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2023.02.17
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タイ、政治は政局モードの背後で実体経済は「逆戻り」の様相
~親軍政党は分裂選挙、中国のゼロコロナ終了に期待も内需には不透明要因が山積する展開~
西濵 徹
- 要旨
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- 今年のタイは5月に次期総選挙が予定されるなど「政治の季節」を迎えている。ただし、プラユット政権を支える親軍政党では、プラユット首相とプラウィット副首相は元々「兄弟」関係にあったが、選挙戦を巡る権力闘争を契機に分裂選挙の様相をみせる。現状、選挙戦はタクシン派が優位な状況にあるものの、前回総選挙では最終的に親軍政党が多数派を形成して事実上の軍政が維持されたこともあり、同様の展開も予想される。
- 政治は政局モードに入る一方、同国経済は世界経済の影響を受けやすいなか、昨年10-12月の実質GDP成長率は前期比年率▲5.90%と5四半期ぶりのマイナス成長に転じた。世界経済の減速による財輸出の低迷に加え、物価高と金利高の共存やペントアップ・ディマンドの一巡が重なり家計消費も頭打ちしており、企業部門の設備投資も弱含むなど、幅広く内・外需は弱含んでいる。昨年通年の経済成長率は+2.6%に留まるとともに、実質GDPの水準はコロナ禍前を再び下回るなど、実体経済は完全に「逆戻り」したと捉えられる。
- 先行きは中国のゼロコロナ終了が外需の追い風になると期待される一方、インフレは依然高止まりしている上、中国景気の回復が商品高を招く懸念もくすぶる。中銀は物価抑制を目的に一段の利上げに動く姿勢を示しており、家計債務の大きさも重なり家計消費など内需を取り巻く状況は厳しい展開も予想される。政府は今年の成長率見通しを下方修正しており、当研究所も今年の経済成長率が+2.9%に留まると予想する。
今年のタイは、5月7日に議会下院(人民代表院)総選挙の実施が予定されるなど『政治の季節』を迎えている。2019年の前回総選挙では、2014年の軍事クーデターを経て発足したプラユット暫定政権を支持する親軍政党である「国民国家の力」が第2党になるとともに、少数政党と与党連立を形成して多数派となり、その後の議会上下院での首相指名選を経てプラユット氏は正式に首相に就任した経緯がある。なお、2017年に公布された現行憲法では首相在任期間について「最長で通算8年」とされており、昨年9月に憲法裁判所がその起算時期を現行憲法の公布時点(2017年4月6日)とする判断を下したため(注1)、プラユット首相は最長で2025年4月5日まで首相職を続投することが可能となった。よって、同党は当初プラユット氏の下で選挙戦に臨むと予想されたものの、総選挙後におけるプラユット氏の首相任期が限られる上、政権支持率も低調な推移が続いており、総選挙後に政権を失うことへの警戒感が強まった可能性がある。事実、プラユット氏の職務停職期間中はプラユット氏の国軍時代の元上司であり、同党党首のプラウィット副首相が首相代行を務めたことで党内ではプラウィット氏への支持が広がり、プラウィット氏がその調整力の高さを背景に政財界に強い影響力を有することも後押ししたと考えられる。よって、最終的に同党はプラユット氏を正式に首班候補に指名して総選挙を戦うことを決定した。他方、プラユット氏は同氏の支持派が結党した新党である「タイ団結国家建設党」に参画するとともに、同党の首班候補として総選挙を戦うことを決定するなど、両者は元々『兄弟』とも呼ばれる間柄であったものの、一転して骨肉の争いの様相を呈している。さらに、プラユット陣営は国民国家の力の切り崩し工作を活発化させるなど離党者が相次いで発生する一方、プラウィット陣営は党勢拡大に向けた巻き返しの動きを強めており、2020年に政権内の閣僚ポストを巡る党内の派閥争いをきっかけに同党を離党したウッタマ前党首(元財務相)が復党するなど動きもみられる(注2)。このように、次期総選挙を巡っては親軍政党が現首相と副首相の権力闘争をきっかけに分裂選挙となることが必至となっている。なお、選挙戦そのものは最大野党であるタクシン派政党の「タイ貢献党」がタクシン元首相の次女ペートンタン氏を首班候補に据えて優位な選挙戦を展開しているほか、前回総選挙で躍進した『第3極』の「新未来党」は2019年にタナトーン党首が議員資格をはく奪され(注3)、翌20年には憲法裁による解党命令を受けたことで、後継政党である「前進党」がタナトーン氏とともに新未来党結党に参画したピタ氏を首班候補に選挙戦に突入している。前回総選挙においてもタイ貢献党が第1党となるも、その後は親軍政党が合従連衡により多数派を形成したことを勘案すれば、今回は親軍政党が分裂選挙という異なる動きがみられるものの、次期総選挙後も同様の展開が続く可能性は充分に考えられる。
