インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

タイ、下院議長選出で前進党と貢献党が「妥協」も、首班指名は未だ見通せず

~保守派に急進姿勢の強い前進党への忌避感は根強く、連立の行方も含めて不透明要因は山積~

西濵 徹

要旨
  • タイで今年5月に実施された総選挙では、反軍政を掲げる民主派の前進党が第1党に、タクシン派のタイ貢献党が第2党となるなど民主派が多数派を占めた。両党を含む8党が前進党のピタ党首を首班候補とする連立形成で合意したが、下院議長など重要ポストを巡って両党の綱引きが激化する動きがみられた。最終的に下院議長には連立内で第3党の国民国家党のワンノー党首が就き、下院副議長を両党で分け合うことで妥協が図られた。首班指名選挙への一歩目を踏み出したが、8党連立は下院では多数派を占める一方、首班指名選挙に加わる議会上院を併せると少数派に留まる。保守派を中心に急進的な公約を掲げる前進党への忌避感が根強い上、ピタ氏自身の選挙違反疑惑も噴出するなかで投票の行方は見通しが立たない。政治空白の長期化はコロナ禍からの景気回復が遅れる同国経済にも悪影響を与える懸念もある。

タイで今年5月に実施された議会下院(人民代表院)総選挙では、選挙戦の最終盤において支持率を集めた『反軍政』を掲げる民主派の前進党が第1党(151議席)に躍進を果たしたほか、いわゆる『タクシン派』のタイ貢献党も第2党(141議席)となる一方、選挙前における与党であった親軍政党は少数派に転じる結果となった(注1)。総選挙の後には、両党を含む8党が前進党のピタ党首を首班候補に一本化する形で政権樹立に向けた連立を組むことで合意したものの、8党を併せた議席数は312議席と議会下院(総議席数500)においては多数派を形成することに成功している。しかし、首班指名選挙を巡っては、議会下院に加えて議会上院(元老院:総議席数250)を併せた750人による投票が実施される上、議会上院については軍政下で国軍が任命した経緯があり、8党を併せた議席数は過半数(376議席)に満たないことでその行方については不透明な状況にある。また、8党は首相候補にピタ氏を据えることでは合意したものの、下院議長をはじめとする要職ポストの配分を巡って、とりわけ前進党と貢献党の間で対立が表面化するなど『すきま風』が吹く動きもみられた。なかでも下院議長は重要法案の可決、投票実施のタイミングに影響を与える上、特に今回は首班指名選挙の日程決定など重要なポストとなるが、通常は第1党から選出される傾向があるものの、今回は前進党と貢献党の間で綱引きが強まった。なお、現行憲法においては選挙管理委員会による選挙結果の確定公表(6月19日)から15日以内に議会を招集する必要があり、最長でも今月4日までに議会を招集する必要があるなど期限が限られるなかで主要ポストを巡る協議の行方に注目が集まった。議会が今月3日に招集されたことを受けて、最初に決まる重要ポストである下院議長の行方が注目されたが、最終的には連立内において前進党と貢献党以外の政党から選出することで合意した。結果、4日に選出された下院議長には、連立を組む8党のなかで3番目の議席数(9議席)を獲得した国民国家党(プラチャーチャート)の党首であるワンムハマドノー氏(通称ワンノー)が就任することで『妥協』が図られ、首班指名選挙の実施に向けた道筋が付けられた格好である。なお、同党はイスラム系住民が多い同国南部を地盤としている一方、ワンノー氏自身は1979年に下院議員に初当選したベテラン議員である上、1996年に下院議長に就任した経緯があり、今回は2度目の下院議長となる。さらに、2000年代には貢献党の前身政党(タイ愛国党)に所属していたほか、タクシン元政権においては運輸相や内務相、農業相、副首相を歴任した経緯もあり、政治家としての経験が豊富なのみならず、比較的貢献党とも近しいと捉えることが出来る。今回の決定は、仮に首相と下院議長を前進党が握った場合、貢献党が連立内において埋没することを警戒する一方、貢献党に比較的近いワンノー氏が連立内の『中立派』的な立場で下院議長となることで、貢献党の影響力低下を免れることを狙ったと考えられる。さらに、議会下院の副議長職については、第一副議長を前進党から、第二副議長を貢献党から選出することにより連立内のバランスを図る方策が採られた格好である。これにより首班指名選挙に向けた『一歩目』はクリア出来たものの、上述のように首班指名選挙においてピタ氏が勝利出来るかは極めて不透明な状況にあり、その背景には前進党が掲げる急進的な政権公約(不敬罪の緩和、徴兵制の廃止など)に対して保守派を中心に反発が根強いことが挙げられる。さらに、ピタ氏自身を巡っても、総選挙に出馬した際に自身がメディア企業の株式を保有している旨の報告を怠ったとして、憲法違反を理由に選挙管理委員会に提訴される動きもみられ、その動向如何では首班候補に立候補することが困難になるほか、首班候補にピタ氏を含む複数の候補を立てざるを得ない事態も考えられる。また、現地報道などに拠れば議会上院のうちピタ氏が獲得出来るのは数議席との見通しも示されるなど行方は見通せず、仮に半数を上回る候補が現れなければ新たな連立工作の下で首班候補選挙がやり直しとなることで、協議が再び混とんとすることも予想される。前回の総選挙後には首班候補の選出に約2ヶ月半、その後も政権樹立に1ヶ月強の時間を要したことを勘案すればまだまだ長い道のりとなる可能性もある一方、ASEAN主要国のなかで同国はコロナ禍からの景気回復が最も遅れるなか、政治空白の長期化は政策の空白を通じて経済活動に悪影響を与えるだけに、当面は首班指名選挙の行方を注視する必要性が高いと捉えられる。

図 議会下院における党派別議席数
図 議会下院における党派別議席数

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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