インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

ブラジル景気は一段と頭打ち、景気は内憂外患の様相を強める

~中銀はインフレ阻止へタカ派維持示唆も、レアル相場の行方は中銀に対する見方に左右される~

西濵 徹

要旨
  • トランプ米政権は、安全保障や貿易赤字の是正を理由に関税政策を強化している。当初は貿易黒字国のブラジルへの相互関税を10%としたが、50%に大幅に引き上げている。背景には、ボルソナロ前大統領の起訴やSNS規制のほか、中銀主導で導入した即時決済システム(PIX)の普及により米企業が不利益を被っていることが影響しているとされる。両国は政治・経済の両面で摩擦が激化する状況にある。
  • ブラジル経済は内需依存度が高く、対米輸出のGDP比は低いため、トランプ関税によるマクロ的な影響は限定的とみられる。しかし、輸出全体の1割強を米国向けが占めるため、産業界への打撃は無視できない。さらに、インフレ高止まりと高金利政策により内需環境は悪化しており、4-6月の実質GDP成長率は前期比年率+1.50%と鈍化している。最低賃金引き上げなどで個人消費は下支えされたが、輸出や投資は低迷するなど景気は頭打ちしている。企業マインドも悪化するなど景気の見通しは厳しさを増している。
  • 足元の通貨レアル相場は高金利を背景に堅調な動きをみせている。しかし、景気悪化により利下げ観測が強まれば相場の重石となることが予想される。中銀は7月の定例会合で利下げを休止する一方、長期にわたって金利を据え置く考えを示したが、先行きのレアル相場は中銀の政策運営に左右されるであろう。

このところの世界経済や金融市場は、トランプ米政権の関税政策に翻弄されている。米国は、安全保障上の脅威への対応や貿易赤字の是正を目的に関税政策を用い、相手国との協議による『ディール(取引)』を通じて米国に有利な環境の構築を図っている。米国はすべての国に一律10%、一部の国や地域に非関税障壁などに応じて税率を上乗せする相互関税を発動させている。こうしたなか、トランプ米政権は、米国にとって貿易黒字国であるブラジルへの相互関税を当初は一律分と同じ10%とした。しかし、トランプ氏は7月にブラジルに対する税率を突如50%へと大幅に引き上げる方針を明らかにした。その理由について、トランプ氏は「ブラジルによる自由選挙と米国人の基本的言論の自由に対する攻撃」と「不公正な貿易慣行」を挙げている(注1)。

前者については、公職追放の判決を受けるとともに、現在はクーデターを計画した容疑などで起訴されているボルソナロ前大統領の扱いに焦点を充てたものと考えられる。また、昨年には、最高裁がSNS上に氾濫するヘイトスピーチをはじめとする偽情報(フェイク・ニュース)の取り締まりを目的に、同国でのX(旧ツイッター)社のサービスを1ヶ月以上にわたって停止させたため、同社のマスク社長がブラジル司法を強烈に批判する事態に発展した経緯もある。一方、後者については2020年に中銀主導で導入された即時決済システム(PIX)を巡って、電子決済へのPIX義務化により国民の7割以上が利用する一方、米国の大手クレジットカード会社やIT企業にとっては手数料ビジネスの機会が失われる事態となっている。さらに、ブラジル政府はPIXの国際版(PIXインターナショナル)による越境決済を模索しており、これが実現すれば国際決済における米ドルの優位性を脅かす可能性もある。トランプ氏は、ブラジルが加わるBRICSによる『反米的な政策』への圧力を強めており、ブラジルへの関税引き上げはその一環と捉えられる。

