インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

タイ中銀に新たな懸念、理事長人事を巡る「ドタバタ」の動き

~政府は利下げ後押しへ「搦手」を使うも諮問機関が不適格と判断、バーツ相場への懸念はくすぶる~

西濵 徹

要旨
  • このところのタイでは金融政策を巡って中銀と政府が対立する展開が続いている。政府はインフレが落ち着いた推移をみせるなか、早期の景気回復を目指して中銀に度々利下げを要求している。他方、中銀はペートンタン政権の財政運営がバーツ相場や物価に悪影響を与えることを警戒して慎重姿勢を維持してきた。中銀は昨年10月にコロナ禍後初の利下げに動き、直後に両者が直接会談を行い合意に至った。しかし、金融政策の見方に依然隔たりがあるなか、昨年11月に中銀の次期理事長にキティラット元財務相が指名されたことが新たな懸念要因となっている。理事長は金融政策に直接関与しないが、総裁をはじめとする中銀人事に関与する。同氏は財務相在任中に中銀に利下げを要求して対立した経緯があり、総裁経験者などが公開書簡で懸念を表明する動きもみられた。こうしたなか、政府の法制委員会事務局がキティラット氏の理事長就任を不適格とする答申を示すなど人事はふりだしに戻った格好である。中銀の慎重姿勢がバーツ安の歯止め役となるなか、中銀の独立性を巡る問題がバーツ相場を揺さぶる懸念はくすぶる。

このところのタイにおいては、金融政策を巡って中銀と政府が対立する展開が続いている。この背景には、タイ経済がASEAN(東南アジア諸国連合)主要国のなかで最もコロナ禍からの立ち直りが遅れており、ペートンタン政権が早期の景気回復を実現すべく中銀に利下げを迫っていることがある。物価動向を巡っても、商品高の動きが一巡するとともに、プラユット元政権が実施した燃料補助金の効果も重なる形でインフレは中銀目標を下回る推移をみせてきたため、政府は中銀に対して度々利下げ実施を迫る動きをみせた。他方、中銀はいわゆる『タクシン派』政権の下で政府が『バラ撒き』政策に舵を切る動きをみせており、そうした財政運営が折からの米ドル高と相俟ってバーツ安を加速させるとともに、インフレ圧力を強めることを警戒して慎重姿勢を維持してきた。結果、政府が公然と中銀に利下げを要求する考えをみせてきたことも重なり、両者の対立が先鋭化することが懸念されてきた。なお、米FRB(連邦準備制度理事会)による利下げ実施を受けて米ドル相場が一転して調整の動きを強めたため、中銀は昨年10月にコロナ禍後初の利下げに動いたほか(注1)、直後にピチャイ財務相とセタプット中銀総裁が直接会談を行うとともに、政策運営を巡って『合意』が図られた(注2)。両者の会談においてはバーツ相場に対する見方が焦点になったとみられるものの、その後も金融政策に対する政府と中銀の見方の間に依然大きな隔たりがある様子がうかがわれたほか(注3)、中銀は先月の定例会合では金利を据え置くなど慎重姿勢を崩さず(注4)、両者の対立が再燃する可能性が懸念された。さらに、中銀の理事長人事に関する独立委員会が昨年11月に次期理事長候補として政府が指名したキティラット元財務相を選任したことをきっかけに、新たな混乱が生じる懸念が高まっている。なお、理事長は金融政策の決定に直接的に関与する訳ではないものの、総裁をはじめとする中銀内の人事に影響力を有しており、セタプット総裁が今年9月末に任期満了を迎えるなかでその動向に注目が集まっている。さらに、キティラット氏は財務相在任中に中銀に度々利下げを要求して対立したほか、現政権の主張を支持しているとされることも懸念要因となっているほか、結果的に政府が指名する一因になったとみられる。この動きを巡っては、中銀総裁経験者や経済学者などが連名による公開書簡で「深刻な懸念」を表明するなど『場外戦』の様相をみせていた。こうしたなか、先月末に政府の法制委員会事務局(OCS)がキティラット氏について、過去1年に亘って政府の顧問職であるなど政治的に中立的な立場と見做すことができず、理事長候補として不適格とする答申を発表した。OCSの答申に法的拘束力はないものの、法律に関する事案に関連する政府の諮問機関として通常政府は答申に従う動きをみせてきたほか、ピチャイ財務相もOCSが不適格とした場合に新たな候補者を選ぶ必要があるとの考えを示しており、理事長人事は『ふりだし』に戻ることは必至である。足下の国際金融市場では、米トランプ次期政権による政策運営に対する見方を反映して米ドル高の動きが再燃し、多くの新興国通貨に下押し圧力がかかる動きがみられるものの、タイ・バーツについては上述のように中銀が慎重姿勢を維持していることが『歯止め役』になっているとみられる。しかし、政府が様々な形で中銀への圧力を強めるなど独立性への懸念が高まる動きがみられるなか、今後もこうした動きが一段と強まればバーツ相場を巡る状況が大きく変化する可能性に注意する必要性が高まっている。

図表
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以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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