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2025.02.13
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タイ中銀次期総裁人事は再び前進、「政府の意向」はどうなる?
~利下げを目指す政府と物価、為替の安定を目指す中銀、難しい問いに直面する展開が続こう~
西濵 徹
- 要旨
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- タイでは今年9月末に任期満了を迎える中銀のセタプット総裁の後任人事を巡る混乱がみられた。中銀は物価と為替の安定を目的に金融引き締めを進める一方、足下のインフレは低調な推移が続く上、景気もASEAN主要国のなかでコロナ禍からの回復が最も遅れる状況が続く。よって、政府は景気回復を優先して度々中銀に利下げを要求する一方、中銀は政府のバラ撒き志向が財政悪化やインフレを招くことを警戒して慎重姿勢を維持してきた。なお、米ドル高一服を受けたバーツ相場の底入れを受け、中銀は昨年10月にコロナ禍後初の利下げに動いたが、米トランプ政権の政策運営などリスク要因が山積するなかで慎重姿勢を崩せないでいる。こうしたなか、政府は次期総裁人事に影響を有する理事長にソムチャイ元財務次官を充てて選定プロセスを前進させる考えをみせる。同人事を巡っては、昨年末に政権に近いキティラット元財務相を選任するも、撤回に追い込まれた経緯があり、政治色を廃しつつ政府の意向を推し進めたい考えが透けてみえる。足下のバーツ相場は米ドル高が意識されやすいにも拘らず、中銀の慎重姿勢が下支えしているが、景気の不透明要因が山積するなかで物価と為替の安定へ難しい課題が突き付けられる展開が続く。
タイでは、今年9月末に任期満了を迎える中銀のセタプット総裁の後任人事を巡ってこのところ右往左往させられる動きがみられた。タイではここ数年、コロナ禍一巡による経済活動の正常化や商品高、国際金融市場における米ドル高を受けた通貨バーツ安に伴う輸入物価の押し上げも重なる形でインフレに直面してきた。こうした事態に対応すべく、中銀は物価と為替の安定を目的に累計200bpの利上げに動くなど金融引き締めを強化させてきた。結果、2022年半ばにインフレは一時14年ぶりの水準に高進したが、中銀の引き締めに加え、商品高の一巡なども重なる形でその後は頭打ちの動きを強めてきた。さらに、プラユット元政権が実施した燃料補助金に伴うエネルギー価格の下落の動きも後押しする形で、一昨年半ば以降はインフレが中銀目標(2±1%)の下限を下回る推移をみせたほか、足下においても目標域内に留まるなど一見落ち着いた動きをみせている。

こうしたなか、タイ経済を巡っては、家計債務の水準がアジア太平洋地域のなかで比較的高いなかで高金利政策が家計消費の足かせとなるとともに、ASEAN(東南アジア諸国連合)諸国内で経済の中国依存度が相対的に高いことも重なり、コロナ禍からの回復が周辺国のなかで遅れる展開が続いている。よって、政府はインフレが鈍化していることを理由に、中銀に対して再三に亘って景気下支えに向けて利下げを要求するなど圧力を掛ける動きをみせてきた。他方、中銀は一昨年の総選挙を経て誕生した『タクシン派』を中心とする政権(セター前政権とペートンタン現政権)がバラ撒き色の強い財政運営を志向するなか、そうした財政運営がインフレを招くとともに、バーツ安圧力を加速させることを警戒して引き締め姿勢を堅持する考えをみせてきた。しかし、昨年後半に国際金融市場における米ドル高を招いてきた米FRB(連邦準備制度理事会)の引き締め姿勢が転換され、米ドル高が一服するとともに、バーツ相場は一転して底入れするなど、インフレへの警戒感が後退する動きが顕在化した。
よって、中銀は昨年10月にコロナ禍後初の利下げに動いたほか(注1)、直後にピチャイ財務相とセタプット氏が直接会談を行うとともに、財政政策と金融政策の歩調を併せることで合意するなど、両者の対立は表面的に解消する動きがみられた(注2)。しかし、その後も両者の間で見解の相違がくすぶるなかで開催された昨年12月の定例会合では、米トランプ政権の通商政策の行方が実体経済面でのリスク要因になる可能性を考慮して、政策運営面での『余力』を残すべく政策金利を据え置くなど慎重姿勢を崩さない考えを示した(注3)。こうしたなか、政府が中銀の理事長に現政権と近いキティラット元財務相を選任して次期総裁人事への介入を目論む動きをみせたものの、法制委員会事務局(OCS)がその内容を不適格とする答申を発表し(注4)、政府は撤回に追い込まれる『ドタバタ劇』に発展した。

このように次期総裁人事を巡って不透明感が高まる動きがみられたものの、ピチャイ財務相は選定プロセスを来月(3月)に開始する方針を明らかにするとともに、上述の通り撤回に追い込まれた中銀理事長人事についてソムチャイ元財務次官を充てる人事を公表している。この人事を巡っては、政治家であったキティラット氏の選任により中銀への『政治的圧力』を警戒する声が高まったことに配慮して官僚出身者を充てる一方、政府の意向を総裁など中銀人事に反映させたいとの思惑が透けてみえる。なお、足下のバーツ相場を巡っては、米トランプ政権の通商政策が米FRBの利下げを困難にするとの見方が高まるなかで米ドル高圧力が強まる動きがみられるものの、中銀が現体制の下で慎重な政策運営を志向する姿勢を維持していることが下支えしている可能性がある。他方、足下の実体経済を巡っては、ペートンタン政権が昨年末から実施している現金給付策のほか、先月からの最低賃金の大幅引き上げにも拘らず力強さを欠く推移をみせるなか、外的要因に伴う下振れリスクに晒される懸念も高まっている。こうしたなか、中銀には慎重な政策運営を通じて物価と為替へのリスクを最小化する難しい問いが突き付けられる展開が続くとともに、次期総裁人事にもそうした課題が持ち越されることが予想される。

注1 2024年10月16日付レポート「タイ中銀がコロナ禍後初の利下げも、先行きも慎重姿勢を維持か」
注2 2024年10月30日付レポート「タイ、財務相と中銀総裁が会談、「バーツ相場の見方」が焦点に」
注3 2024年12月18日付レポート「タイ中銀、高まる「不確実性」への余力を残すべく金利維持を決定」
注4 1月6日付レポート「タイ中銀に新たな懸念、理事長人事を巡る「ドタバタ」の動き」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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