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タイ憲法裁、プラユット首相に続投可能の判断、今後は次期総選挙へ追い切り

~金融市場は政局に慣れっこも、バーツ相場の急落が続くなかで中銀の対応は困難さが増す可能性も~

西濵 徹

要旨
  • 先月30日、タイ憲法裁は野党が提出したプラユット首相の任期期間の判断に関する請願に対する判断を下した。首相任期の起算時点を現行憲法の公布時点とすべきとし、続投可能と判断した。裁判官の判断は6(続投可能)対3(任期満了)と割れたが、これを受けてプラユット首相の職務停止は解除され、プラユット氏は来年3月の議会下院の任期満了、5月までの次期総選挙に突入するとみられる。同国では来月APEC首脳会議が予定されており、プラユット氏は議長として同会議を仕切ることで政治基盤を強化し、次期総選挙への「追い切り」を図るとみられる。他方、金融市場は政局混乱を材料とみていないが、米ドル高がバーツ相場の急落を招いており、中銀は緩やかな金融引き締めを維持するも今後の対応は困難さを増すことが予想される。

タイでは、2014年の軍事クーデターを経て陸軍司令官であったプラユット氏を議長とする国家平和秩序維持評議会(NCPO)がすべての統治権を掌握した後、同年8月24日に同氏はプミポン国王(当時)の任命を受ける形で暫定首相に就任した。その後、2019年の議会下院(人民代表院)総選挙でプラユット暫定政権を支持する親軍政党(パランプラチャーラット)が第2党になるとともに、少数政党と連立与党を結成して多数派を形成した後、議会上下院での首相指名選挙を経て同年6月11日にプラユット氏は正式に首相に就任した。他方、軍政下の2017年に制定された現行憲法では、首相任期を巡って『最長で通算8年』とする規定が定められており、ここ数ヶ月はこの問題が注目された。プラユット政権を巡っては、政権を支える与党連立は議会下院で半数をギリギリ上回る水準に留まる上、大臣ポストなどの処遇を巡ってぎくしゃくする一方、来年3月に任期満了を迎えるとともに来月5月までに次期総選挙が実施されるため、野党は政権及び与党連立への攻勢を強めてきた。こうしたなか、プラユット政権への攻勢を強める野党は、上述の経緯を踏まえて今年8月23日にプラユット氏が暫定首相就任から丸8年が経過することを理由に、憲法裁判所に対して在任期間に対する判断を求めるとともに、結論が出るまで職務停止を求める請願書を提出した。その一方、政府及び政権を支える与党は首相在任期間の起算時点について、2017年の現行憲法の公布時点(2017年4月6日)、ないし民政移管後の正式就任時(2019年6月11日)と判断してきた。野党の提出した請願書を巡って憲法裁が受理するか否かに注目が集まったものの、憲法裁は8月24日に受理するとともに、判断を下すまでの期間についてプラユット首相の職務を停止することを発表した(注1)。なお、首相任期に関する判断は計9人の裁判官全員が賛成した上で、職務停止についても5人の裁判官が賛成とするなど多数派を占めていることが明らかになるなど、憲法裁判所が自身の中立性を重視している様子がうかがわれた。その後は憲法裁の判断に1~2ヶ月程度を要するとみられたものの、憲法裁はプラユット首相の任期を巡る裁定を先月30日付に下すことを明らかにしたため(注2)、その判断が注目された。憲法裁は30日、プラユット首相の在任期間について憲法規定に抵触していない(起算時点は現行憲法の公布時点とすべき)として、職務停止を解除するとともに続投を認める判断を下した。裁判官の判断は6人が『続投可能』とする一方、3人は『任期満了』とするなど、裁判官の間で判断が分かれていることが明らかになっている。とはいえ、この決定を受けてプラユット首相は最長で2025年4月5日まで続投が可能になるため、来年3月の議会下院の任期満了に加え、選挙管理委員会によれば来年5月7日までに次期総選挙を実施する必要があるなか、プラユット氏の下で次期総選挙に突入することが可能になる。なお、同国では来月にAPEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議の開催が予定されており、プラユット首相は議長として同会議を仕切ることで政治基盤の強化を図るとともに、次期総選挙での党勢及び政権維持を目指すとみられる。判決を受けて、プラユット首相は自身のSNSに「(職務停止期間の)1ヶ月の間、私は限られた時間を国の発展のため、子供たちの未来のために重要なプロジェクトの実現に導くために使わねばならないと認識した」と記すなど、残りの任期を全うする考えを改めて強調した。他方、野党は判決を受けて司法改革の必要性を訴えるとともに、共同声明で「判決はプラユット氏の立場を浄化するものではなく、プラユット氏はあらゆる手段を駆使して権力を維持しようとする人物とみている」として、プラユット氏が暫定首相就任当初に権力の座に居座ることはないとした国民への約束を破ったと主張しており、次期総選挙に向けて攻勢を強めると予想される。タイの政局混乱については、金融市場は完全に『慣れっこ』になっていると判断出来るものの、足下では米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀のタカ派傾斜による米ドル高を反映してバーツ相場は調整の動きを強めている。中銀は先月末の定例会合で2会合連続の利上げ実施を決定するも、景気への影響を懸念して利上げ幅は小幅に留めるなど慎重姿勢を崩していないほか(注3)、その後も同行のセタプット総裁は緩やかな利上げを志向するとともに、足下のバーツ安の実体経済への悪影響を否定する考えをみせている。同国は1997~98年に発生したアジア通貨危機の発火点となったものの、足下の外貨準備は金融市場の動揺への耐性は充分と判断されるなど危機的状況に陥る可能性は低い。しかし、バーツ相場の急落を受けて当局は為替介入に動いているとみられ、その動きを反映して外貨準備は減少ペースを強めており、政局混乱により政策対応の手足を縛られる展開が続けば急速に事態が悪化する可能性に注意する必要があろう。

図表1
図表1

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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