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米国:サーム・ルールの妥当性

~景気後退への過大な懸念?~

前田 和馬

要旨
  • 7月雇用統計では非農業部門雇用者数の前月差が市場予想を下回ったほか、失業率が4.3%と4か月連続で上昇した。この結果、足下の失業率から算出される「サーム・ルール」が発動し、米国経済が景気後退に陥るとの懸念が強まっている。
  • サーム・ルールは足下の景気後退を判断する指標であり、先行きの予測を示すものではない。過去の経験則に基づけば、同ルールは4~6月期に景気後退に陥ったことを示唆するが、足下の解雇率は低く、同四半期のGDP成長率が堅調であることを踏まえれば、景気後退の兆しは限定的に留まる。
  • とはいえ、米国の失業率が低水準ながらも上昇傾向にあることは確かであり、今後数か月内に失業率が4%台後半に達するような場合、景気後退への懸念はより一層強まることが予想される。この際には金利低下圧力が生じやすく、円高が持続する可能性がある。

7月雇用統計における非農業部門雇用者数は前月差+11.4万人(6月:+17.9万人)と減速、3か月移動平均では+17.0万人(+16.8万人)に留まるなど、雇用増加ペースの減速が示された。この間失業率は4.3%(4.1%)と、横ばいの4.1%を見込んでいた市場予想に反し4か月連続で上昇した(詳細は「米国 7月雇用統計が予想を下振れ大幅利下げ観測台頭」)。特に失業率の上昇により「サーム・ルール」が発動したため、金融市場は景気後退への懸念を強め、雇用統計発表後は株価が大幅に下落するなどリスクオフの流れが鮮明となった。本稿ではサーム・ルール及び米国の景気後退の可能性を巡って、主要な疑問にQ&A形式で答える。

Q. サーム・ルールとは何か?

A. FRBのエコノミストであったクラウディア・サーム氏が提唱したものであり、「失業率の3か月移動平均が、過去12か月の最低値を0.5%pt上回る場合、米国が景気後退に陥っている」との判断基準である。1950年以降において、過去11回の景気後退期では全てサーム・ルールが発動しており、その精度は非常に高い(サーム・ルールが誤って発動したのは1959年11月、69年10月、76年11月の3回[注1])。7月雇用統計を受けたサーム・ルール指標は+0.53%pt(6月:0.43%pt)と、2020年4月以来の景気後退シグナルが発動したかたちとなる。

なお、サーム氏は不況期における個人消費の落ち込みを緩和するために、政府が財政政策(家計への現金給付)を実施する判断基準として同ルールを提唱している。景気後退を判断するNBER(全米経済研究所)は様々な経済指標を基にこれを決定・公表するため、正式な景気後退がわかるのはその開始から1年程度かかることが多い。サーム・ルールを用いれば、機動的に経済政策を実施し景気の落ち込みを緩和できると同氏は主張している。

図表
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Q. サーム・ルールは景気後退を予測するのか?

A. そうではない。サーム・ルールはあくまで「現在の景気動向」を判断する指標であり、逆イールド(長短金利が逆転すること)のように先行きの景気後退を示唆するものではない。過去の経験則に基づくと、サーム・ルールは景気後退の始まりから3か月程度後に発動している。今回もこれが当てはまるのであれば、7月雇用統計におけるサーム・ルールの発動は米国が4~6月期に景気後退に陥った可能性を示唆する。

Q. 米国が4~6月期に景気後退に陥った可能性は高いのか?

A. その可能性は低い。4~6月期の実質GDP成長率は前期比年率+2.8%(1~3月期:+1.4%)と、2%弱とみられる潜在成長率を上回った一方、通常の景気後退期の初期においてはGDP成長率がゼロもしくはマイナスに陥ることが多い。また、雇用統計における解雇率は低下が続くなど、足下の失業率上昇は企業が人員削減を進めているというよりも、労働力人口拡大による影響が大きいとみられる。景気後退の可能性が低いにも関わらずサーム・ルールが点灯した理由として、「昨年までの失業率が深刻な人手不足を背景に非常に低水準に留まっていたこと」や「大規模な移民流入が消費や労働力の押上げに寄与していること」などが指摘できる。

図表
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Q. それでは米国が景気後退に陥るリスクは低いのか?

A. 米国が既に景気後退にある可能性は低く、労働市場の先行指標と考えられる求人率は依然良好な水準を保っている。とはいえ、先行きへの警戒が必要なのは確かである。サーム・ルール発動は失業率が上昇傾向にあることを示唆しており、今後数か月内に失業率が4%台後半に達するような場合、景気後退懸念はより一層強まることが予想される。また、景気の分岐点は複数の指標を総合的に判断する必要があり、当面は7月のISMサービス業(公表日:8/5)、小売売上高(8/15)、鉱工業生産(8/15)などで景気後退シナリオがより強化されるのかが注目される。

なお、コロナ以前の過去3回の景気後退において、利上げ打ち止めから景気後退に陥るまでの期間は11~19か月であり、景気悪化時には失業率が急速に悪化する傾向にある(詳細は「米国経済マンスリー:2023 年12月」)。今次利上げ局面の終了が2023年7月と仮定すると、11~19か月後に該当するのは2024年後半頃であるため、今後数か月で積的な利上げによる設備投資や新規雇用への影響が急速に発現し、景気後退へと陥る可能性は否定できない。

Q. FRBの政策判断にどう影響するか?

A. 「インフレ減速と景気後退」というシナリオが今後の経済指標で追認されるのであれば、9月FOMC(9/17-18開催)における50bpsの利下げが現実味を帯びる。実際、FF金利先物に基づくFedWatch(8/5 16時頃)においては50bpsの利下げ確率が98%に達しており、25bpsの利下げ予想は2%に留まっている。また、2024年6月のドットチャートでは2025年に100bpsの利下げ(=25bps×4回)が予想されていたものの、弱い経済指標はより急激な利下げサイクルの到来を予期させる。先行きの利下げ織り込みがより一層加速する場合、米国の長期金利には低下圧力が生じやすく、足下の円安修正が持続する可能性がある。

一方、こうした「インフレ減速と景気後退」のシナリオが今後の経済指標で後退することも十分に考えられる。7月雇用統計が同月に上陸したハリケーン(ベリル)等の特殊要因に大きく影響を受けている場合、8月の雇用者数が反発し失業率も低下に転じるなど、足下の株安・金利低下・円高が部分的に巻き戻されると見込まれる。

他方、9月FOMCまでには7・8月分のCPIが確認できるため(7月分:8/14、8月分:9/11公表)、これらでインフレ上振れが示される場合、FRBは「景気後退とインフレ再加速のリスク」のバランスを取ることに迫られる。仮に「景気後退とインフレ再加速」のようなスタグフレーション・リスクが強まる場合、短期的な市場の利下げ織り込みが幾分剥落する一方、深刻な景気後退懸念を背景に長期金利や株価に低下圧力がかかる可能性があるなど、為替市場を含めて先行きの不透明感が強い動きが予想される。

図表
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【注釈】

  1. サーム・ルールが誤って発動した1969年10月に関しては、サーム・ルール指標が69年11月~70年1月に0.5%ptを下回ったものの、1月には景気後退に陥っている(ルールの再発動は70年2月)。

【参考文献】

以上

前田 和馬


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前田 和馬

まえだ かずま

経済調査部 主席エコノミスト
担当: 米国経済、世界経済、経済構造分析

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