- HOME
- レポート一覧
- 経済分析レポート(Trends)
- 中国経済はいよいよデフレの「一歩手前」まで迫りつつあるか
- Asia Trends
-
2023.07.10
アジア経済
米中関係
アジア金融政策
中国経済
国際的課題・国際問題
中国経済はいよいよデフレの「一歩手前」まで迫りつつあるか
~世界経済にとっては中国経済の行方が重石となる難しい局面が続くことは避けられそうにない~
西濵 徹
- 要旨
-
- 中国経済を巡っては、ゼロコロナ終了による景気底入れが期待されたが、足下では早くも息切れが意識される動きが顕在化している。幅広い分野で雇用調整圧力がくすぶり、過去最大数の大卒者が労働市場に参入すると見込まれるなか、若年層を中心とする雇用環境は一段と厳しさを増す懸念がある。中銀は先月利下げに動いたが、小出しの政策対応が続くなど局面打開に繋がるかは極めて不透明な状況が続く。
- 足下の景気は家計部門を中心に厳しい状況が続くなか、6月のインフレ率は前年比+0.0%と一段と鈍化しており、コアインフレ率も同+0.4%と財・サービス両面でディスインフレ基調が強まっていることが確認されている。川上の企業部門でも商品市況の調整が物価の重石となり、調達価格は前年比▲6.5%、出荷価格も同▲5.4%とともにマイナス幅が拡大している。企業間の過当競争激化の動きがディスインフレ圧力を助長するなか、自動車の値下げ抑制も撤回を余儀なくされるなど、ディスインフレ基調が続く可能性は高い。
- 米中間では先月、今月と米国の高官が北京を訪問するなど関係改善を模索する動きがみられるが、現時点で米中摩擦や世界的なデリスキングの流れが大きく変化するとは見通しにくい。これらが中国経済の足かせとなるとともに、世界経済の重石となる状況が続くと予想される。国際金融市場は当面、米FRBなど主要国中銀の金融引き締めの行方と中国経済の行方に揺さぶられる展開が続くことは避けられない。
中国経済を巡っては、昨年末にかけてのゼロコロナ終了を受けて景気の底入れが進むと期待されたものの、年明け直後は1年のうち最も人の移動が活発化する春節(旧正月)連休の時期と重なりペントアップ・ディマンド(繰り越し需要)の発現も影響して景気は底入れの動きをみせる一方、足下においては『息切れ』を示唆する動きが確認されている。政府(国家統計局)が公表しているPMI(購買担当者景況感)は、製造業は6月まで3ヶ月連続で好不況の分かれ目を下回る推移が続いており、米中摩擦や世界的にサプライチェーンを巡るデリスキング(リスク低減)の動きが広がりをみせていることなどが重石になっている。さらに、相対的に改善の動きが続いているサービス業や建設業など非製造業についても頭打ちの動きを強めるなど、勢いに陰りが出る様子がうかがえる(注 )。一方、S&Pグローバルが公表する財新PMIについては、6月は製造業、サービス業ともに好不況の分かれ目となる水準を上回るなど底堅い動きをみせているものの、国内・外双方で受注動向が弱含む動きをみせるなど先行きに対する不透明感がくすぶるとともに、数値も低下するなど頭打ちの様相を強めている(注 )。なかでも政府統計上は幅広い分野で雇用に調整圧力が強まる動きが確認されており、コロナ禍を経て若年層を中心とする雇用環境は厳しい状況が続いている上、今秋の大卒者数は過去最大となる1158万人と見込まれるなか、そのすべては労働市場に参入する訳ではないものの、若年層を取り巻く雇用環境は一段と厳しいものとなることは避けられない。さらに、ゼロコロナ終了に伴い底入れが期待された不動産市況は地方部を中心に低迷が続いており、関連セクターを巡る資金繰りを巡る不透明感がくすぶるとともに、資産デフレが家計部門の財布の紐を固くする悪循環に陥るなど、家計、企業ともに幅広く悪影響を与える懸念も高まっている。中銀(中国人民銀行)は先月20日に10ヶ月ぶりに最優遇貸出金利(LPR)の1年物と5年物をともに引き下げる決定を行ったものの、引き下げ幅は10bpと小幅なものに留めるなど現状に照らして充分なものとはなっていない。今月1日には中銀トップ(党委書記)に副総裁であった潘功勝氏が昇格し、潘氏は米国や英国への留学経験があるなど政策転換が図られるとの見方がある一方、共産党内での序列が高くないことを勘案すれば(中央委員や中央候補委員ではない)、今後の政策運営を巡っては引き続き党中央の意向が強く反映されたものとなる可能性はくすぶる。その意味では、当面の中国経済を取り巻く状況には不透明要因が山積していると捉えられる。

