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日本成長戦略を吟味する

~17分野の選定はこれでよいのか?~

熊野 英生

要旨

高市政権は、「重点投資対象17分野」を選定した。その中には、インバウンド・観光や健康・予防医療など重要分野が入っていない。また、政府はこの17分野以外に、分野横断的課題として8項目を挙げている。経済好循環や分配政策は、こちらの観点から推進されていくようだ。岸田・石破政権から引き継ぐべき政策については、高市政権もリレーのバトンをつなぐように、きちんと受け止めてほしい。

17分野は2つに分類できる

高市政権は、日本成長戦略会議を開催して、その中で官民投資の促進に向けて「重点投資対象17分野」を選定した。その方策としては新たな減税措置を講じて、民間投資を後押しするようだ。この17分野は、2026年夏にまとめられる成長戦略の内容以外に、秋の経済対策でも「盛り込むべき重点施策」として予算配分されるテーマとなっている。筆者は、高市政権の経済政策が単なる財政拡張・金融緩和の維持を主軸にするよりも、少しでもテーマを絞って民間投資を後押しする方が望ましいと考えている。だから、これらが本当の成長戦略の内容になるのならばと歓迎している。

しかし、この中身については少し吟味が必要である。看板と中身にずれが生じている可能性があるからだ。この17分野の中には、防災・国土強靱化のような従来型の公共事業も含まれている。ならば、他の科学技術振興とは少し違ったグルーピングになるはずだ。まず、その吟味のために17分野が何かをリストアップしてみよう。

AI・半導体、造船、量子、バイオ、航空・宇宙、デジタル・情報安全、コンテンツ、フードテック、資源エネルギーGX、防災・国土強靱化、創薬・先端医療、核融合、重要鉱物、港湾ロジスティクス、防衛、情報通信、海洋

以上が列挙されているテーマである。少し疑問に思うのは、実物投資と研究開発投資が混在している点である。両者は、異なるグルーピングをした方が適切である。17分野の中で、研究開発の色彩が薄いもの、つまり内容が実物投資のものは、

  • 国土強靱化

  • 港湾ロジスティクス

  • 防衛

の3つであろう。この3つは、従来の公共事業や防衛関連支出と同じような性格だろう。あまり未来志向の内容とも思えない。だから、高市政権は「17分野」と一括りにしていても、①公共事業・防衛関連=3項目、②科学技術振興=14項目の2つに分類されることがわかる。

今後、財政支出の金額が①公共事業・防衛関連に偏る場合は、どちらかと言えば旧来型の財政出動にシフトしたとみることができる。高市政権は、この重点投資を通じて「供給力の強化」につながるという説明をしているが、それもちょっと話が違うと考えられる。もしも公共事業が防災・減災、あるいは社会インフラのメンテナンス中心になれば、民間資本ストックの拡充にはつながりにくい。防衛についても、これは民間資本ストックとは関係ない。①公共事業・防衛関連は、供給力強化には直結しにくい。

筆者は、科学技術振興については誠に結構なことだと思うが、それが実際のところ、旧来型の実物投資にシフトしていかないかどうかに注意したい。

経済観の吟味

高市首相の経済政策には、これまで懐疑的な見方があった。財政拡張と金融緩和の維持に軸足が置かれて、成長戦略は手薄だという見方である。おそらく、高市内閣は、この強い先入観を払拭すべく、経済財政担当大臣が「成長戦略担当大臣」と名前を変えて、日本成長戦略会議を立ち上げたのだろう。しかし、本当にこの会議が成長戦略に資する内容を提言できるかどうかは、今後の運営で見定めるしかない。

前の石破政権、岸田政権は「経済の好循環、分配政策」を看板に掲げてきた。高市政権が誕生したときには、その看板は下ろされたという見方が強かった。その点、政府の総合経済対策につての資料の図表には、「危機管理投資・成長投資による好循環」という文字が記されている。これは、岸田・石破政権との連続性を重視したい意向がにじんだものであろう。

この成長戦略の方針には、横断的課題として8項目が掲げられている。その中には、「賃上げ環境整備」という項目も存在する。これも、岸田・石破政権からのリレーのバトンをつなぐかたちで、残したものである。分配政策もまた高市政権の中で経済観が共有されて生き残っているのは好感できる。

