インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

中国のインフレ率がマイナスに、デフレの足音がいよいよ近付く

~正しい認識に基づく政策対応が望まれるも、世界経済は不透明な状況に揺さぶられる展開が続くか~

西濵 徹

要旨
  • 中国経済は、昨年末のゼロコロナ終了により一旦は底入れを果たした。しかし、その後は若年層を中心とする雇用悪化や不動産市況の低迷などが内需の足かせに、世界経済の減速懸念や米中摩擦、デリスキングの動きなどが外需の重石となり、早くも息切れ感が出ている。当局は景気のテコ入れを示唆する一方、習近平指導部の思惑と異なる動きを是認出来るか不透明であり、同国経済を巡る状況は分かれ道に直面する。
  • 7月の貿易統計は、輸出額が前年比▲14.5%、輸入額も同▲12.4%とともに大幅マイナスとなるなど頭打ちしている。世界経済の減速懸念が輸出の重石となるなか、こうした動きに加えて対外関係の悪化を警戒して中国国内の素材・部材需要も下振れする悪循環の動きを強めている。商品市況の調整の影響を勘案する必要はあるが、内・外需双方で弱含む動きが続いていることが輸出入の重石となる動きは鮮明と言える。
  • 商品市況の低迷に加え、内需の弱さは企業部門を中心とするディスインフレを招いているが、7月の生産者物価は川上から川中段階まで下押し圧力が掛かるなど、ディスインフレ基調が続いている。さらに、消費者物価も前年比▲0.3%と2年5ヶ月ぶりのマイナスに転じるなど川下段階に至る動きも確認されている。7月は季節要因に伴い観光関連で物価が押し上げられたが、先行きについては財、サービスの両面で物価に下押し圧力が掛かる展開も予想され、不動産市況と相俟ってデフレ基調が強まる可能性に要注意である。
  • 金融市場では当局の景気テコ入れ策への期待が高まる一方、景気の不透明感や経常収支の黒字縮小など構造要因も重なり人民元相場は不安定な動きが続く。当局には正しい認識に基づく適切な政策対応が望まれるが、習近平指導部の下ではすべてが「ブラックボックス」と化すなかで政策決定プロセスも見通せない。世界経済にとっては中国経済の一挙一動に揺さぶられる展開が続くことは避けられないと言える。

中国経済を巡っては、昨年末に当局がゼロコロナの終了に舵を切ったことで、経済活動の足かせが取り払われることにより景気の底入れが進むことが期待された。事実、年明け直後は1年のうち最も人の移動が活発化する春節(旧正月)の時期であったことに加え、ペントアップ・ディマンド(繰り越し需要)の発現の動きも重なり、1-3月の実質GDP成長率は前期比年率+9.1%(前期比+2.2%)と久々の高成長を実現するなど景気の底入れが確認された。しかし、同国ではコロナ禍を経て若年層を中心に雇用環境は大幅に悪化したほか、ゼロコロナの終了にも拘らず改善の兆しがみられないなど、家計部門を取り巻く状況は厳しい展開が続いている。結果、家計部門は貯蓄志向を強める動きをみせており、ペントアップ・ディマンドを超える形で家計消費が拡大しにくい状況にある。さらに、中国経済は不動産投資がGDPの約2割を占めるなどその動向が景気動向を左右する傾向があり、家計部門が節約志向を強めるなかで不動産需要に下押し圧力が掛かる展開が続いている。また、ここ数年の中国経済を巡っては、企業部門を中心に過剰債務問題が潜在的な金融リスクを招くことが懸念されるなか、なかでも不動産セクターはレバレッジ比率が高く、不動産市況の低迷はバランスシート調整とともに資金繰り不安を招くとの連想に繋がりやすい。銀行セクターも貸出態度を悪化させるなかで幅広く企業部門の資金繰り懸念が高まるとともに、雇用環境の悪化が家計部門の財布の紐を一段と固くする悪循環に陥っているとみられる。他方、コロナ禍からの世界経済の回復をけん引してきた欧米など主要国景気は頭打ちの様相を強めている上、ここ数年の米中摩擦に加え、コロナ禍やウクライナ情勢の悪化をきっかけにデリスキング(リスク低減)を目的に世界的なサプライチェーンの見直しの動きも重なり、世界経済との連動性が高い中国の製造業を取り巻く環境は厳しさを増している。このように、足下の中国経済は内・外需双方に景気の足かせとなる動きがみられるなか、4-6月の実質GDP成長率は前期比年率+3.2%(前期比+0.8%)とプラス成長を維持するもペースは鈍化するなど景気は早くも頭打ちの様相を強めている。なお、中銀(中国人民銀行)は6月に小幅な金融緩和に動くなど景気下支えに舵を切る動きをみせているほか、共産党も先月開催した中央政治局会議において内需拡大に注力する方針を示すなど、景気の『テコ入れ』を意識した政策運営に舵を切る兆しがうかがえる(注1)。ただし、足下の企業マインドを示すPMI(購買担当者景況感)は、対象企業の大宗を国有企業など大企業が示す政府版は製造業、非製造業問わず全般的に頭打ちの様相を強めており、内・外需双方を巡る不透明感がマインドの足かせになっている様子がうかがえる。対照的に民間版については、製造業は政府版と同様に内・外需双方の下振れを警戒して景気減速を示唆する展開が続いているものの、サービス業は内需の底堅さが示唆されるなど業種ごとに異なる様相をみせている。上述のように当局が景気のテコ入れに舵を切る動きをみせていることは、先行きの景気を押し上げると期待される一方、様々な構造問題が足かせとなり得る上、『絶対的指導者』となった習近平氏が主導する『共同富裕』と逆行する流れを当局が是認するか極めて見通しが立ちにくい。その意味では、足下の中国経済は一段と厳しい状況にある上、上下双方に向かい得る『分水嶺』にあると捉えられる。

