- 要旨
-
7月会合の政策判断は、現状維持であった。7月23日の日米関税交渉の結果を受けても、まだ不確実性はそれほど低下していない。注目したいのは、四半期ごとの展望レポートだ。2025年度のコアCPIの見通しは上方修正されて、前年比2.7%まで上がっている。
先々の方向感は示さず
2025年7月の日銀金融政策決定会合は、政策変更を見送って、現状維持とした。注目されたのは、7月23日に日米関税交渉の合意が行われて、どのくらい「不確実性が高い状態」が改善したかという判断にあった。その点は、総裁会見では「不確実性は低下したが、不確実性は残る」とされた。あまり見通し自体が改善したという評価ではなかった。4月の展望レポートでは不確実性は「極めて高い」だったのが、今回は「高い」にやや修正されている。それでも、「各国間の交渉」の不確実性もまだあるし、何より米国経済の行方が見通しづらい。2025年4-6月期の米GDPは、前期比年率3.0%増と一転して上昇した。輸入減というテクニカルな要因はあるものの、個人消費は復調した。だから、不確実性の状況は、実質的にやや改善しているはずだが、日銀の判断は思いのほか慎重だ。そこには、日本の政局の混乱があって、政治的安定を前提にして進めている金利正常化の方針を曖昧にする方向に影響しているのだろう。筆者は、次の日銀の利上げは2025年12月とみているが、政治的な不安定性が続けば、来年度春闘の動向を見極めるくらいのタイミングに後ずれする可能性があると考えている。
展望レポートの評価
7月会合は、四半期ごとの展望レポートの発表が行われる。2025年度の実質GDP見通しは、4月の前年比0.5%→7月同0.6%とほぼ横ばいである。日銀は、潜在成長率がゼロ%台半ばとしているので、ぎりぎりそれを上回る状況を見込んでいる。これは、物価上昇圧力が継続的に働き続けるというメッセージである。

日経センターのESPフォーキャスト調査(7月)でも、2025年度の成長率見通しは0.48%になっている。だから、日銀の成長率0.6%の見通しは違和感のない数字である。相互関税15%に決着したことは、景気後退懸念がぎりぎり回避できるインパクトであろう。エコノミストの成長率見通しは、2025年1-3月期に前期比▲0.2%となった後、4-6月期はゼロ成長、7-9月期は0.12%、10-12月期は0.65%、2026年1-3月期は0.93%と予想されている。おそらく、日銀のシナリオも同様で、2025年度後半にGDP成長率が上向くという見方だろう。これは、米国経済がインフレ圧力を跳ねのけて成長し、日本の輸出も所得効果によって増えていくシナリオだ。正直なところ、筆者も同じような見通しを持つ。
実際、トランプ関税の影響は、7-9月、10-12月とタイムラグを持って米国経済の成長率を制約しそうなので、上記の日本の景気シナリオが高い確率で実現するとは明言できない。植田総裁も、2025年度下期の成長加速シナリオが本当に実現するのかどうかを見極めようとするだろう。
しかし、トランプ関税が日本企業の業績を4-6月、7-9月と打撃すると、12月の賞与は減額されざるを得ない。個人消費の下押しは避けられないだろう。そう考えると、2025年度下期の成長加速シナリオを慎重に考える必要が出てくる。まだ現時点では、2025年度下期が見通しづらいから、日米関税交渉の合意だけで情勢判断を変化させていないという見方もできる。
いつも日銀は物価上昇リスクを外す
展望レポートをみて不満なことは、2025年度のコアCPI(消費者物価<除く生鮮食品>)見通しの前年比が、4月の2.2%から7月2.7%へと大幅に上昇している点にある。日銀の説明では、「米などの食料品価格」とされる。米は生鮮食品ではないから、コアコアCPI(消費者物価<除く生鮮食品・エネルギー>)の方でも上振れの要因になっている。説明としては「仕方がありませんね」という体裁になるが、ここ数年の日銀見通しは実績が近づくほど、この手の修正が行われるパターンを繰り返している。2022~2024年度のコアCPIの実績は、2022年度前年比3.0%、2023年度同2.8%、2024年度同2.7%であった。日銀の今回見通しが2025年度同2.7%だから、4年連続で物価は高い伸びになる。2024年度のときも、予測期間の終盤に、2025年1月の2.4%から4月2.8%へと一気に上方修正されている。つまり、例年、予測された物価上昇率は2%を少し上回るくらいに設定されて、実績が近づくと個別品目の上方修正を理由にして、2%台後半の見通しに書き換えられるのだ。その結果、実績が2%目標を大きく上回っているのに、日銀は物価上昇リスクに対応しない状況になる。
現在の石破政権の苦境の原因のひとつは、食料品を中心にした物価上昇が、与党への反発を生んでいることにある。国政選挙の度に、国民は経済対策・物価対策を望むことになる。生活実感を改善するためには、賃上げが重要なことは言うまでもないが、円安や海外物価高騰によって国内物価が上振れると、賃上げの努力を上回るようなインフレが起きてしまう。
これまでの日銀が陥っているサイクルは、①日銀の慎重な判断→②円安・物価上昇で与党政権の求心力が低下→③日銀が政治に配慮して利上げを慎重化、といった悪循環の構造とも見える。現在も、ドル円レートは1ドル150円台に突入する目前にところまで円安水準に戻っている。帝国データバンクが発表している食料品の値上げの状況をみても、6月、7月と物価上昇率が高まるような動きになっている。
日銀は独立的に情勢判断すべき
日銀会合とほぼ重なって米国の金融政策の会合が行われた。FOMCでは、トランプ大統領からの露骨な利下げ圧力にさらされる中、現状維持を決めた。7月はFOMCメンバー2人が反対票を投じている。32年ぶりのことらしい。思い出されるのは、1986年にボルカーFRB議長が圧力を受けて、メンバーの中に議長に対して反対票を投じる者が現れた。このとき、ボルカー議長は財務長官に辞任を申し出ている。宮廷の反乱という有名なエピソードだ。現在のFRBはそのとき以来の苦境に立たされている。
日銀も、あまりに政治の風向きに配慮すると、忍び寄ってくるインフレ圧力を見過ごすことになりかねない。例えば、石破首相の次を狙っている政治的リーダーは、リフレ的な論調の人物がいるので、利上げが難しそうだなどと思うと、結果的に物価上昇というしわ寄せを国民に与えてしまう。これは、米国も全く同じことだが、中央銀行が政治的意向に影響されると、いつも犠牲になるのは国民だということを忘れてはいけない。7月会合の物価見通しを見ながら、見過ごされている物価上昇リスクに警鐘を鳴らしたい。
熊野 英生
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

