インドネシア中銀、景気回復を優先して低金利維持を改めて強調

~為替介入に伴う外準減少で余力は低下するなか、早晩利上げに追い込まれる可能性は高まっている~

西濵 徹

要旨
  • 足下の世界経済は緩やかな拡大が続く一方、ウクライナ情勢の悪化で幅広く商品市況は上振れして世界的なインフレが顕在化している。米FRBなど主要国中銀のタカ派傾斜は新興国からの資金流出を招くなか、経済のファンダメンタルズの脆弱さを理由にインドネシアも資金流出に直面している。中銀は年明け以降、物価高と為替安の阻止に向けて段階的に金融引き締めに向けた方針を示すも、景気回復を重視して政策金利を低水準で維持してきた。しかし、今月には中銀が保有する国債の売却を行うなど金融引き締めに向けた動きを前進させる一方、21日の定例会合では17会合連続で政策金利を過去最低の3.50%に据え置いた。海外経済の減速による国内景気への悪影響を警戒して低金利環境を維持する姿勢を改めて強調した。ただ、為替安定に向けた介入実施により外貨準備高は「適正水準」の下限に達するなど、追加余力は限られている。中銀のペリー総裁は政策運営に自信をみせるが、早晩利上げ実施に追い込まれる可能性は高まっている。

足下の世界経済を巡っては、中国の『ゼロ・コロナ』戦略など不透明要因はくすぶるものの、米国など主要国を中心にコロナ禍からの回復が続いている上、中国も当面の最悪期を過ぎる動きがみられるなど、全体として緩やかな拡大を維持する展開が続いている。他方、世界経済の回復に加え、ウクライナ情勢の悪化を受けた供給不安も重なり国際商品市況は幅広く上振れしており、原油や天然ガスのほか、穀物などの需給ひっ迫懸念により、世界的に食料品やエネルギーなど生活必需品を中心にインフレ圧力が強まっている。さらに、米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀はタカ派傾斜を強めており、国際金融市場においてはコロナ禍を経た全世界的な金融緩和に伴う『カネ余り』の手仕舞いが進むなど、世界的なマネーフローに影響を与える動きがみられる。こうした市場環境の変化は、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱な新興国を中心に資金流出が集中する傾向があり、インドネシアは2013年に当時のバーナンキ米FRB議長による量的緩和政策の縮小示唆発言をきっかけとする国際金融市場の動揺(テーパー・タントラム)に際して資金流出が集中した5ヶ国(フラジャイル・ファイブ)のひとつになった経緯がある。その背景には、インドネシアが慢性的に経常赤字と財政赤字の『双子の赤字』を抱えるとともに、インフレも常態化するなど経済のファンダメンタルズが脆弱なことが挙げられる。なお、一昨年来のコロナ禍による景気減速が輸入を下押しする一方、その後の商品市況の底入れは輸出を押し上げるなど貿易収支は黒字幅が拡大する動きがみられたが、足下では景気回復による需要底入れに伴い国内で石炭やパーム油などの需給がひっ迫したほか、商品市況の上振れも重なり経常収支は黒字幅を縮小させている。また、コロナ禍からの景気回復の遅れは物価の重石となる展開が続いたものの、その後は景気回復が進むとともに、商品高の上振れを受けて食料品やエネルギーなど生活必需品を中心にインフレ圧力が強まっており、足下のインフレ率は中銀の定めるインフレ目標を上回るなどインフレも顕在化している。さらに、コロナ禍からの景気回復を目的に政府、中銀は財政及び金融政策の総動員を図るとともに、中銀は財政ファイナンスを実施するなど平時であれば『禁じ手』と見做される政策に動いた。こうしたこともあり、上述のように国際金融市場を取り巻く環境変化を受けて同国も資金流出に直面しており、通貨ルピア相場は調整の動きを強めるなど輸入物価の押し上げを通じてインフレが一段と昂進する懸念が高まっている。

