エコノミストの経済・投資の先を読む技法 エコノミストの経済・投資の先を読む技法

トランプ2.0、最初に仕掛けたからくり

~なぜ株価は上がったのか?~

熊野 英生

要旨

トランプ政権がスタートして、日米株価は上がった。事前の予想とは違って、トランプ大統領が全輸入品に追加関税を適用する措置を発表しなかったからだ。関税率を上げなければインフレ圧力は減圧し、FRBに追加利下げを訴えることもできる。裏側にあるのはFRBとの隠れた駆け引きなのだろう。

目次

本稿はロイター・コラムに寄稿した内容を多少修正して発行したものである。

利害で動く原理

いよいよトランプ2.0が始まった。その影響は、株価、為替レートをどう動かすだろうか。まず、米国株価は米大統領就任式が行われて上昇する(図表)。金融市場が特に警戒していたトランプ関税が、全輸入品に対して実行されなかったからだ。各種の大統領令が署名されたが、その中には米国が全輸入品に対して10%の関税をかけるという内容はなかった。これが市場の警戒感を一気に後退させた。しかし、実際は、当座の関税率の引き上げ対象が全輸入先ではなく、カナダ、メキシコ、そして中国に絞られたようである。トランプ大統領は、2月1日からカナダ・メキシコの輸入品に対しては、25%の関税率を2月1日から課す方針だと語っている。中国には10%の関税率を検討すると言及した。これで、全輸入品にかけた場合よりも、関税率の適用は▲35%近く縮減する格好だ。

とはいえ、少しトーンダウンしたことは注目に値する。これはおそらく「ディール(取引)」の一環であり、何か腹案を持っているからだろう。

これを考えるためのヒントの一つは、トランプ氏が就任初日にTikTokの米国内での禁止措置施行を75日間延長したことだ。本来は、サービス停止ではなかったのか。推測するにトランプ氏は、TikTokの事業買収を米IT企業などにさせようと狙っていて、そのためには無理にサービスを停止するよりも、事業を継続して価値を維持した方が得策だと踏んだのだろう。つまり、自分たちの利害にプラスと考えたから、いとも簡単に前言をひっくり返してしまったのだ。

同様に、米国が全輸入品に10%の関税をかけない対応を採った背景には、「その方が米国に得だから」という判断があったからに違いない。例えば、一気にすべての国を対象に10%の関税をかけるよりも、日本やEUなどに個々に関税適用を免れるための交換条件を提示して、それに応じさせることを考えているのではないか。全面対立をするよりも、各個撃破していく構えなのだろう。

深読みすると

筆者の事前の予想では、トランプ政権は一直線にインフレシナリオを突き進み、長短金利は高止まり、ドル高・円安も進むと考えていた。トランプ関税は、米国の輸入物価を押し上げるからだ。すると、FRBは追加利下げを続けにくくなり、米長期金利は上昇していく。株式市場は、期待していたFRBの追加利下げが完全になくなって、大きな失望感に包まれる。筆者は、それが不安だった。

しかし、今考えると、この予想は多少間違っていたと思う。少し深読みすると、全輸入品に10%の関税率を適用する措置を採らないとすれば、インフレ圧力は減圧する。カナダ、メキシコ、中国の輸入品に絞るだけで▲35%ほどの減圧になる。追加関税がかからない国々に、輸入がシフトする効果を考えると、インフレ減圧の効果はより広がるはずだ。

そうすると、FRBが心配するインフレの姿も変わってくる。そして、利下げできない根拠も揺らぐ。目先、1月28・29日のFOMCでは、追加利下げを決める可能性がある。2024年は9月、11月と12月に利下げをしたが、12月の見通しでは2025年末までの利下げは2回に止まるだろうという見方を示していた。だから、これは株価にプラスの材料である。もしかするとトランプ政権内の誰かが入れ知恵をして、就任当初の株価が上がるような対応を促した可能性もある。もしも、そうだとすれば、トランプ政権はなかなかしたたかだと感心してしまう。

それでは、その先のインフレ圧力はどうなりそうか。トランプ関税が漸進的になったとしても、トランプ政権下での政策運営がインフレ促進的である性格は変わらない。

例えば、2025年に切れるトランプ減税の延長は、企業の投資活動を促進する。米国で生産する事業者には15%という、より低い法人税率を適用するとトランプ氏は言ってきた。それがどう具体化するかは不明だが、現行のトランプ減税にプラスアルファの刺激効果が加わることだろう。大統領は、就任式に米大手IT企業の経営者を集め、さらに日本を含めた海外からも有名経営者を招いたようだ。トランプ大統領は、彼らに米国内への投資拡大を呼びかけた。減税と投資促進は、景気拡大を後押しして、さらに新しいインフレ圧力にもなる。

そのほか、脱炭素化反対、親イスラエル、イランとの敵対、不法移民強制送還などの方針は、いずれも物価上昇、原油需要拡大、労働需給のひっ迫につながる要因となるだろう。

FRBへの圧力

インフレ抑圧のためには、楯としてのFRBの役割が重要である。2024年中は、景気悪化の兆候に対して利下げで応じた。うまく景気不安を払拭させたパウエル議長の采配はさすがだと思える。だが、正念場はここからだ。潜在的なインフレ圧力を制御しながら、なるべく利上げをしなくてもよい状態をどうやって継続していけるだろうか。

現在、トランプ大統領は、米政府内でもバイデン政権で主要政策を担った人々を交代させる圧力を強めている。1,000人以上を解任するとも言っている。こうした人事介入をみて、FRB自身、自分たちが安泰だとは思っていないだろう。

そもそもトランプ大統領は、金融引き締めを嫌っている。1月23日にダボス会議でビデオ演説して、金利の即座の引き下げを要求すると吠えている。特に、原油価格が下がれば、利下げができるだろうと自信満々に述べている。FRBの政策決定にも介入を厭わない姿勢なのである。

今後は、FRBの運営に対しても、人事を含めて介入してくることもあり得る。こうした政治的な変化は、米長期金利が下がったことにも表れている。短期的には、ドル安への反応が起こっている。

実は、FRBには、トランプ大統領就任以前から、微妙な変化の兆しが見え始めていた。銀行規制を主導してきたバー副議長(金融規制担当)は辞任した。これまでタカ派とみられていた理事も、ハト派に変わってきたように見える。FRBを外側からみていると、見えない変化が内部では起きている可能性が高い。つまり、トランプ政権が発する強力な磁力は、すでにFRBの政策運営にも何らかの地殻変動を生じさせているのではないか。

筆者は、中長期的には米長期金利は上がっていき、ドル高になると予想するが、短期的には政治的な意向が強く働いて、株高・ドル安になる局面も起こるだろうとみている。達観してみると、米長期金利は意図的にコントロールできるものではなく、インフレ圧力の影響から、金利上昇の方向へと動いていくとみられる。ドル円レートも、いずれ再び1ドル160円を超える展開が来ると予想する。

熊野 英生


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

執筆者の最近のレポート

関連テーマのレポート

関連テーマ