このように、足下の中国景気を巡っては家計部門を中心に厳しい状況に直面しているなか、6月の消費者物価は前年同月比+0.0%と前月(同+0.2%)から一段と鈍化して2年4ヶ月ぶりの伸びとなるなど、ディスインフレ懸念が一層強まりデフレ懸念に突入する可能性が意識されつつある。前月比も▲0.2%と前月(同▲0.2%)から5ヶ月連続で下落するなどディスインフレ基調が続いており、豚肉(同▲1.2%)や牛肉(同▲1.9%)、卵(同▲2.2%)、果物(同▲1.7%)など生鮮品を中心とする食料品価格に下押し圧力が掛かる動きのほか、原油をはじめとする国際商品市況の調整の動きなどを反映してエネルギー価格も下落が続くなど、生活必需品を中心に物価上昇圧力が後退していることが影響している。なお、物価の変動が大きい食料品やエネルギーを除いたコアインフレ率も6月は前年同月比+0.4%と前月(同+0.6%)から鈍化して2年3ヶ月ぶりの伸びとなっており、前月比も▲0.1%と前月(同±0.0%)から4ヶ月ぶりの下落に転じるなど、頭打ちの動きを強めている。エネルギー価格の下落の動きを反映した輸送コストの低下、家計部門の財布の紐が固い展開が続くなか、小売段階ではEC(電子商取引)サイト間の価格競争が激化していることも重なり幅広く財価格に下押し圧力が掛かり、物価上昇圧力が高まりにくい状況にある。他方、6月は端午節の連休によるサービス需要が高まることが期待されたものの、現実には観光関連をはじめとするサービス物価に下押し圧力が掛かる展開が続いており、家計部門の財布の紐の固さが物価の重石となっていると捉えられる。上述のように、足下においては若年層を中心とする雇用を取り巻く環境が一段と厳しさを増している上、当局による政策対応も『小出し感』が否めない展開が続いていることを勘案すれば、当面は一段と厳しい動きが続く可能性は高まっていると判断出来る。

さらに、川上の企業部門が直面する物価動向は一段とディスインフレ感を強める動きをみせており、こうした動きは先行きの家計部門におけるディスインフレ基調を一層強めることも考えられる。6月の生産者物価(調達価格)は前年同月比▲6.5%と5ヶ月連続で前年を下回る伸びが続いている上、前月(同▲5.3%)からマイナス幅が拡大しているほか、前月比も▲1.1%と前月(同▲1.1%)から3ヶ月連続で下落しており、物価に対する下押し圧力が一段と強まっている様子がうかがえる。中国景気を巡る不透明感の高まりを理由に、国際金融市場においては原油をはじめとする国際商品市況が頭打ちの動きを強めていることを反映して、幅広く原材料価格に下押し圧力が掛かる動きがみられる。このように調達価格に下押し圧力が掛かっていることを反映して、6月の生産者物価(出荷価格)も前年同月比▲5.4%と9ヶ月連続で前年を下回る伸びとなり、前月(同▲4.6%)からマイナス幅も拡大しているほか、前月比も▲0.8%と前月(同▲0.9%)から3ヶ月連続で下落しており、原材料価格の調整が続いていることが出荷価格を下押ししている様子がうかがえる。原材料価格の下落を反映して素材、及び部材など中間財関連の出荷価格に下押し圧力が掛かる動きがみられるほか、こうした動きを受けて日用品をはじめとする消費財の価格も抑えられており、玉突き的に物価上昇圧力が抑えられている。さらに、家計部門の財布の紐が固くなるとともに貯蓄性向が高まる動きがみられるなか、こうした動きを反映してECサイト間の価格競争が激化していることも物価の重石となっているほか、自動車など耐久消費財を中心に値下げ競争の動きが活発化していることも耐久消費財の物価下押しに繋がっているとみられる。今月6日に自動車関連の16社は過当競争を避けるべく自動車の値下げ抑制で合意したものの、その後に消費者からの反発が強まったほか、独占禁止法に抵触するとの懸念が高まったことを受けて自動車工業協会が合意撤回を余儀なくされるなど、難しい状況に直面している様子がうかがえる。企業間の過当競争がディスインフレを加速させる可能性にも注意が必要になっていると判断出来る。

