インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

インドネシア、政権交代を前に堅調な景気底入れの動きを確認

~経済成長への期待は間違いなく高いが、プラボウォ次期政権の一挙一動には引き続き要注意~

西濵 徹

要旨
  • インドネシアでは2月の大統領選でプラボウォ国防相が勝利し、10月に次期政権が発足する。次期政権はジョコ現政権の路線を踏襲する方針を謳い、公約では様々なバラ撒き政策を盛り込み、経済成長率の押し上げを図る姿勢をみせる。ただし、こうした姿勢は財政規律の緩みに繋がると懸念され、ルピア相場は調整の動きを強めてきた。足下では米ドル高の一服でルピア相場は底打ちに転じているが、中銀は先行きの利下げに含みを持たせるも、ルピア相場を巡る不透明感が政策の足かせとなる難しい判断を迫られている。
  • ここ数年の同国はインフレ昂進を受けて中銀は大幅利上げを迫られたが、昨年半ば以降のインフレは中銀目標の域内で推移している。こうしたなか、4-6月の実質GDP成長率は前年比+5.05%と伸びはわずかに鈍化するも潜在成長率並みの成長が確認されている。当研究所が試算した季節調整値に基づく前期比年率ベースでも景気の底入れが続いている様子がうかがえる。家計消費など民間需要を中心とする内需の堅調さが確認される一方、中国経済の不透明感や商品市況の調整の動きが外需の重石となっている。しかし、プラボウォ次期政権の発足を前にした同国経済は堅調な動きが続いていると捉えることができる。
  • 次期政権の発足を前に論功行賞や猟官運動が活発化することが予想される。次期政権は経済を優先する姿勢を強めるとみられ、中長期的な人口増などそうした動きへの期待は高い。一方、ここ数年は民主化の後退や資源ナショナリズムなど政策面での不透明感はくすぶる。社会経済格差の背後で宗教右派が台頭する動きもみられるなか、次期政権の動きが経済的な魅力を減じさせる可能性に留意する必要性があろう。

インドネシアでは、2月に実施された大統領選においてプラボウォ国防相が、同時に実施された副大統領選ではプラボウォ氏とタッグを組んだジョコ現大統領の長男で同国南部のソロ(スラカルタ)前市長であったギブラン氏がともに勝利し、10月に次期政権が発足する。大統領選ではプラボウォ陣営を含む3陣営による激戦が展開されたほか、同時に実施された国会総選挙ではプラボウォ陣営を支持した政党連合(先進インドネシア連合(KIM))に参画する4政党の獲得議席数が総議席数の半分を下回った。しかし、その後の政党間の合従連衡の動きを受けて次期政権下でプラボウォ陣営を支持することを明らかにした勢力は総議席数の7割以上を占める見通しとなっており、次期政権は比較的円滑に議会運営を図ることが可能になっている。なお、プラボウォ氏はジョコ現政権の路線を踏襲する方針を謳い、ジョコ現大統領肝煎りの新首都(ヌサンタラ)開発の継続のほか、大統領選では8項目で構成される政権公約を掲げており、そのなかには学校給食の無償化、妊婦や幼児を対象とする食料支援や社会福祉の拡充、公務員給与の引き上げ、低所得者を対象とする現金給付や住宅建設など歳出増大に繋がる内容が多数盛り込まれている。さらに、ここ数年の同国経済は平均して5%程度の経済成長を実現してきたものの、プラボウォ氏は次期政権においてこの水準を8%まで+3pt程度押し上げる考えを示している。ただし、足下の潜在成長率は5%程度と試算されるなど潜在成長率並みの経済成長を実現しているにも拘らず、これを大きく上回る成長を実現させることのハードルは極めて高いのが実情と捉えられる。そうしたなか、現政権における財務相として国際金融市場からの信認が高いスリ氏が次期政権で如何なる処遇を受けるかに注目が集まっているが、国防相を務めるプラボウォ氏との間ではこれまでも軍事予算などを巡って度々対立する動きがみられたことを勘案すれば、続投は難しいとの見方が広がっている。こうした見方は大統領選後の国際金融市場において、中国経済を巡る不透明感を受けた商品市況の調整の動きも相俟って同国の通貨ルピア相場の調整圧力を招いており、とりわけ中央政府の財政赤字がGDP比▲3%以内、債務残高の上限をGDP比60%以下とする国家財政法に定められた財政規律の維持が難しくなるとの見方がそうした動きを後押ししてきた(注1)。なお、次期政権の与党勢力のなかで最大勢力を有するゴルカル党首のハルタルト経済担当調整相は学校給食の無償化に伴う予算措置は来年度予算で71兆ルピア(GDP比0.3%)に留まるほか、市場予想を上回る経済成長の実現により財政規律は維持されるとの見方を示しているが、その見方は些か甘いのが実情であろう。新首都移転についても元々は関連資金の8割を民間資金で賄う方針を示してきたものの、当初計画から大きく遅延するなかでジョコ大統領は投資の加速化を掲げているが、6月には所管する首都庁の長官と副長官が突如辞任を表明するなど計画の混乱が懸念される動きが表面化している。こうした動きもルピア相場の重石になってきたものの、足下では米ドル高の動きに一服感が出ていることを反映してルピア相場は底打ちに転じている。中銀は先月の定例会合において先行きの利下げに含みを持たせる姿勢をみせるも、ルピア安圧力がくすぶるなかで警戒感を崩せない展開が続いており、政策運営に影響を与える展開が続くことは避けられない状況にあると判断できる。

