インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

ベトナムが米国との通商協議で合意

~アジア新興国での協議の「ベンチマーク」となり、「不平等」な合意が罷り通るリスクも~

西濵 徹

要旨
  • トランプ米大統領は2日、ベトナムとの関税交渉で合意に達したと発表した。米国はベトナムからの輸入品に20%、第三国からの経由製品に40%の関税を課す一方、ベトナムは米国製品への関税をゼロとすることで合意したとしている。これは極めて不平等な内容であるが、ベトナム経済は対米輸出への依存度が極めて高く、経済成長率目標実現のハードルを下げる観点から受け入れざるを得なかったと捉えられる。
  • 一方、この合意はASEAN諸国など他のアジア諸国の関税交渉に影響を与える可能性がある。ベトナムの20%という水準が今後の基準となることで、他国がより低い関税を引き出すことは困難になるであろう。また、米国が自動車や鉄鋼・アルミ製品に課す追加関税については譲歩しておらず、交渉余地が限られることを意味する。さらに、中国はこの合意に反発する可能性があり、ベトナムは米中両国との関係で板挟みとなるリスクを抱える。今回の合意は、トランプ関税をきっかけに米国の「グローバルサウス」と称される新興国への影響力低下が懸念されるなか、新たな緊張をもたらすきっかけとなる可能性に要注意である。

トランプ米大統領は2日、ベトナムとの関税交渉で合意したと発表した。米トランプ政権は4月にすべての国に一律10%、一部の国や地域に非関税障壁に応じて税率を上乗せする相互関税を発動した。しかし、直後に国際金融市場が動揺したことを受けて、上乗せ分を90日間停止した上で、個別に協議を進めてきた。他方、中国は報復措置に動いたほか、その後は米中が報復の応酬に発展して互いに高関税を課す貿易戦争に突入した。しかし、5月に英国が初めての通商合意に至るとともに、中国との直接協議を経て報復関税を撤廃した上で、上乗せ分を90日間停止して追加協議を行うことで合意した。今月9日に中国以外の国に対する上乗せ関税の停止期限が迫るなか、米国は各国との協議を加速させてきたものの、米国が強硬姿勢を示すなかで協議の難航が指摘されてきた。こうしたなか、ベトナムが英国に次ぐ通商合意に至ったことは、今後の協議の行方に影響を与えるであろう。

トランプ氏の発表に拠れば、米国はベトナムからのすべての輸入品に20%、さらに、中国からの『迂回輸出』を念頭に第三国からベトナムを経由した輸入品に40%の関税を課すとした。ベトナムは近年の米中摩擦の背後で対米輸出を大幅に拡大させており、米国にとって国別の貿易赤字国として、中国、メキシコに次ぐ3位となっている。よって、米トランプ政権は同国に対する相互関税を46%と極めて高水準としたものの、今回の合意により大幅に引き下げられる。また、WTO(世界貿易機関)はベトナムの平均関税率(2024年時点)を17.1%と公表しており、これに近い水準で交渉が妥結したと捉えられる。他方、トランプ氏は交渉の見返りにベトナムは米国に市場を開放するとし、具体的にベトナムは米国からのすべての輸入品に対する関税をゼロにするとしている。仮にこの内容が事実とすれば、ベトナムは最低20%の関税を課される一方、米国は関税がゼロとなるなど、極めて不平等な内容であることを意味する。

図表
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一方、ベトナム政府も米国との貿易枠組みに関する合意に至った旨を明らかにしている。ただし、その発表文では、「大型エンジン車を含む米国製品に対する優遇的な市場アクセスの提供を確約する」とするも、具体的な関税率など詳細は示されていない。さらに、トランプ氏は第三国からベトナムを経由した輸入品への上乗せ関税を発表したが、中国から輸入した原材料にベトナムで二次、三次加工が行われた製品に対する関税の扱いなどは不明である。なお、これまでの両国協議では、ベトナムは原産地証明や不正行為の取り締まり強化、デジタル化を通じた原産地追跡システムの構築などに取り組む方針を示してきた。しかし、こうした動きに対しては、中国商務部が米国との協議で中国の利益が損なわれる合意を警告した上で、断固たる対抗措置を講じると宣言している。ベトナムは、ここ数年の米中摩擦の激化を受けたサプライチェーン見直しの動きを追い風に、対米輸出を大きく拡大させるなど『漁夫の利』を最も得た国のひとつである。事実、米トランプ政権は1次政権時にも同国で二次加工された一部鉄鋼製品に制裁関税を課し、為替操作に向けた調査を行った経緯があり、こうした背景が今回の関税政策に影響したと捉えられる。その一方、ベトナムは中国向け輸出への依存度も比較的高い。仮に今回のディールを中国が自国に不利と判断して対抗措置に出れば、対米輸出に高関税が立ちはだかる上、中国向け輸出も厳しくなることも考えられる。

図表
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トランプ氏の発言が事実であれば、極めて不平等な内容であるにもかかわらずベトナムが合意した背景には、同国経済が極めて困難な状況に直面していることがある。同国の対米輸出額は名目GDP比で2割強に及ぶなか、仮に46%という高関税が課されれば、同国政府は今年の経済成長率を「8%」に引き上げたものの(注1)、その実現が極めて困難になると予想される。そうした事態を避けるべく、ベトナム政府は市場開放を行う代わりに、受忍可能なレベル(報道などでは20~25%程度とされる)の関税賦課を受け入れるという対応をみせたものと捉えられる。しかし、今回の合意は現在進行中のASEAN諸国をはじめとするアジア新興国の協議の行方に影響を与えることが予想される。ASEAN諸国に対する相互関税を巡っては、カンボジア(49%)やラオス(48%)、タイ(36%)、インドネシア(32%)、マレーシア(24%)など軒並み高い水準とされたが、今回のベトナム(20%)がベンチマークとなり、協議を経てこれを下回る水準となる可能性が低下したことを意味する。さらに、相互関税のほかに米トランプ政権が自動車や鉄鋼・アルミ製品に課す追加関税に関する内容は示されず、貿易協議を通じてこの撤廃を求めることが困難であることも意味する。トランプ関税を巡っては、これをきっかけにいわゆる『グローバルサウス』と称される新興国での米国の影響力低下を加速させることが危惧されたものの、今回のベトナムとの不平等な合意はそうした動きを一段と加速させることになろう。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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