なお、足下の政治の動きは完全に『政局モード』に突入している一方、同国経済を巡っては財、及びサービスを併せた輸出がGDPの3分の2弱を占めるなど構造面で輸出依存度がASEAN(東南アジア諸国連合)内でも相対的に高い上、財、サービス両面で中国経済への依存度が高いなど、中国経済や世界経済の動向に左右されやすい特徴を有する。昨年末にかけては、中国当局によるゼロコロナ戦略への拘泥が中国経済の足かせとなる動きが顕在化したほか、欧米など主要国景気も頭打ちの様相をみせて世界経済の減速懸念が強まるなど、景気の足かせとなる動きがみられた。さらに、商品高による世界的なインフレの動きは同国においても食料品やエネルギーなど生活必需品を中心とする物価高を招いているほか、感染一服による行動制限緩和を受けた経済活動の正常化の動きに加え、国際金融市場における米ドル高を受けたバーツ相場の調整は輸入インフレに繋がり、中銀は昨年8月に物価抑制を目的に3年8ヶ月ぶりの利上げに動くとともにその後も断続利上げを実施するなど、景気に冷や水を浴びせる懸念が高まっている。こうしたなか、昨年10-12月の実質GDP成長率は前期比年率▲5.90%と前期(同+4.37%)から5四半期ぶりのマイナス成長に転じているほか、中期的な基調を示す前年同期比ベースの成長率も+1.37%と前期(同+4.59%)から伸びが鈍化しており、足下の景気は頭打ちの様相を呈している。昨年通年の経済成長率は+2.6%と前年(同+1.6%)から伸びが加速しているものの、成長率に対するゲタが+1.0ptとプラスであったことを勘案すれば力強さに乏しいと捉えられる上、実質GDPの水準はコロナ禍の影響が及ぶ直前の2019年末時点と比較して▲0.4%下回るなど、同国経済は完全に『逆戻り』した格好である。国境再開を受けた外国人観光客数の底入れの動きを反映してサービス輸出は引き続き拡大する展開が続く一方、世界経済の減速を受けて財輸出に大きく下押し圧力が掛かったことで総輸出が下振れしたことに加え、経済活動の正常化を受けたペントアップ・ディマンドの動きが一巡するとともに、物価高と金利高の共存による実質購買力の下押しが重なり家計消費も弱含んでいるほか、輸出の低迷や金利上昇を受けて企業部門による設備投資なども下振れしており、内・外需で幅広く景気に下押し圧力が掛かった格好である。分野別の生産動向を巡っても、農林漁業関連や鉱業関連などで底堅い動きがみられる一方、内・外需が幅広く下振れしていることを反映して製造業関連や公益関連の生産が弱含んでいるほか、サービス業の生産も減少に転じるなど頭打ちの動きを強めている。他方、公共投資の進捗を反映して建設業の生産は3四半期ぶりのプラスに転じているものの、民間投資が弱含んでいることを勘案すれば持続可能な動きとは捉えられない。その意味でも、足下の同国経済は総じて頭打ちの動きを強めている。



他方、昨年末の中国によるゼロコロナ終了の動きは、中国経済の底打ちを促すと見込まれるとともに、コロナ禍前においては中国人観光客による観光収入がGDP比3.5%(2019年)に達していたことを勘案すれば、財、及びサービスの両面で輸出の押し上げに繋がることが期待される。ただし、欧米など主要国景気に対する不透明感が強まっているほか、米中摩擦の激化の動きはサプライチェーンに影響を与えることが避けられないなか、財輸出を取り巻く状況が劇的に改善するかは見通しにくい。さらに、インフレ率は昨年8月をピークに頭打ちに転じているものの、依然として中銀の定めるインフレ目標(2±1%)の上限を大きく上回る推移が続いているほか、中国のゼロコロナ終了による景気回復期待を反映して足下の商品市況は底打ちしており、先行きは商品高によりインフレ圧力が再燃する可能性もくすぶる。また、昨年の国際金融市場においては米ドル高を反映してバーツ安の動きが加速したものの、昨年末以降は米ドル高に一服感が出たことを受けてバーツ相場は一転して底打ちする動きが確認された。しかし、足下では米FRB(連邦準備制度理事会)が一段の利上げに加え、高金利状態を維持する可能性が高まっていることを受けてバーツ相場は再び頭打ちに転じている。中銀のマティー副総裁は15日に登壇した経済フォーラムにおいて、今年はインフレ率の低下が見込まれるものの、インフレ抑制に向けて景気に悪影響を及ぼさない形で段階的な利上げを継続するとの発言を行ったとされるほか、現時点における政策金利の水準について正常化の途上にあるとの認識を示した上で、追加利上げにより将来的な危機への『のりしろ』になるとの考えを示すなど、中銀は引き続き物価抑制に向けた姿勢を一段と強めると予想される。ただし、同国ではここ数年に亘って家計債務が拡大している上、コロナ禍を経てそのペースが加速の度合いを強めたことを受けて、足下ではGDP比で9割弱に達するなどアジア太平洋地域においても突出した国のひとつとなっている。仮に中銀が先行きにおいて一段の利上げ実施に動いた場合、家計部門にとっては利払い負担の増大が可処分所得の圧迫要因となることは避けられず、商品高の再燃によりインフレが高止まりすれば家計消費への下押し圧力が強まることも考えられる。政府(国家経済社会開発協議会)は昨年10-12月のGDP統計の公表に際して今年の経済成長率見通しを+2.7~3.7%と従来見通し(+3.0~4.0%)から引き下げており、10-12月が想定以上に景気が下振れして今年の経済成長率に対するゲタが▲0.4ptとマイナスに転じていることを勘案すれば、期待ほどに高まりにくい状況にあると判断出来る。当研究所も昨年10-12月のGDPが想定を大きく下回ったことを加味した上で、今年の経済成長率は+2.9%に留まると予想する。



注1 2022年10月3日付レポート「タイ憲法裁、プラユット首相に続投可能の判断、今後は次期総選挙へ追い切り」
注2 2020年8月13日付レポート「タイ、民主化運動激化の背後で政治は「バランス」重視を強める」
注3 2019年11月21日付レポート「タイ、「民政移管」後も民主化にはほど遠い状況が続く」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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