ブラジル経済を巡っては、構造的に個人消費をはじめとする内需への依存度が高い特徴を有する。ブラジル経済にとって対米輸出額は名目GDP比で2%弱に留まるため、仮に50%の高関税が課される状況が続いた場合においてもマクロ的な影響は限定的と想定される。ただし、輸出全体に占める米国向けは1割強と中国(3割弱)に次ぐ水準にあるため、輸出関連産業への悪影響は無視できない。さらに、トランプ米政権は自動車や自動車部品、鉄鋼製品、アルミ製品などに対する追加関税に加え、追加関税の対象を拡大させる方針を示しており、個別企業に対する悪影響も深刻化する可能性がある。

さらに、世界的には国際商品市況が落ち着いた動きをみせていることを追い風に、インフレが一服する動きがみられるものの、ブラジルにおいてはインフレが高止まりする展開が続いている。また、ブラジル中銀は伝統的に『タカ派』姿勢が強い傾向があり、昨年9月に利上げを実施するとともに、今年6月まで累計450bpの利上げに動いており、政策金利は15.00%と約20年ぶりの水準となるなど引き締め姿勢を強めてきた。よって、足元においても物価高と金利高の共存状態が続いており、経済成長をけん引してきた個人消費など内需を取り巻く環境は厳しい状況にある。そして、トランプ関税の動きも重なり、外需を取り巻く環境も急速に不透明感が高まっている。こうしたなか、4-6月の実質GDP成長率は前期比年率+1.50%と前期(同+5.33%)から伸びが鈍化しており、中期的な基調を示す前年同期比ベースの成長率も+2.2%と前期(同+2.9%)から鈍化して3年強ぶりの低い伸びとなるなど、景気は頭打ちの動きを強めている様子がうかがえる。需要項目別にみると、物価高と金利高の共存により実質購買力に下押し圧力が掛かっているものの、ルラ政権が実施した最低賃金引き上げ策が下支えして個人消費は拡大が続いている。一方、トランプ関税の本格発動前にもかかわらず、輸出は力強さを欠く動きをみせる。さらに、金利高や世界経済を巡る不透明感の高まりを受けて、設備投資意欲や不動産投資も低迷して固定資本投資も減少に転じている。結果、幅広く内需が下振れしたことを反映して輸入も減少しており、純輸出の成長率寄与度は前期比年率ベースで大幅プラスと試算されるなど、景気は数字以上に厳しい状況にある。

図表
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分野ごとの生産動向を巡っても、個人消費の拡大が続いていることを反映してサービス業の生産は拡大が続いているほか、製造業や鉱業といった第2次産業の生産も拡大している。しかし、農林漁業の生産は前期に大きく拡大した反動で減少に転じている。前期に農林漁業関連の生産が大きく拡大したことを受けて、供給拡大への期待は食料品など生活必需品を中心とするインフレ圧力の緩和に繋がることが期待されたものの、先行きについてはそうした効果が弱まりインフレが再燃する可能性がある。その一方、このところの企業マインドを巡っては、製造業、サービス業ともに好不況の分かれ目となる50を下回る推移が続いている上、足元においては一段と低下傾向を強めるなど景気減速を示唆する動きが確認されている。こうした状況にもかかわらず、通貨レアルの対ドル相場は堅調な動きをみせてきた。この背景には、トランプ米政権の政策運営を巡る不透明感を理由に、金融市場において米ドル安が意識されやすくなっていることに加え、いわゆる『TACOトレード』を期待したリスク選好の改善も影響している。足元の実質金利(政策金利-インフレ率)は10%近傍と世界的にみて高水準であり、リスク選好の改善が高金利通貨であるレアルへの資金流入を促している可能性もある。中銀は7月の定例会合において利上げを停止させる一方、先行きの政策運営を巡って長期にわたって維持する方針を示しており(注2)、こうした姿勢もレアル相場を下支えしているとみられる。しかし、景気の頭打ちが確認されたことを受けて、金融市場では中銀が今後利下げに動くとの観測が強まることが予想されるとともに、そうした見方がレアル相場の重石となることも考えられる。先行きのレアル相場については、中銀がタカ派姿勢を維持するか否かに対する見方に左右されることになろう。

図表
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以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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