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賃上げ抑制に自信を深めるECB

~9月利下げの門戸が開かれている?~

田中 理

要旨
  • 6月に利下げを開始したECBは今回、十分なデータが集まっていないことを理由に追加利下げを見送った。今後の利下げ判断は、「データ次第」、「会合毎に判断」、「特定の政策金利経路を事前に約束しない」従来の方針を維持。ラガルド総裁が来年以降の賃上げ鈍化に強い自信を示したうえ、「wide open」発言が9月利下げの門戸が開かれていると受け止められたが、追加利下げの是非はあくまで今後のデータに基づいて判断する意向。今回の会合ではタカ派が鳴りを潜めていたこともあり、今後の賃金・物価指標とともに、タカ派メンバーの発言に注目が集まる。

6月に利下げを開始した欧州中央銀行(ECB)は18日に終わった理事会で、大方の事前予想通りに政策金利を据え置いた。声明文では、最近の経済データが概ねECBの想定通りに推移しているとし、賃上げ率の高さが企業収益によって吸収されているが、国内のインフレ圧力が依然として高く、サービス物価が高止まりし、ヘッドラインのインフレ率が来年も2%の物価目標を上回る可能性が高いと指摘。インフレ率が2%の中期的な物価目標にタイムリーに復帰することを確実にするため、政策金利を十分に抑制的な水準に維持するとし、今後の利下げについては、経済・金融・インフレ動態・金融政策の波及経路などのデータに基づいて理事会毎に判断するとし、特定の政策金利経路を事前に約束しない指針(フォワード・ガイダンス)を維持した。景気のリスク判断については、世界経済の低迷、貿易摩擦の激化、地政学的緊張を背景に、経済成長が下振れするリスクがあることを指摘。物価のリスク判断については、賃金の想定を上回る上昇、地政学的緊張の高まり、異常気象による食料品価格の上昇を背景に、物価が上振れする可能性に言及した。また、これはフランスなどの財政リスクの再燃を念頭に置いたものと思われるが、金融政策伝達の円滑な機能を維持するため、その責務の範囲内であらゆる手段を調整する準備があることも示唆した。

今後の追加利下げ判断にとって重要となる賃金やサービス物価動向についてラガルド総裁は、「賃金、収益、生産性(総裁は各単語の英語の頭文字を取ってWPPと表現)によって決まる」、「この時点では限定的なデータしか得られていないが、過去数年の高インフレ率が遅れて反映されるため、今年の賃上げ率が高止まりする」、と同時に「多くのサーベイ調査は、2025年に向けて賃上げ率が大幅に鈍化し、2026年には一段と鈍化することを示唆している」と指摘した。賃上げ率が十分に鈍化しない場合の対応を問われた総裁は、「サーベイ調査、賃金交渉の頻度、賃金モデル、経験則の全てが2025・26年の賃上げ率鈍化を示唆している」、「そうした見方が間違えていた場合、データに基づいて再評価し、決断を下し、必要に応じて抑制的な金融政策を続ける」と説明した。なお、総裁は「1つのデータに依存する訳ではない(data dependency did not mean data point dependency)」と発言し、ある特定のデータに基づいて利下げを判断するものではないことを強調した。

9月の追加利下げの可能性について問われた総裁は、「今回の政策金利の据え置きと、データ次第・会合毎に判断・事前に特定の政策金利経路を約束しないガイダンスの維持が、理事会の総意であった」ことを明かしたうえで、「9月に何をするかは大きく開かれていて(what we do in September is wide open)、新たに入手するデータに基づいて判断する」ことを示唆した。

また、米国でトランプ氏が大統領選に勝利した場合の関税引き上げや貿易摩擦が高まる可能性の影響を問われた総裁は、「選挙戦の最中であり、政治的な展開について推測しない」と断ったうえで、「輸出が景気回復の原動力の1つであることを考えれば、これは特に重要な問題で、今後誰がどのような政治的決断を下そうと、理事会が注意を払う事項である」と説明した。

最新のECBやインディードの賃金トラッカーは賃金上昇率の高止まりを示唆するが、理事会後の記者会見でラガルド総裁が来年以降の賃上げ鈍化に強い自信を示したことや、「wide open」発言が9月の追加利下げへの門戸が大きく開かれていると捉えられた(実際にはデータ次第で利下げの是非を決める趣旨の発言だったものと思われる)ことを受け、9月の追加利下げの確度が高まったと受け止められた。但し、利下げ開始を決めた6月の理事会の議事要旨では、一部のインフレ関連指標の上振れや中期的な物価安定達成を不安視するタカ派メンバーが複数人いたことも明らかとなった。今回の理事会ではタカ派が鳴りを潜めていたが、9月の理事会に向けては、4~6月期の賃金データや物価関連指標の動向とともに、タカ派メンバーが追加利下げの容認に傾くかにも注目が集まる。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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