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英新政権が減税方針を一部撤回

~政治的には重要だが、財政の目立った改善にはつながらず~

田中 理

要旨
  • 与党内からの政治的な反発の高まりを受け、英国のトラス新政権は3日、金持ち優遇との批判が多かった所得税の最高税率の引き下げ方針を撤回した。政権発足直後の政策迷走により、政府の政策運営に対する信頼と政策の遂行能力が損なわれた。今回の方針転換は政治的には重要な意味を持つが、大型減税とエネルギー料金凍結で悪化する英国の財政状況の目立った改善にはつながらない。BOEの時限的な市場介入が終了すれば、国債需給は再び悪化する。中期的な財政健全化を達成するには、歳出削減など追加の財政方針の軌道修正を余儀なくされよう。市場の動揺がやや沈静化したことと政府の減税方針の部分修正を受け、BOEが11月3日のMPCを待たずに緊急利上げをする可能性は遠退いた。だが、大型減税で中期的な物価の上振れリスクが高まったことから、今後も大幅利上げが必要な状況には変わりがない。

英国のクワーテング財務相は3日、先月23日に発表した総額450億ポンドの大型減税のうち、富裕層優遇との批判が多かった所得税の最高税率引き下げ方針を撤回した。財政規律を度外視した大型減税とエネルギー料金凍結の発表を受け、国債利回りが急騰、株価が下落、ポンドの対ドル相場が一時史上最低を更新するなど、英国の金融市場に動揺が広がっていた。金融システム上の懸念の高まりから、BOEが先月28日に英国債の時限買い入れ開始と量的引き締め(保有国債の売却)の延期を発表し、英国資産の投げ売りにひとまず歯止めが掛かったが、トラス首相やクワーテング財務相が減税方針を固辞するなか、金融市場の動揺再燃への不安が燻っていた。

国民の間で政府の財政運営に対する不信感が広がり、各種の世論調査では野党・労働党が与党・保守党に対するリードを一段と広げた。保守党を支持する有権者からは、選挙区の政治家に不満を伝える電話やメールが殺到していたとされる。こうした状況下で2~5日に行われている保守党大会では、党重鎮からも政府の財政運営に対する不満の声が聞かれ、11日の議会再開後に行われる関連法案の採決で与党議員からも多くの反対票が投じられる恐れが高まった。新政権は党内からの政治的な圧力に屈する形で、発表から僅か10日余りで大型減税の軌道修正を余儀なくされた。

政府の方針転換を受け、ポンド相場が大型減税発表前の水準を回復し、4%を突破していた10年物国債利回りも3%台後半に低下した。ただ、撤回した最高税率の引き下げの減税規模は、総額450億ポンドのうち10~20億ポンド程度を占めるに過ぎない。エネルギー料金凍結による1530億ポンドの財政負担と相俟って、財政が大幅に悪化する構図は変わらない。BOEによる市場介入も、国債購入は14日まで、国債の売却延期は月末までの時限措置に過ぎない。その間の市場安定と政府の方針転換の時間稼ぎをする所期の目的は達成したが、時限措置終了後の国債需給の再悪化は避けられない。

近く具体策を発表予定の規制緩和による景気浮揚と、11月23日に予定する中期財政計画の発表を通じて、中期的な財政健全化を達成し、政府の財政運営に対する信頼を回復できるかは予断を許さない。大型減税と規制緩和による経済活性化はトラス政権の目玉政策だ。更なる減税方針の撤回が難しいのであれば、将来の歳出削減などで財政を穴埋めする以外にない。予算責任局(OBR)の財政評価などを精査し、財政運営方針の追加的な軌道修正が必要になると判断している。

金融市場の動揺がやや沈静化したことを受け、11月3日に予定される次回の政策委員会(MPC)を待たずに、BOEが緊急利上げをする可能性は遠退いた。今回の政府の方針転換後も、新政権が大型減税を発表する以前と比べて、中期的な物価の上振れリスクが高まった状況には変わりがない。次回MPCでの利上げ幅は、それまでに政府の追加的な財政軌道修正の方針が出てくるか、BOEの市場介入終了後の金融市場環境などに大きく左右されよう。エネルギー料金の凍結で目先の物価上昇はピークアウトが近づいたが、それでも11月の利上げ幅は75bpが下限と考えられる。

政権発足直後の政策迷走とUターンで、トラス新政権の政治基盤は弱体化し、政策の信頼性も大きく損なわれてしまった。今回の最高税率撤回で党内の不満の声を封じ込められたとは思えない。野党は今後も政府の政策迷走と金融市場の混乱に対する責任追及の手を緩めないだろう。減税や規制緩和などに関連した今後の議会審議が難航し、政府の政策遂行能力に疑問符が投げ掛けられる恐れがある。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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