インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

タイ中銀次期総裁はウィタイ氏に、政府と中銀の関係改善進むか

~次期総裁は「アウトサイダー」に、関係改善に期待の一方でバランスに注意が必要に~

西濵 徹

要旨
  • タイでは、政府と中銀の間で金融政策を巡る対立が続いている。背景には、タイ経済の回復がASEAN主要国のなかで特に遅れていることがあり、対中輸出の低迷や物価対策としての高金利政策が景気回復の足かせとなっていた。2023年に発足した「タクシン派」政権は、インフレ鈍化を理由に中銀に利下げを強く要求してきた。さらに、政府は中銀総裁の任期満了を見据え、影響力を高めるべく理事長人事を進めてきた。こうしたなか、政府は22日に国有銀行の政府貯蓄銀行頭取を務めるウィタイ氏を次期中銀総裁に任命した。中銀業務の経験のない「アウトサイダー」だが、政府との関係改善が期待されている。一方、過度な政府寄りの姿勢は市場の警戒を招く懸念もあり、バランスが重要視される。足下のバーツ相場は堅調に推移しているが、政局不安も残るなかで、当面はウィタイ次期総裁の政策運営の行方にも注目が集まることになろう。

このところのタイにおいては、政府と中銀の間で対立が鮮明になる動きがみられた。背景には、同国経済がASEAN(東南アジア諸国連合)主要国のなかでコロナ禍からの景気回復の足取りが最も遅れているという事情がある。これは、同国がASEAN内でも構造面で対中輸出への依存度が相対的に高いなか、ここ数年の米中摩擦の激化に加え、中国経済が勢いを欠くなかで対中輸出が伸び悩んでいることが影響している。また、ここ数年はインフレや国際金融市場における米ドル高を受けた通貨バーツ安が警戒されるなか、中銀は物価と為替の安定を目的に高金利政策を維持してきた。一方、同国は過去の政策運営が影響して家計債務残高がGDP比で9割程度とアジア太平洋地域のなかで比較的高く、中銀による高金利政策は家計消費の足かせとなりやすい。こうした事情が景気回復の足取りを重くする要因になってきたと捉えられる。

図表
図表

なお、インフレ率は一時16年ぶりの高水準となるも、その後はプラユット元政権によるエネルギー補助金をはじめとする物価対策を受けて鈍化し、その後は商品高の一巡も重なりインフレは頭打ちの動きを強めた。よって、一昨年の総選挙を経て誕生したいわゆる『タクシン派』政権(セター前政権、ペートンタン現政権)はインフレ鈍化を理由に、中銀に対して再三利下げを要求するなど圧力を掛ける動きをみせた。しかし、政権は早期の景気回復を目指してバラ撒き色の強い財政運営を志向しており、中銀はそうした政策運営が財政悪化やバーツ安を招き、インフレ再燃のリスクを警戒して慎重姿勢を維持した。一方、昨年半ば以降はバーツ安を招いた米ドル高の動きに一服感が出るとともに、インフレが頭打ちの動きを強めたことも追い風に、中銀は一転して利下げに踏み切った。また、中銀のセタプット総裁とピチャイ財務相は直接会談を行い、財政政策と金融政策の歩調を合わせることで合意するなど、表面上は両者の対立が収束に向かう動きがみられた。とはいえ、その後も金融政策を巡って政府と中銀の間で見解の相違が顕在化する展開が続いている。よって、政府は今年9月末に任期満了を迎えるセタプット総裁の後任人事に照準を合わせ、総裁選定に影響力を有する理事長人事を通じて政府の意向を反映させやすい体制構築を目指した。なお、政府は昨年末に政権と近いキティラット元財務相を理事長に選任するも、法制委員会事務局(OCS)が不適格とする答申を発表したことで取り下げを余儀なくされた。その後、政府は理事長にソムチャイ元財務次官を充てることで事態収拾を図るとともに、後任総裁人事の選定を加速させてきた。

図表
図表

こうしたなか、政府は22日に中銀の次期総裁に国営の政府貯蓄銀行の頭取を務めるウィタイ氏を任命することを承認したことを明らかにした。今後は王室による承認を経て10月1日付で就任する予定であり、長らく不透明な展開が続いた後任人事はようやく決着した。ウィタイ氏はタマサート大学で経済学を修めた後、チュラロンコン大学で政治経済学とビジネス法の修士号を、米ドレクセル大学で金融修士号を取得するとともに、その後は長年にわたって金融業界での経験を積んできた。政府貯蓄銀行に長年従事し、2020年から頭取として同行を率いるとともに、事業の多角化を推し進めるなどの取り組みを進めてきた。他方、これまでの総裁は現在のセタプット氏を含めて何らかの形で中銀業務に従事した人材が登用されてきたが、同氏は中銀業務に従事したことがないなど完全な『アウトサイダー』となる。また、上述したように政府と中銀の間で金融政策を巡る対立が続いており、同氏が次期総裁に推されたことにより対立の解消が進むことが期待される。仮に政府の意向を過度に忖度した対応をみせれば、金融市場から厳しい評価を受けるリスクがあり、バランスが重視される展開が続くであろう。足下のバーツ相場を巡っては、トランプ米政権の政策運営に対する不透明感が米ドル安圧力を招いている上、金融市場がリスク選好を強めていることも追い風にバーツ相場は堅調に推移している。今月初めにはペートンタン首相が職務停止に追い込まれるなど政局混乱の懸念はくすぶるものの(注1)、当面はウィタイ次期総裁による政策運営を様子見する展開が続くと予想される。

図表
図表

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

執筆者の最近のレポート

関連テーマのレポート

関連テーマ