図表
図表

図表
図表

なお、ここ数年の同国においては商品高やコロナ禍一巡による経済活動の正常化に加え、通貨ルピア安による輸入インフレも重なる形でインフレが大きく上振れしたため、中銀は物価と為替の安定を目的に累計275bpもの利上げを余儀なくされてきた。その後は上述したように国際金融市場においてはルピア安がくすぶるなど輸入インフレへの懸念は残っているものの、商品高の動きが一巡していることを受けてインフレは一昨年後半以降に頭打ちの動きを強めており、昨年後半以降のインフレ率は中銀目標の範囲内で推移するなど落ち着きを取り戻している。その一方、金利高が長期化するなかで企業部門による設備投資意欲に悪影響を与えるほか、家計部門においても耐久消費財に対する需要の重石となる懸念がくすぶっている。こうした状況ながら4-6月の実質GDP成長率は前年同期比+5.05%と前期(同+5.11%)からわずかに伸びが鈍化するも、引き続き潜在成長率並みの伸びが続くなど足下の景気は堅調な推移をみせている。当研究所が試算した季節調整値に基づく前期比年率ベースの成長率も前期からわずかに鈍化するも2四半期連続で5%を上回る伸びで推移しており、足下の景気は着実に底入れの動きが続いている様子がうかがえる。需要項目別では、前期については大統領選や総選挙の実施に伴う政府消費の拡大の動きが景気を押し上げていたものの、そうした動きが一巡したことで政府消費は大きく下振れする動きが確認されている。一方、金利高による悪影響が懸念されたものの、インフレ鈍化による実質購買力の押し上げに加え、断食明けの大祭(レバラン)をはじめとする連休が重なり家計消費が活発化する動きがみられたほか、農業部門においては収穫期における収入増の動きも重なり家計消費は堅調な動きをみせている。さらに、金利高にも拘らず大統領選や総選挙を受けて次期政権の枠組が確定したことを受けて、政策運営に対する不透明感が払しょくされたことで企業部門による設備投資の動きも活発化するなど、幅広く民間需要を中心とする内需の堅調さが景気をけん引している。一方、外国人来訪者数の底堅い流入の動きはサービス輸出を下支えしているものの、中国景気を巡る不透明感は商品市況の調整の動きも相俟って財輸出の重石になっており、外需は力強さを欠く推移をみせている。結果、上述のように民間需要を中心とする内需の堅調さを反映して輸入は総じて拡大している。なお、純輸出(輸出-輸入)の成長率寄与度は前期比年率ベースでは+0.25ptとプラスとなっているものの、前期比年率ベースでは2四半期連続のマイナス寄与となっている上、マイナス幅が拡大したと試算できる。他方、在庫投資による成長率寄与度は前年同期比ベースではプラス幅が拡大しているほか、前期比年率ベースでもプラス寄与に転じたと試算されるなど、在庫の積み上がりの動きが足下の景気を下支えしている様子がうかがえる。分野別の生産動向についても、政府消費の下振れの動きを反映して公共サービス関連や公益関連の生産は弱含んでいるほか、鉱物資源関連の輸出低迷を受けて鉱業部門の生産は下振れする一方、前期に大きく下振れした農林漁業関連の生産がその反動も重なる形で大きく上振れするとともに、企業部門による設備投資の動きを追い風に建設業の生産も拡大している。さらに、家計消費など民間需要の堅調さや外国人来訪者数の底入れの動きも重なりサービス業の生産も拡大している上、製造業の生産も底堅さがうかがえる。よって、プラボウォ次期政権の発足を前にした同国経済は堅調な推移をみせていると捉えられる。

