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2026.08.17
アジア経済
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タイ景気に急ブレーキ、内需低迷が堅調な外需を相殺
~4-6月GDPは前期比年率▲0.74%、政府は成長率見通しを引き上げも不透明要因は山積~
西濵 徹
- 要旨
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- イラン情勢の悪化により、原油・天然ガス依存度が高いタイは供給懸念と価格上昇に直面した。政府は備蓄拡充や代替調達を進める一方、原油消費の抑制への取り組みを強化した。原油高は貿易収支の悪化、観光業、農業への悪影響が懸念される。さらに、2025年半ば以降続いたデフレは一転し、足元でインフレ率はプラスに転じている。中銀は2月に利下げしたものの、その後は物価動向やバーツ安を理由に4月と6月は様子見姿勢に転じている。
- 4-6月の実質GDP成長率は前期比年率▲0.74%と3四半期ぶりのマイナス成長となった。インフレによる実質購買力低下で個人消費が弱含み、政府消費や公共投資も下振れした。AI・半導体関連の財輸出やデータセンター投資などは堅調だったが、輸入拡大により純輸出の成長率寄与度は大幅マイナスとなった。一方で、在庫投資の寄与度は大幅プラスとなるなど、在庫積み上がりから景気実態は数字以上に厳しいとみられる。生産面では鉱業・公益部門は拡大した一方、サービス業・製造業・農林漁業は減少した。
- 政府は家計向け補助金を決定して内需下支えを図るが、イラン情勢の長期化やエルニーニョによる高温・水不足が農業生産・食料インフレ・電力需給に悪影響を及ぼす懸念がある。AI・半導体需要は輸出をけん引するものの、観光客数の見通しは不透明である。政府は2026年成長率見通しの下限を引き上げたものの、在庫調整リスクなど不確実性は残る。バーツ相場は米ドル高一服や金価格の持ち直しで下支えされる一方、原油高による対外収支悪化や資金流出圧力など、外部環境に左右される展開が続くと見込まれる。
- 目次
【イラン情勢により、デフレ状態が続いたタイは一転インフレに】
イラン情勢の悪化を受けて、タイ経済を取り巻く環境は急速に悪化している。タイは、一次エネルギーに占める原油の比率が4割強、天然ガスの比率が3割弱と、合わせて7割弱に達する。加えて、原油輸入の6割を湾岸産油国に依存しており、イラン情勢の悪化を受けた供給懸念や価格上昇に直面した。
同国政府は、90日分の原油備蓄を確保しているほか、その後も備蓄拡充や供給懸念への対応強化を明らかにした。具体的には、ロシア産原油のほか、米国やアフリカ、南米からの代替調達を活発化させた。加えて、国民生活への悪影響を抑えるべく、原油高に伴うエネルギー価格の抑制を目的とする補助金による価格上限の設定を目指した。しかし、財政上の懸念から補助金政策は断念する一方、対象を低所得者層や公共交通機関に限定する対応を迫られた。
背景には、同国の原油や石油製品、天然ガスの貿易収支がGDP比▲5.4%に達すると試算されるなど、原油高がマクロ経済の足を引っ張ることが懸念されたことがある。原油高やジェット燃料の供給懸念を理由とする航空便の減便は、GDPの1割以上を占める観光関連産業の足を引っ張ることも懸念される。加えて、窒素系肥料の価格上昇は農業生産に悪影響を与えるほか、食料価格の上昇を通じてインフレ圧力を増幅させることも考えられる。
同国経済は、ASEAN(東南アジア諸国連合)主要国のなかでコロナ禍からの景気回復が最も遅れている。背景には、家計債務がGDP比で9割弱とアジア太平洋地域のなかで高水準であり、債務負担が個人消費など内需の足かせとなっていることがある。こうしたなか、同国では2025年半ば以降、インフレ率がマイナスで推移するデフレが続いた。しかし、エネルギーや食料品など生活必需品を中心とする物価上昇を受けて、足元のインフレ率はプラスに転じるなど状況は大きく変化している(図1)。足元では原油高の一服を受けて加速したインフレ率が鈍化しているものの、イラン情勢の不透明感を理由に原油価格は高止まりしている。さらに、エルニーニョ現象の発生による高温・水不足は農業生産に悪影響を与えるほか、食料インフレを招くことも懸念される。

中銀は、イラン情勢が悪化する直前に開催した2月の定例会合において、デフレ状態や景気回復の遅れを理由に利下げに舵を切った。しかし、その後の物価を巡る状況に加え、金融市場でのバーツ安による輸入物価の上昇懸念も理由に、4月と6月の定例会合では様子見に転じている。このように、金融政策の舵取りも難しさを増していると捉えられる。
【内需低迷で景気にブレーキも、景気の実態は数字以上に厳しいものに】
足元のタイ経済は、インフレに直面するなど内需を取り巻く環境は厳しさを増す一方、世界的なAI(人工知能)・半導体投資の旺盛さを追い風に、これに関連する輸出のほか、データセンター関連投資が活発化するなど、好悪双方の材料が混在する動きがみられた。しかし、4-6月の実質GDP成長率は前期比年率▲0.74%と3四半期ぶりのマイナス成長に転じるなど、景気にブレーキが掛かっている(図2)。中期的な基調を示す前年同期比ベースの成長率も+1.9%と前期(同+2.9%)から鈍化して3四半期ぶりの低い伸びとなるなど、足元の景気は頭打ちの動きを強めている。

