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- 時事雑感(2026年8月号)
6月22日、「マエストロ(名指揮者・巨匠)」と評され、米国の中央銀行FRBの議長を18年5ヶ月(歴代2位)にわたって勤め上げたアラン・グリーンスパン元FRB議長が100歳で生涯を終えた。
グリーンスパン氏はジュリアード音楽院で学びジャズミュージシャンを目指した後、経済学博士号を取得、民間エコノミスト、経済コンサルティング会社経営を経てCEA(大統領経済諮問委員会)委員長を務めた後、1987年にボルカーFRB議長の後任として指名された異色の経歴を持つ(2006年1月に退任)。
就任直後のブラックマンデーを皮切りに、90年代前半のジョブレスリカバリー(雇用なき景気回復)、アジア通貨・LTCM危機(97~98年)、ITバブル崩壊・同時多発テロ(01年)など、数多くの経済危機、市場混乱を乗り切った手腕は高く評価される。オールドエコノミーの国際競争で疲弊した米国経済が、金融やITを牽引車にインフレなき持続的な成長をしていくニューエコノミーへと変貌を遂げることに成功した背景には、ミクロの詳細なデータを分析し、資本市場の力を巻き込みながら金融政策の指揮を執ったグリーンスパン氏の貢献は計り知れない。一方で、長らく金利水準を低位においたことが、米国の住宅バブルとサブプライムローン問題を招いた一因になったとの批判もある。危機が表面化したのは議長の任を降りた後ではあるが、良くも悪くも市場との関係が深かった。
グリーンスパン氏と言えば、難解な言葉が市場を惑わせ、エコノミスト泣かせだった。ITバブルが本格化する前の段階で、当時(96年末)の株価の高騰を「根拠なき熱狂(irrational exuberance)」と評したのは有名だ。市場の力を利用しながらも、金融政策と市場との距離感を保つことに長けていた。
5月に就任したウォーシュFRB議長は、議長としての目標とするほどグリーンスパン氏を高く評価していると言われ、近づきすぎた市場との距離感を正したい意向を示している。再び、FRBと市場が緊張感をもった時代が訪れるのかもしれない。
嶌峰 義清
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