図表
図表

図表
図表

図表
図表

図表
図表

インドネシア政界においては、すでにプラボウォ次期政権を見据える形で大統領選や総選挙における立ち位置を巡っての『論功行賞』人事とも呼べる動きが活発化しており、今後も次期政権の発足を前に与党連立に加わる政党間での猟官運動の動きが活発化することが予想される。さらに、プラボウォ氏はジョコ現大統領が掲げる同国の建国100周年となる2045年を目途にした先進国入りのほか、その実現に向けて経済開発を重視する姿勢をみせているほか、内政面においても経済政策を優先した対応を強化することが見込まれる。同国は今年にも人口が2.8億人を上回ると見込まれるとともに、若年人口比率の高さも追い風に中長期的にみても安定的な人口増加が期待されるなど経済成長をけん引するための材料は比較的多い。こうしたなか、インドネシアは東南アジアで初めていわゆる『先進国クラブ』と称されるOECD(経済協力開発機構)の加盟申請を行うとともに、5月には加盟審査が開始されるなど国際的にも評価が高まる動きがみられる。他方、ここ数年のインドネシアにおいては民主化の後退に繋がる動きが散見されるほか、元々『庶民派』を売りに大統領となったジョコ現政権下においても報道の自由やプライバシー、人権などの侵害に繋がりかねない動きや、ジョコ大統領の一族による政治支配の動きも広がりをみせている。そして、プラボウォ氏自身を巡ってもかつて陸軍戦略予備軍司令官(中将)時代に民主活動家の誘拐事件に関与した疑惑で国軍から査問を受けるとともに軍籍をはく奪された経緯がある(プラボウォ氏自身はこれを否定)。こうした経緯からプラボウォ氏は民主主義に対する関心の薄さを指摘する向きがある一方、大統領選での勝利を受けてジョコ大統領は名誉回復の動きを活発化させているほか、次期政権に向けてこうした動きが一段と広がりをみせる可能性がある。そして、ジョコ現政権が進める資源ナショナリズムに向けた動きをプラボウォ次期政権、なかでもギブラン氏は継承する考えをみせており、政策運営は全般的に内向き姿勢を強める可能性にも留意する必要がある。インドネシアの経済成長に対する期待は間違いなく高いと捉えられるものの、このところの民主化の後退に繋がる動きのほか、近年は社会経済格差が拡大するなかで若年層の不満の受け皿として宗教右派が台頭する動きもみられるなか、プラボウォ次期政権の動きがそうした魅力を減じさせる可能性に留意する必要がある。

図表
図表

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

執筆者の最近のレポート

関連テーマのレポート

関連テーマ