図表1
図表1

なお、上述のように足下の世界経済を巡っては、欧米など主要国が頭打ちの様相をみせているほか、中国景気の頭打ちの動きは中国経済との連動性が高いアジアをはじめとする新興国のほか、中国向け輸出への依存度が高い資源国経済の足を引っ張るなど、世界経済全体の重石となる悪循環に繋がっている。こうした状況を反映して、7月の輸出額は前年同月比▲14.5%と3ヶ月連続で前年を下回る伸びで推移している上、前月(同▲12.4%)からマイナス幅も拡大するなど一段と下振れしている上、当研究所が試算した季節調整値に基づく前月比も4ヶ月連続で減少しており、中期的な基調も減少傾向で推移するなど頭打ちの動きを強めている。国・地域別では、ウクライナ情勢の悪化を受けて関係深化が進むロシア向け(前年比+51.8%)が唯一前年を上回る伸びをみせる一方、米国向け(同▲23.1%)やEU向け(同▲20.6%)、日本向け(同▲18.4%)など主要国向けのみならず、ASEAN向け(同▲21.4%)やインド向け(同▲9.5%)、中南米向け(同▲14.9%)、アフリカ向け(同▲4.9%)など新興国向けも総じて下振れしており、世界経済の減速懸念の高まりが輸出の足かせとなっている様子がうかがえる。種類別では、加工組立関連(前年比▲27.2%)や輸入した素材・部材による加工組立関連(同▲22.2%)を中心に大きく下振れしており、ハイテク関連(同▲18.1%)や電気機械関連(同▲11.9%)の輸出額が大幅マイナスとなっているほか、一般的な中国製品(同▲14.8%)も弱含むなど全般的に輸出に下押し圧力が掛かっていることは間違いない。他方、商品市況の調整の動きが輸出額を下押しするなか、数量ベースでは鉄鋼製品(前年比+18.8%)や石油製品(同+11.2%)の輸入量は比較的堅調に推移しており、アジアなどを中心に市況が悪化する可能性に注意が必要である。一方の輸入額も前年同月比▲12.4%と5ヶ月連続で前年を下回る伸びで推移するとともに、前月(同▲6.8%)からマイナス幅も拡大しているほか、前月比も2ヶ月連続で減少して中期的な基調も減少傾向で推移しており、輸出同様に頭打ちの動きを強めている。商品市況の調整の動きが輸入額の下押し圧力を増幅させていることに留意する必要はあるものの、種類別では外資企業による装置関連(前年比▲32.7%)や装置関連(同▲54.7%)の輸入額は大きく下振れしており、米中摩擦や世界的なデリスキングの動きなどが生産設備の輸入の重石になっている様子がうかがえる。こうした動きに加え、生産活動の低迷を警戒して加工組立関連(前年比▲23.8%)や素材・部材関連(同▲19.4%)の輸入額もともに大幅に減少しており、外資系企業のみならず、中国企業も減産圧力の高まりに備えている可能性がある。また、中国国内における需要に対応した一般的な輸入(前年比▲12.6%)もマイナス幅が拡大するなど、内需の弱さも輸入額の重石になっていると考えられる。ただし、商品市況の調整の動きが輸入額の重石になっている証左として、数量ベースでは石炭(前年比+66.9%)、原油(同+17.0%)の輸入量は前年を上回る推移が続いており、関係深化を受けたロシアからの輸入の堅調さを含めてエネルギー需要への対応を強化している様子がうかがえる。また、食料安全保障の強化を目的に大豆(前年比+23.4%)や野菜油(同+47.7%)の輸入量も高い伸びが続くなど、中国自身のデリスキングの動きも輸入の動向に現れている。このように、足下の中国経済は内・外需双方に不透明感が高まっていると捉えられる。