図 1 インフレ率の推移
図 1 インフレ率の推移

図 2 ルピア相場(対ドル)の推移
図 2 ルピア相場(対ドル)の推移

このように外部環境が変化していることを受けて、年明け以降の中銀は、1月に将来的な預金準備率の段階的な引き上げ(3.50%→6.00%)を示唆する動きをみせたほか(注1)、5月には預金準備率の引き上げペースを加速させるなど(3.50%→9.00%)徐々にタカ派姿勢を強めてきた。また、中銀は先月の定例会合で政策金利を据え置くとともに、同行のペリー総裁は今月初めの段階でも利上げ実施を急がない考えを示した。しかし、インフレ昂進やルピア安が進んでいることを受けて、ペリー総裁は早ければ7-9月に利上げ実施に動くも積極的な利上げは行わないとする考えを示したものの、中銀は今月18日に流動性の吸収を目的に保有する国債の一部を流通市場で売却するなど、金融引き締めに向けた動きを前進させてきた。こうした状況ながら、中銀は21日に開催した定例会合において政策金利(7日物リバースレポ金利)を17会合連続で過去最低の3.50%に据え置く決定を行った。会合後に公表された声明文では、海外経済について「これまでの想定に比べて回復が弱まる」との見通しを示すとともに、「米国を含む多くの国がインフレ対応に動いてスタグフレーションに陥るリスクが高まっている」との認識を示した。一方、同国経済については「4-6月は景気回復が見込まれる」としつつ、「世界経済の減速は外需に悪影響を与える」とした上で「今年通年の経済成長率は+4.5~5.3%の下限方向に傾きつつある」との見通しを示した。また、経常収支については「通年でGDP比▲0.5~+0.3%になる」との見通しを示しつつ、足下のルピア安について「国際金融市場の混乱に伴うものだが、周辺国に比べて調整幅は小幅に留まっている」として「物価安定の実現に向けて為替安定策を継続する」との考えをみせた。その上で、足下の物価高については「供給要因に基づくもの」との認識を示した上で「今年のインフレ率は目標を上振れするが、来年には目標域に回帰する」との見通しを示した。他方、3月からの預金準備率の段階的引き上げについて「金融市場から219兆ルピアの資金を吸収した」ものの、「銀行貸出などに影響は出ていない」との認識を示した。今回の決定については「コアインフレの見通しや世界経済の減速による国内景気への影響を考慮したもの」とした上で、先行きは「市場金利の調整や流通市場での国債売却、為替介入などを含め市場調節機能の強化を図る」として、引き続き景気回復の支援を重視する考えを示した。

会合後に記者会見に臨んだ同行のペリー総裁は、足下の物価動向について「コアインフレ率は管理可能だが、インフレ率は食品物価の上昇に左右される」との認識を示した上で、「年末時点のインフレ率は+4.5~4.6%程度になる」一方で「コアインフレ率は+2~4%の範囲内に収まる」との見方を示した。ただし、「インフレ率の上昇は家計消費の回復ペースに悪影響を与える」との見解を示した上で、「最新の景気見通しが今回の決定を左右している」として、景気に下押し圧力が掛かっていることが政策金利据え置きの一因になっているとの考えを示した。その上で、今回の政策金利据え置きにも拘わらず「金融政策の正常化を加速させている」との考えを示すとともに、「国債売却は利回りに影響を与えることは避けられない」との見通しを示した。ただし、足下において中銀はルピア相場の安定に向けて積極的な為替介入を実施する背後で外貨準備高は減少し、IMF(国際通貨基金)が示す国際金融市場の動揺に対する耐性を示す適正水準評価(ARA)は下限近傍に低下しており、今後は為替介入の余力が低下することが懸念される。よって、同行はあくまで低金利の維持による景気下支えに注力する考えを改めて強調したものの、早晩利上げ実施に追い込まれることは避けられないと予想される。

図 3 外貨準備高と適正水準評価(ARA)の推移
図 3 外貨準備高と適正水準評価(ARA)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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