インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

タイ・ペートンタン政権発足も、政局を巡る不透明感はくすぶる展開

~大連立の呉越同舟感と親軍派の攻勢、バーツ相場は米ドル安で底入れも先行きには不透明感~

西濵 徹

要旨
  • タイでは先月、憲法裁によるセター前首相の解職を契機に政局が混乱することが懸念された。しかし、大連立の枠組を維持するとともにタクシン派のタイ貢献党のペートンタン氏が首相に就任し、早期に事態収拾が図られた。ペートンタン氏は経済と党勢の立て直しが急務となるなか、洪水対応を迫られるなど船出から難局に直面している。こうしたなか、今月初めに新閣僚による新政権が正式に発足したが、セター前政権の大枠を維持した。また、連立交渉で親軍派は分裂する一方、反タクシン派の一部を取り込むなどウィング拡大が図られている。ただし、呉越同舟感が強い大連立の行方は不透明な上、すでに親軍派がタクシン派への攻勢を強める動きもみられ、再び司法クーデターに発展する可能性は残る。バーツ相場は米ドル安を受けて底入れしているが、当面はこのところの急激な上昇に加え、政局を巡る動きが重石になるであろう。

タイでは先月、憲法裁判所が現行憲法に定められている倫理規定に反する行為を行ったことを理由にセター前首相の解職を命じる旨の判断を下すとともに、失職する事態となった(注1)。セター氏の失職を巡っては、その背後に保守派の間でタクシン元首相の復権の動きを受けた警戒感の高まりが影響したとの見方があり、タクシン派と保守派の大連立の枠組に影響が出ることが懸念された。しかし、その後もタクシン派と中間派に加え、保守派も加わる形での大連立が維持されるとともに、タクシン派のタイ貢献党の党首であるペートンタン氏が首相に就任し、早期に事態収拾が図られた(注2)。ペートンタン政権を巡っては、昨年の総選挙後に当初は否定した保守派との合従連衡に転じたことで批判を集めているほか、セター前政権も経済の立て直しを最優先に掲げるも道半ばでの退任を余儀なくされたため、経済、政治の双方の立て直しが急務になっている。ただし、ペートンタン氏自身は38歳で政治経験が乏しいのみならず、政府の要職にも就いた経験が皆無であるなどその手腕は極めて未知数のなか、実態としては父であるタクシン元首相の『傀儡』にならざるを得ないのが実情と捉えられる。こうしたなか、上述のようにセター前首相の失職の背後に保守派によるタクシン元首相への警戒感が影響していることに鑑みれば、政権の枠組を如何に構築するかに注目が集まった。他方、先月以降のタイでは北部や北東部においてモンスーンによる大雨が相次いだことを理由に洪水が発生しており、今年はラニーニャ現象の発生やそれに伴う熱帯低気圧の発生を理由に洪水リスクが高まるとの見方が出るなか、ペートンタン政権にとっては船出から難しい対応を迫られる事態に直面している(注3)。タイで発生した大洪水というと、2011年にチャオプラヤ川流域やメコン川周辺で発生した大洪水により過去50年で最悪とされる被害に見舞われたが、当時のインラック(ペートンタン氏の叔母)政権の対応には依然として批判が少なくない。初期対応の遅れに加え、その後に実施したバラ撒き対策は家計債務の膨張を引き起こしてアジア太平洋地域のなかでもGDP比が高いという過剰感を招いた一因とされるため、ペートンタン氏やその背後に居るタクシン氏としては『同じ轍』を踏む事態だけは避けたいと考えられる。そうしたことから逸早く体制を構築することが急務となっていたなか、4日にペートンタン首相は新政権の閣僚名簿を公表するとともに、6日にワチラロンコン国王の前で就任の宣誓を行ったことで新政権が正式に発足した。なお、主要閣僚についてはセター前政権から留任させるとともに、タイ貢献党を中心にセター前政権と同じようにタクシン派と中間派、保守派という異なる立場の政党による大連立という大枠を維持した格好である。さらに、ペートンタン政権においては、野党ながら反タクシン派の立場を示す民主党が一部を除いて政権与党に加わるなどウィングを広げる動きをみせている。他方、親軍派を巡っては、総選挙を前にプラユット元首相が率いるタイ団結国家建設党とプラウィット元副首相が率いる国民国家の力に分裂する動きがみられたが、セター前首相の解職にはプラウィット氏の関与が指摘されている。セター氏の解職後にプラウィット氏は首相への意欲を隠さず、タクシン派との関係を巡って国民国家の力が再び分裂し、プラウィット氏を中心とする派閥は連立から離脱する一方、タマナット前農業・協同組合相を中心とする派閥は連立に残留するというバタバタ劇も露呈した。ただし、連立与党は議会下院(総議席数500)のうち322議席を確保しており、最大野党の国民党(旧前進党)をはじめとする野党勢力を圧倒する形となっているものの、呉越同舟感が極めて強い連立与党の下で安定政権が築かれるかは現状において見通しが立たない。事実、国民国家の力(プラウィット派)はタクシン派に対する圧力を強めており、選挙管理委員会にはすでにペートンタン氏の首相資格を巡る異議申し立てが提出されているほか、現地報道に拠れば党の役職に就かないタクシン元首相による政権への関与を違法とする異議申し立ても行われている模様である。仮にタクシン派とその他の勢力との間の亀裂が再び深まる事態となれば、いわゆる『司法クーデター』を通じて政権崩壊に陥るリスクもくすぶるなど政局の行方も見通しが立ちにくい状況にある。足下の通貨バーツ相場は米FRB(連邦準備制度理事会)の利下げを織り込んだ米ドル安を受けて底入れの動きを強める展開が続いているものの、当面については過去1ヶ月半ほどの底入れの動きが急激なことに加え、政局を巡る不透明感が相場の重石となる可能性に留意する必要がある。

図1 バーツ相場(対ドル)の推移
図1 バーツ相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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