なお、米中間では先月、米国のブリンケン国務長官が外交トップとして5年ぶりに北京を訪問して習近平国家主席をはじめとする指導部と直接会談を行うなど、両国間に横たわる緊張関係を一定程度和らげる動きがみられたものの、双方がお互いの立場を主張し合う格好となるなど具体的な成果に乏しいものとなった。他方、今月6日から4日間の日程で米国のイエレン財務長官が北京を訪問し、訪問中には公式、非公式の場で現職や前職の中国高官などと意見交換を行った上で、気候変動問題や債務問題など両国が協力可能な分野での協力の意向を確認する一方、中国による『経済的威圧』の問題や対中経済制裁などの面では協議しつつも意見は折り合わなかった模様である。よって、先行きについても米中摩擦や世界的なデリスキングを巡る動きなどが中国経済の足かせとなり得る状況は続くことが予想され、結果的にそのことが世界経済全体にとっても重石となる難しい展開となることは避けられない。国際金融市場を巡っても、米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀による金融引き締めの行方に加え、中国経済の動向に揺さぶられる難しい局面が続くことになろう。
注1 6月30日付レポート「中国景気は一段と「期待外れ」の様相を強める展開が続く」
注2 7月7日付レポート「中国財新PMIは製造業・サービス業ともに50超えも、頭打ちの様相(Asia Weekly(7/1~7/7))」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘等を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針等と常に整合的であるとは限りません。


- 西濵 徹
にしはま とおる
-
経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
執筆者の最新レポート
-
中国景気を取り巻く状況は数字以上に深刻かもしれない ~サービス業の景況感が50を下回っている事実を如何に認識すべきか~
アジア経済
西濵 徹
-
タイ中銀、金融市場でのバーツ安一服で利上げ局面の休止に舵 ~現金給付策を加味しても景気、物価見通しを下方修正、政策運営は外部環境に晒される展開が続く~
アジア経済
西濵 徹
-
ニュージーランド中銀は様子見維持も、根強いインフレに警戒感を崩さず ~政策委員に不動産市況の見方が割れるなかで再利上げに含みも、NZドル相場は「米国次第」が続く~
アジア経済
西濵 徹
-
南ア中銀は3会合連続で金利据え置き、経済の懸念要因は依然山積 ~中期財政計画は具体策に乏しく、来年の総選挙に向けた動きにも注意を払う必要性は高い~
新興国経済
西濵 徹
-
ニュージーランド・ラクソン政権発足、「アーダーン路線」は大転換へ ~人権・環境重視路線からの大転換、ラクソン氏は経済重視路線で3党の結束を固めたい模様~
アジア経済
西濵 徹
関連レポート
-
中国景気を取り巻く状況は数字以上に深刻かもしれない ~サービス業の景況感が50を下回っている事実を如何に認識すべきか~
アジア経済
西濵 徹
-
タイ中銀、金融市場でのバーツ安一服で利上げ局面の休止に舵 ~現金給付策を加味しても景気、物価見通しを下方修正、政策運営は外部環境に晒される展開が続く~
アジア経済
西濵 徹
-
ニュージーランド中銀は様子見維持も、根強いインフレに警戒感を崩さず ~政策委員に不動産市況の見方が割れるなかで再利上げに含みも、NZドル相場は「米国次第」が続く~
アジア経済
西濵 徹
-
ニュージーランド・ラクソン政権発足、「アーダーン路線」は大転換へ ~人権・環境重視路線からの大転換、ラクソン氏は経済重視路線で3党の結束を固めたい模様~
アジア経済
西濵 徹
-
台湾・総統選、野党は候補一本化ならず、3陣営による選挙戦スタート ~与党は中国本土への対抗姿勢を強める一方、同時に行われる総選挙の行方にも要注目~
アジア経済
西濵 徹