図表2
図表2

図表3
図表3

不動産市況の低迷をはじめとする資産デフレの動きは家計部門のみならず、企業部門にもバランスシート調整を通じて経済活動の足かせとなるなど、商品市況の低迷の動きも重なりディスインフレ基調を強める一因となっている。こうしたなか、商品市況の調整の動きを反映して企業部門が直面する生産者物価(調達価格)は、7月は前年同月比▲6.1%と6ヶ月連続のマイナスとなるも、前月(同▲6.5%)からマイナス幅は縮小している一方、前月比は▲0.5%と前月(同▲1.1%)から4ヶ月連続で下落するなど調整の動きが続いている。エネルギーや非鉄金属、建築資材など素材関連を中心に下押し圧力が掛かる展開が続くなど、川上段階では幅広くディスインフレ基調を強めている様子がうかがえる。こうした動きを反映して7月の生産者物価(出荷価格)も前年同月比▲4.4%と10ヶ月連続のマイナスとなるも、前月(同▲5.4%)からマイナス幅は縮小する一方、前月比は▲0.2%と前月(同▲0.8%)から4ヶ月連続で下落しており、原材料価格の下落が出荷価格の重石になっている。中間財関連を中心に物価に下押し圧力が掛かる展開が続いているほか、家計消費をはじめとする内需の弱さに加え、EC(電子商取引)サイト間の価格競争の激化の動きは消費財の出荷価格の重石になるなど、川下の消費者段階においても物価に下押し圧力が掛かりやすい状況にある。さらに、川上や川中段階においてディスインフレ基調が強まっていることを反映して、川下段階に当たる7月の消費者物価は前年同月比▲0.3%となるなど、2年5ヶ月ぶりにマイナスに転じるなど下押し圧力が掛かっている。ただし、前月比は+0.2%と前月(同▲0.2%)から6ヶ月ぶりの上昇に転じており、一見するとインフレ圧力が強まっている。なお、豚肉(前月比±0.0%)は上昇の動きが一服しているほか、果物(同▲5.1%)や野菜(同▲1.9%)、卵(同▲0.8%)など生鮮品を中心とする食料品価格に下押し圧力が掛かる動きがみられるほか、電気料金(同▲0.1%)をはじめとするエネルギー価格も落ち着いた推移をみせるなど、生活必需品のインフレ圧力は後退している。一方、食料品とエネルギーを除いたコアインフレ率は前年同月比+0.5%と前月(同+0.4%)からわずかに伸びが加速しているものの、今春の全人代で示されたインフレ目標(3%)を大きく下回る推移が続いている。前月比は+0.8%と前月(同▲0.1%)から3ヶ月ぶりの上昇に転じており、幅広く消費財価格に下押し圧力が掛かる一方、サービス物価の上昇が物価を押し上げる動きがみられるものの、これは夏季休暇に伴い観光(前月比+10.1%)を中心とするサービス物価が大きく上振れした影響を勘案する必要がある。ゼロコロナの終了による経済活動の正常化が進んでいることが観光需要を押し上げて物価の上振れを招いているとみられる一方、観光関連以外のサービス物価は引き続き落ち着いた推移が続いており、若年層を中心とする雇用環境の厳しさがディスインフレ基調を招く状況は変わっていない。よって、先行きについてはその反動が出る形で物価に下押し圧力が掛かり、結果的にデフレの様相を強める可能性に注意する必要があると捉えられる。

図表4
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図表5
図表5

足下の国際金融市場においては、先月に共産党が内需下支えによる景気テコ入れを示唆する動きをみせて以降、何らかの具体策が示されることに注目が集まっている。政府はその後に内需喚起策としてEV(電気自動車)を中心とする新エネルギー車の普及促進を目的とする税優遇政策の継続のほか、電気製品や家具をはじめとする耐久消費財の需要喚起に取り組む方針を示したほか、不動産需要の喚起を目的に若年層など住宅取得が困難な層を対象とする支援拡充や、住み替え需要の喚起を目的に規制緩和によるローン金利、及び頭金比率の引き下げなどの支援策を公表している。企業部門に対しても、補助金支給や減税、手数料の引き下げなどコスト抑制策による支援を強化するなどの取り組みを示している。ただし、こうした一連の取り組みは過去に実施された需要喚起策の『焼き増し』の域を出ておらず、過去には需要の先喰いを招いてその後の反動で需要が下振れするなどの『副作用』を招いたことを勘案すれば、先行きも同様の事態に陥る可能性は充分に考えられる。さらに、過去と足下の状況を比較すると、現在は若年層を巡る雇用環境は格段に厳しい状況にあり、仮に一連の需要喚起策を実施した場合も将来不安がくすぶるなかで想定通りに需要喚起に繋がるかは極めて不透明である。社会保障制度などの不十分さに加え、独自財源が乏しい地方政府は不動産売却益を財政上の『打ち出の小槌』としてきた制度的な問題も重なり、こうした課題にメスを入れない形で短期的な景気下支えに拘泥する対応を続けることは、結果的に将来的なコストを増幅させることも懸念される。調整局面が続いた人民元相場は、米ドル高に一服感が出ていることに加え、当局が示す『シクリカル要因』を理由に底打ちする動きをみせてきたものの、足下では景気の不透明感が増している上、経常収支の黒字幅縮小など構造的な要因も重なり再び調整しており、資金流出の動きが強まる懸念もくすぶる。当局には正しい現状認識に基づく適切な政策対応を採ることが望まれる一方、習近平指導部の元ではすべての政策運営が『ブラックボックス』と化している状況を勘案すれば、今後も世界経済はその一挙一動に振り回される展開も認識しておく必要があるのかもしれない。

図表6
図表6

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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