インフレ加速により実質購買力に下押し圧力がかかったことを受けて、個人消費が弱含んだ。さらに、前述した原油消費抑制策の影響を受ける形で政府消費も下振れするとともに、公共投資の進捗低迷も固定資本投資を下押しするなど、幅広く内需が弱含む動きが確認されている。なお、AI・半導体関連を中心に財輸出は堅調な動きをみせる一方、外国人観光客数の低迷を反映してサービス輸出の伸びは鈍化した(図3)。また、データセンター関連をはじめとする投資の活発化を受けて民間部門の固定資本投資は拡大基調が続いた。なお、設備投資需要の堅調さを反映して輸入は輸出を上回るペースで拡大しており、純輸出(輸出-輸入)の成長率寄与度は前期比年率ベースで▲15.15ptと大幅マイナスになったと試算される。一方で、在庫投資による成長率寄与度は前期比年率ベースで5四半期連続のプラスで推移しているうえ、当期は+21.01ptとプラス幅が大幅に拡大しており、在庫が積み上がっている様子がうかがえる。このため、足元の景気実態はGDPの数字が示す以上に厳しい状況にある。

分野ごとの生産動向についても、イラン情勢の悪化を受けた原油など商品市況の上昇が後押しする形で鉱業部門の生産は拡大したほか、電力など公益関連の生産も堅調な動きをみせた。一方で、個人消費の低迷や観光関連の頭打ちも重なりサービス業の生産は減少するなど景気の足を引っ張っている。さらに、財輸出の堅調さがうかがえるにもかかわらず、製造業の生産も減少するとともに、農林漁業の生産も低迷するなど主力産業での生産低迷の動きが景気の重しとなっている。
【国内外に景気の不透明要因は山積、バーツ相場は外部環境に左右される展開が続く】
政府は5月、イラン情勢の悪化を受けたエネルギー危機への対応や、エネルギー転換の促進などを目的に、総額4,000億バーツ(GDP比2.1%)の緊急借り入れ枠を設けることを承認した。6月にはその一環として、原油高の影響軽減と家計部門の生活費負担の軽減を目的とする1,760億バーツ規模の家計部門向けの補助金政策を決定しており、先行きはその効果が家計消費を下支えすることが期待される。しかし、イラン情勢は依然として不透明な状況が続いており、原油をはじめとするエネルギー資源価格は高止まりするなどエネルギーインフレが幅広い経済活動の足かせとなることが懸念される。さらに、エルニーニョ現象の発生による高温と少雨が見込まれるなか、同国では農業生産の低迷が景気の足かせとなるとともに、食料価格の上昇が新たなインフレ圧力を引き起こすことも考えられる。少雨による水不足は、生活用水のみならず、製造業など水を要する産業の生産にも悪影響を与えるほか、高温による電力需給のひっ迫がエネルギー価格のさらなる上昇を招くスパイラルにつながる可能性もある。
一方で、世界的なAI・半導体需要の旺盛な動きは引き続き輸出をけん引するとともに、設備投資需要も下支えすることが期待される。ただし、足元で頭打ちの動きをみせる外国人来訪者数について、同国政府は従来見通しを据え置く考えをみせているものの、燃料価格の高止まりも影響して見通しが立ちにくい展開が続くことも考えられる。このため、農林漁業や観光業における生産低迷が関連部門の雇用環境の足かせになるとともに、個人消費など内需の重しとなる可能性にも注意が必要である。年前半の経済成長率が+2.4%となったことを受けて、政府(国家経済社会開発評議会)は2026年の経済成長率見通しを+2.0~2.5%と従来見通し(+1.5~2.5%)の下限を引き上げている。とはいえ、内・外需双方に不透明要因が山積しているうえ、先行きは在庫調整の動きが景気の足かせとなる可能性にも注意が必要である。
金融市場では、米国と日本による協調介入を受けて米ドル高の動きに一服感が出ていることを反映して、バーツ相場は持ち直しの動きをみせている(図4)。さらに、足元では調整が続いた金の国際価格が持ち直しの動きをみせていることも、金取引の活発化を追い風にバーツ相場を下支えしている可能性はある。しかし、イラン情勢の不透明さを理由に原油をはじめとするエネルギー価格は高止まりしており、対外収支の悪化が懸念されるほか、実体経済の低迷が警戒される形で資金流出圧力が強まることも考えられる。前述したように中銀の政策運営も困難の度合いが増しており、バーツ相場を取り巻く状況は外部環境に左右される展開が続くであろう。

西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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