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PEPP柔軟性活用の真偽のほど

~イタリアの買い支えはいつまで続けられるか?~

田中 理

要旨
  • ECBは6月の緊急理事会で、市場分断化への対応策としてPEPP再投資時の柔軟性活用を決定。その後に発表された6~7月のPEPPの買い入れ実績は、ドイツ、オランダ、フランスを売り越した一方、イタリア、スペイン、ギリシャを買い越した。7月末時点でイタリアの買い入れ割合は、ECBが基準に定める資本金クォータを2%ポイント上回る。このままのペースでイタリアの重点買い入れを続ければ、年内に乖離は5%ポイントに近づく。PEPPの柔軟性の限界が試される。

政策正常化を進めるECBは、ファンダメンタルズを乖離した金利上昇に対応するため、6月15日の緊急理事会でパンデミック緊急資産買い入れプログラム(PEPP)の再投資時に柔軟な買い入れを行う方針を決定し、7月21日の理事会ではさらに、健全な財政・マクロ経済運営を行っているユーロ導入国を対象に、流通市場で国債や地方債を無制限に買い入れる新たな市場分断化策(TPI)の導入を決めた。TPIの発動には様々な要件があり、PEPPの柔軟性活用が第一の防波堤として位置付けられる。ECBは2日、市場分断化策の導入を決めてからは初めてとなる6~7月のPEPPの純購入額の国別内訳を公表した。

PEPPは3月末に新規の買い入れを終了し、現在は満期を迎えた国債と同額を再投資することで、バランスシートを維持している。市場分断化への対応策としてPEPPの柔軟買い入れを開始した6~7月には、ドイツ、オランダ、フランスの国債を売り越した一方、イタリア、スペイン、ギリシャなどの国債を買い越した(図表1)。7月末時点のPEPPの累積購入残高は、ECBが各国別の買い入れの基準とする資本金クォータ(概ね経済規模と一致)と比べて、イタリアとスペインを余分に買い入れ、フランス、オランダ、ドイツなどの買い入れ割合が資本金クォータに届かなかった(図表2)。7月に新規の買い入れを終了した資産買い入れプログラム(APP)のうち、国債や政府機関債など公的部門を対象とする公的部門買い入れプログラム(PSPP)の国別の累積買い入れ割合も概ね同様だが、ドイツとフランスが資本金クォータを上回り、格付け基準を満たさないギリシャが買い入れの対象外となっている(図表3)。

ユーロ導入国で金利上昇が最も顕著なイタリアは、ECBが緊急理事会を開催した直前に、10年債利回りが一時4%を超え、債務危機の震源国であったギリシャの利回りを逆転した(図表4)。その後は、金利水準ではやや落ち着きを取り戻しているが、ドイツ国債とのスプレッドでみると高止まりしている。その間、ECBが100億ユーロ規模の買い支えをしていたことを考えると、金利の持続的な上昇抑制にはかなりの規模の買い支えが必要とみられる。PEPPには買い入れの対象やタイミングで柔軟性が認められているとは言え、財政ファイナンスを禁止したEU条約への抵触を回避するため、資本金クォータに基づいた買い入れ割合が決定された経緯を持つ。7月末時点でイタリアの買い入れ割合は、ECBの資本金クォータを2%ポイント上回る。このままのペースでイタリア国債の重点買い入れを続ければ、年内に乖離は5%ポイントに近づく。PEPPの柔軟性の限界が試されることになろう。そのため、9月25日のイタリア総選挙後にポピュリスト政権が誕生し、財政運営を巡る不透明感が高まるタイミングなどで、TPIの発動是非が改めて問われる可能性が出てこよう。TPIの買い入れ規模は市場の緊張度合に応じて決定され、資本金クォータに基づく買い入れ割合などの縛りはないとみられる。その一方で、健全な財政・マクロ政策運営を行っていることが前提となり、イタリアでポピュリスト政権が誕生した際に発動できるかは不安が残る。

(図表1)PEPPの国別純購入額(2022年6~7月)
(図表1)PEPPの国別純購入額(2022年6~7月)

(図表2)累積資産買い入れの資本金クォータからの乖離
(図表2)累積資産買い入れの資本金クォータからの乖離

(図表3)ECB資本金クォータと各国別買い入れ割合
(図表3)ECB資本金クォータと各国別買い入れ割合

(図表4)イタリアの10年物国債利回りと対独スプレッド
(図表4)イタリアの10年物国債利回りと対独スプレッド

以上

田中 理


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