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- トランプ関税でECBはどう動く?
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ECBは4月の理事会で25bpの追加利下げを決定した。利下げ後の政策金利は2.25%と、ECBが考える中立金利の水準(1.75~2.25%)に到達した。近い将来の利下げ打ち止めを示唆するタイミングだが、トランプ関税の影響見極めが必要な状況にある。追加利下げの可能性を明言しなかったが、あらゆる状況に準備を怠らず、必要に応じて機敏な対応を行うことを約束した。
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筆者は今後の交渉を経てもEUに対して10%を上回る高関税が課され、景気への悪影響が避けられないと考える。今後の関税協議や景気・物価への影響を見極めるため、理事会毎に25bp刻みでの慎重な利下げを継続していくと予想する。年内に中立金利を下回る1.5%まで政策金利を引き下げ、その後は財政政策による景気浮揚の効果が顕在化するのを待ちつつ、様子見に転じる展開を想定する。
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欧州中央銀行(ECB)はトランプ関税ショック後で初となる4月の理事会で25bpの追加利下げを決定した。昨年6月の利下げ開始以来、通算の利下げ幅は175bpとなり、ECBが現在、主たる政策金利に設定する預金ファシリティ金利は2.25%に低下した。ECBは現在のユーロ圏の中立金利(景気を過熱も抑制もしない政策金利の水準)が1.75~2.25%程度にあると試算しており、今回の利下げでその上限に到達したことになる。ラガルド総裁は理事会後の記者会見で、今回の25bp利下げが全会一致の決定であったことを明かした。理事会内には「利下げ打ち止め」から「50bp利下げ」まで多様な意見があり、様々な政策選択肢が議論されたが、最終的には25bp利下げに異を唱えるメンバーはいなかったとされる。前回3月の理事会後にタカ派メンバーの一部が利下げ打ち止めの可能性を示唆していたが、関税ショックを受けての景気の下支えが必要との見方で一致した。
声明文では、サービス物価の高止まりをもたらしていた賃金の伸びが緩やかになるなど、ディスインフレのプロセスが順調に進んでおり、基調的なインフレ指標の多くが2%前後の中期的な物価目標に落ち着くことを示唆しているとの見方を維持した。景気判断については、世界的なショックに対してある程度の復元力を蓄えてきたが、貿易摩擦に対する不確実性の増大が家計や企業マインドを冷え込ませることや、金融市場の動揺が資金調達環境を引き締める恐れがあるとし、成長見通しが悪化していると指摘した。
政策金利の水準が中立金利に近づいてきたことを受け、前回の理事会では声明文の文言を「金融政策は制限的である(monetary policy remains restrictive)」から「金融政策はかなり制限的でなくなってきた(monetary policy is becoming meaningfully less restrictive)」に変更した。今回はさらに「制限的である(restrictive)」の文言そのものを削除した。ラガルド総裁はこれについて、「政策金利が中立金利と比べて制限的であるかどうかは、ショックのない世界において重要となるが、現在の状況下では意味を失った」と説明した。言い換えれば、関税ショックのある現在の世界では、中立金利が必ずしも利下げの到達点ではないことを意味する。先行きの利下げ方針に関しては、「事前に特定の金利経路を約束せず、データに基づいて理事会毎に判断する」従来のガイダンスを維持した。
そのうえで、今後の政策判断にあたっては、「準備(readiness)」と「機敏さ(agility)」が重要になると強調した。すなわち、「あらゆる展開、特に新たなショックに気を配り、適切な判断を下さなければならない」、「展開の速さ、それらがもたらす影響と波及効果を考えると、特定の政策スタンスに急ぐのではなく、我々が目にしていることに直面したときの機敏さが問われる」、「(不確実性の高さに鑑み)これまで以上にデータに基づいて理事会毎に判断する必要がある」、「今後の政策の方向性についてはコメントしないが、確実なのは(物価安定の)目標で、その目標に到達するために適切な手段を用いる」と述べた。
トランプ関税の影響については、「現時点では多くの不確実性があり、今後数週間から数ヶ月の間にどちらの方向に進むか様々な決定や行動が行われるであろう」、「成長率をある程度押し下げることが予想されるが、物価への正味の影響については時間の経過とともに明らかになる」として、現時点での確定的な判断を控えた。「ネガティブな需要ショックであることに疑いの余地はない」と言及したが、最終的な関税の引き上げ幅、交渉や報復の行方、他国での関税引き上げに伴う欧州への製品流入、関税引き上げの影響を緩和するドイツやEUレベルでの財政出動の行方など、様々な不確定要素があり、成長率や物価への具体的な影響の試算結果についても触れなかった。そのうえで、中国以外の国に対する上乗せ関税の猶予期間(90日)が終わる7月中旬には、財政政策の転換も含めて、より多くのことが分かるであろうと指摘した。さらに、こうした様々な不確実性に鑑みれば、今ほどデータ依存の政策スタンスに適したタイミングはないとし、四半期に1回の見通し発表月と重なる次回6月の理事会で、より詳細な分析を行うことを示唆した。
このように、ラガルド総裁は関税ショックを受けての政策対応(追加利下げの可能性)を現時点では明言しなかった。不確実性の高さに鑑み、「準備」と「機敏さ」の重要性を繰り返し、今後の動向を見極めつつ機動的な対応を約束した。最終的な関税の着地点、報復の有無、世界経済の下振れの大きさ、財政政策、為替動向など、事態は引き続き流動的であるが、筆者は今後の交渉で多少の関税率の減免が得られたとしても、EUに対する10%を上回る高関税が課される可能性が高く、景気への押し下げは避けられないと考える。EUの対米貿易黒字を考えると、報復措置に踏み切ったとしても、米国からの製品輸入に大幅な報復関税を課すことは難しい。報復関税による物価の押し上げよりも、需要ショックによる物価の押し下げの影響が上回り、中期的な物価の下押し圧力になると判断している。景気や物価の下支えが必要な状況だが、関税協議の行方や景気・物価への悪影響を見極める観点から、今後も理事会毎に25bp刻みでの慎重な利下げを続けていくと予想する。年内に中立金利を下回る1.5%まで政策金利を引き下げ、その後は財政政策による景気浮揚の効果が顕在化するのを待ちつつ、様子見に転じる展開を想定する。
田中 理
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