発を大幅に制限する代わりに、イランに対する経済制裁を解除する取組)から米国が離脱して以降は、ほとんど機能しなかったと言える。こうした過去の経緯から判断すれば、イラン国内で少なくとも核兵器に転用されない程度に核関連物質を破棄することに大きな期待はできない。
こうした事態を最も憂慮するのがイスラエルだ。イスラエルの立場としては、自国への脅威の排除が最優先であるため、核燃料や中長距離攻撃能力の排除、ヒズボラなどへのイランの支援停止に触れていない今回の覚書は、全く受け入れられないものだろう。今後、イスラエルは自国の問題としてイランやヒズボラなどへの攻撃を行う可能性が残る(イスラエルの攻撃持続能力次第ではあるが、60日間の交渉中も持続的に行われる可能性がある)。
仮に、イスラエルが強硬な姿勢を取った場合、①イランはこれをどう捉えるか、②米国はイスラエルに対してどう対応するか、が新たな問題として浮上する。イランは、米国が戦闘終結を急いでいること、特にホルムズ海峡の開放に執着していることを見極めた上で、米国によるイスラエルへの対応を求めるだろう。一方、米国はイスラエルの行動を“妨害”と捉えることもできるが、米国とイスラエルの深いつながりはもとより、中間選挙を控えたトランプ大統領の有力な支持基盤に親イスラエル派が多いということも考慮に入れざるを得ない。すでに、親イスラエルの米議員からは、今回の合意に関して不満の声も上がっていると報道されており、トランプ大統領の立場は厳しい。
イスラエルの行動やトランプ大統領の選択如何では、再び戦闘が始まりホルムズ海峡が再封鎖されるリスクや、米国とイスラエルの関係が大きく変わるリスクなども内包する。覚書には署名したものの、60日間の交渉は様々な不透明要因をはらんでおり、事態が終結して空爆開始前の状態に戻るには数多くの高いハードルが残されている。
嶌峰 義清
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