以下で8項目の内訳を記すと、

  • スタートアップ支援

  • 金融を通じた潜在力向上

  • 労働移動、労働市場改革

  • 賃上げ環境

  • 大学改革、人材育成

  • 国際競争力強化

  • 女性の働き方改革

  • サイバーセキュリティ

となる。先の重点17分野が「縦割り」だとすれば、この8項目の課題は「横割り」になる。成長戦略を推進するのならば、筆者は「縦割り」の分野よりも「横割り」の方が重要度は大きいと考えている。なぜならば、好循環の実現は、「縦割り」のテーマとして経済正常化を志向するものだからである。日銀の金利正常化とも同じ方向を向いている。その正常化には、賃上げが不可欠であり、労働移動や労働市場改革を通じて、労働需給の逼迫を賃上げのエネルギーに変えることが重要になると考える。今後、経済の循環メカニズムをうまく働かせることが、高市首相の「強い経済」の実現を可能にするという見方もできる。

少し不足がある重点分野

政府が挙げる17分野は、その数が多いために、ついつい重要な分野が抜けていることに気が付きにくい。例えば、「脱炭素」はどこにあるのか。細かくみれば、GXの中に含まれているとみることもできるが、メインの課題からは外された気がする。地球環境問題が切迫する中で、脱炭素を格落ちさせることは適切ではない。

折から、高市首相には、再生エネルギーに熱心ではないという先入観があった。太陽光パネルの設置には消極的な発言もあるからだ。また、筆者が重要な成長分野だとみている「インバウンド・観光」も、この17分野からは抜けている。観光振興は、地域活性化には欠かせない視点である。石破前政権は、地方創生を旗印に掲げていたので、それを重点分野にはしたくないという心情が加わった可能性もある。ともかく、筆者は17分野に挙げられていない重要分野がほかにも多くあることを指摘したい。

もしも、この17分野から漏れた重要分野が、潜在的な民間投資においてあるとすれば、それは日本経済の成長にとってマイナスになりかねない。もしかすると、17分野よりも優先度の高い成長分野が抜けているかもしれない点は要注意である。

そこで、筆者が重要とみる分野をリストアップしてみた。

①健康・予防医療

②ロボット・スマート工場

③ドローン・空飛ぶタクシー

④データサイエンス

⑤スマートシティ

⑥国内EC・越境EC

⑦脱炭素技術普及

⑧再生エネルギー

⑨インバウンド・観光

⑩水素・アンモニア

⑪資源リサイクル・循環経済

⑫EV・自動運転

⑬フィンテック

⑭3Dプリンター

⑮農業テック

⑯建設テック

⑰自動翻訳の開発・普及

⑱VR・メタバース

⑲スマートモビリティ

⑳暗号資産決済

多くの読者は、これらが一義的に17の中から抜け落ちていることに驚くかもしれない。ロボット技術や自動運転は、日本企業がすでに先端分野で様々に研究を深めているものである。高市政権がそれをさらに支援しないことは、国家的な損失であろう。おそらく、筆者は「横割り」の課題であった国際競争力の強化という点で、今後、高市政権は抜けているロボットなどの支援にも動いていくだろうと楽観視している。

さらに言えば、この「横割り」の分野横断的課題はもっと数を増やしてもよいと考えられる。人によっては集中して取り組むべき課題は、3~4に絞られている方がよいという評価をしているかもしれないが、逆にフォローすべきテーマを見落とすと、成長支援の目的にとって大きなマイナスにもなる。そうした考え方で、すでに挙げられているものとは別に10ほど考えてみた。

①企業の輸出振興(特に中小企業)

②農林水産業の輸出拡大

③投資による生産性向上

④省人化、完全自動化

⑤事業承継、M&A

⑥産業再編

⑦移民、外国人労働

⑧高齢者の働き方(社保問題)

⑨デジタルDX

⑩直接投資拡大(企業誘致)

こうしてみると、政府が取り組みべき重要課題は、3~4には絞りにくいことがわかると思う。これは、決して総花的な方がよいという考え方ではなく、成長の取り漏らしをするのはもったいないという考え方に基づく。高市政権の政策運営は、かつての安倍政権の運営がそうであったように、徐々にその内容を柔軟に修正していく方がよいと筆者は考えている。

熊野 英生


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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