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株価暴落は不況の入り口か?

~米国・日本経済への影響を点検~

熊野 英生

要旨

日経平均株価は、8月初に大幅な下落を記録している。この株価下落は不況の入り口なのか。世界の半導体需要をみると、まだ底堅いと思える。米物価・雇用では、米利上げの累積効果が顕在化している。景気減速が徐々に進むとみるべきだろう。一方、9月から米利下げが始まる見通しなので、それが不安を和らげる材料になる点は総崩れのシナリオを回避できそうだとみた方がよい。

目次

不況のシグナル

ブラックマンデーは1987年10月に起こった(前日比▲3,836円)。2024年8月5日の株価下落は、そのブラックマンデーを超える下落幅になった(日経平均株価前日比▲4,451円<▲12.4%>、図表1)。前週8月2日の前日比▲2,216円、8月1日は前日比▲975円だった。3営業日の累計は、実に▲7,600円以上になる。今までに見たこともない暴落だ。

(図表1)日経平均株価の推移
(図表1)日経平均株価の推移

日本で記録的な株価下落になると、不況の入り口であることが多かった。例えば、1990年2~4月は記録的な下落が相次いだ。それはバブル崩壊の予兆だった。また、2000年初のITバブル崩壊もやはり株価が不況を先導していた。今回はどうなのだろうか。

従来、株価下落が起こった直後は、政府関係者やエコノミストから「ファンダメンタルズは強い」とのコメントが相次いだことを思い出す。過去の教訓は株価下落が不況を先導しても、その度に「今回は違う」と否定的な反応が多かったということだ。今回も、これで不況が確定ということではないにしろ、不況の可能性があることを意識した方がよいだろう。

今回、きっかけになった米経済指標を確認すると、ISM製造業指数と米雇用統計が悪化している。7月のデータは、それまでの景気の見方に修正を迫るものだった。ISM製造業指数は7月46.8と前月までよりも一段下がった(図表2)。3月(50.3)までは回復基調だったが、4~6月と悪化して7月はより悪くなった(4月49.2→5月48.7→6月48.5→7月46.8)。この指数は、米株価とも連動性が強い。指数の構成項目では、雇用の項目での悪化が明確であった。

(図表2)米国のISM指数
(図表2)米国のISM指数

しかし、ISM製造業指数との関連性が高い半導体売上は強い改善を5月まで示していて、必ずしも歩調を合わせていない(図表3)。世界的にAI需要は強いので、上向きになった半導体サイクルがにわかに悪化するとは思えない。半導体統計のWSTSでは、6月時点での世界の半導体売上の見通しは良好で、2024年の半導体売上の伸び率が16.0%、2025年は12.5%と高い。

(図表3)ISM製造業指数と半導体売上
(図表3)ISM製造業指数と半導体売上

反面、米株価だけの世界で考えると、ハイテク株はしばらく買われ過ぎが指摘されていた。今回の大幅な下落には、買われ過ぎの調整という側面は間違いなくある。いずれ修正を迫られるはずであった流動性相場が、調整されていると考えることもできる。

月次の半導体売上が悪くはなっていないところは、半導体売上が遅れているのか、ISM製造業指数が勇み足なのか、筆者は判断に迷う。日本の鉱工業生産では、電子部品デバイスの在庫はほとんど積み上がっていない。7月の生産予測指数は伸びる見方になっている。日本だけのIT指標ではそれほど悪くなってはいない。だから筆者は、今のところ、買われ過ぎの調整の可能性が高いとみている。

次に、7月の米雇用統計である(図表4)。非農業部門の雇用者数の増加幅は、11.5万人と従来よりも小幅である。実は、この雇用統計も従来は6か月移動平均でみて、底入れして上向くようにみえていた。そのトレンドも、7月が弱かったせいで変わったように思える。FRBの金融引き締めがようやく遅れて表れてきたという理解ができる。6月の消費者物価の内訳では、今まで下がらなかった家賃が下がってきた。米商業用不動産の悪化も伝えられる。利上げの累積効果が不動産市場に影響してきたことは、それほど軽い悪影響とは見ない方がよいだろう。当分の間は、悲観し過ぎずに、悪化方向の変化に注意すべきだと筆者は考える。

(図表4)米国の非農業部門雇用者数の増加
(図表4)米国の非農業部門雇用者数の増加

利下げ期待はどこに行ったか

数か月前までは、米経済指標が悪くなると株価は上がっていた。理由は、FRBの利下げ開始がそこで意識されたからだ。ところが、今回に限っては、その経験則が成り立たなかった。

理由は、先の指標でみたように、景気の変調がそれだけ重く受け止められたからだろう。FRBが1・2回利下げしても、景気悪化自体を止められないという悲観的な見方が強まった。そう言った上で、筆者は景気悪化自体がすぐに止まらないのならば、FRBは2025年になっても追加利下げを増やしていくから、結果的にその悲観シナリオ通りにはならないとみる。パウエル議長は、すでに9月のFOMCでの利下げを示唆しているので、その頭の中は先々の利下げ幅をどうするかに移っているだろう。2024年内は、9月の次に12月に追加利下げを実施し、2025年にはさらに何回の追加利下げをする用意があるとパウエル議長は構えているに違いない。

達観して言えば、筆者は不幸中の幸いで、FRBが米景気をバックアップする準備ができていることが、たとえ実体経済が悪化するとしても、それに歯止めをかける原動力になるとみている。米景気は、7~9月にかけて悪くなるとしても、利下げによってその後の景気はテコ入れされるので、傷は浅くて済むという見方である。

米大統領の要因

先行きを見通しづらいのは、11月5日に米大統領選挙を控えているためだ。ハリス候補とトランプ候補のどちらが当選するかで、景気対策の行方は変わる。また上下院選挙で共和党と民主党のどちらが多数派になるかで、景気対策の法案を通しやすさも変わる。現時点でその着地の姿は全く見えない。

少なくとも言えることは、ハリス候補が大統領の方がFRBは利下げがやりやすいという見方になるだろう。今後、11月5日までに景気が悪くなれば、バイデン大統領は批判されて、ハリス候補には不利に働くだろう。トランプ候補の政策は、インフレ誘発型だとみられているから、2025年に入ってFRBは利下げが進めにくくなるのではないかと筆者はみている。

岸田政権にとっての景気

日本の景気は、米国経済からの波及効果によって決まる部分が大きい。例えば、今後、10~12月の景気情勢が徐々に悪くなっていくと、日本での次の春闘に水を差す。岸田政権は、好循環を標榜し、構造的賃上げと喧伝してきた。景気情勢が悪化すると、好循環は成り立ちにくくなる。

反対に、円高は物価上昇圧力を押し下げる。まだ潜在的物価上昇圧力は強いが、輸入物価の押し下げで、実質賃金がプラスに転化する可能性は高まった。個人消費にはプラスである。

今後、景気悪化に波及するとしても、それが賃上げペースをにわかに腰折れさせるものではないだろう。株価下落が、実体経済の悪化をどのくらいのタイムラグで顕在化させるかが焦点だ。そして、9月以降のFRBの利下げによる景気テコ入れの期待感が、それを下支えするだろう。2025年度の日本の成長率は、実体経済悪化の顕在化ペースが、春闘交渉をどう左右するかが鍵を握っていると考えられる。

熊野 英生


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熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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