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2022.06.17
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台湾、感染拡大真っ只中もインフレ対応を迫られる厳しい状況
~「新台湾モデル」でコロナ禍対応の一方、物価高と台湾ドル安にも対応せざるを得ない展開が続く~
西濵 徹
- 要旨
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- 台湾は、コロナ禍対応を巡って当初は優等生と称されたが、昨年以降は度々変異株の流入による感染拡大に直面した。日本や米国などの支援によりワクチン接種は進む一方、足下では感染が再拡大するなど感染動向は悪化が続く。政府はワクチン接種を前提に経済活動の正常化を目指す「ウィズ・コロナ」戦略(新台湾モデル)を維持するも、人の移動は下振れしており、足下の台湾は感染拡大の真っ只中にあると捉えられる。
- 感染再拡大を受けて内需を取り巻く状況は厳しさを増す一方、主力の輸出財である半導体などを中心に輸出は堅調な推移が続き、設備投資需要も旺盛に推移するなど景気の底入れが続く。他方、ウクライナ情勢の悪化に伴う幅広い商品高によりインフレは加速しており、米FRBなど主要国中銀のタカ派傾斜を受けて通貨台湾ドル安も進んでおり、内需を巡る状況が厳しさを増すなかで物価対応は喫緊の課題となっている。
- 台湾では3月に中銀が市場予想に反して利上げを実施したが、その後も台湾ドル安圧力が強まるなか、中銀は16日の定例会合で2会合連続の利上げに加え、預金準備率の引き上げを決定した。中銀は成長率見通しを引き下げる一方で物価見通しを引き上げており、景気下振れが懸念されるなかで難しい対応を迫られている。他方、先行きについては緊急利上げに含みを持たせるなど物価対応は難しさが増す展開が続こう。
台湾は、一昨年来のコロナ禍対応を巡って当初は感染封じ込めに成功するなど『優等生』と称されたものの、昨年以降は感染力の強い変異株の流入やワクチン接種の遅れも重なり、感染動向が悪化する事態に発展した。その後はわが国や米国などのワクチン供給支援を受けて、足下では国民の8割以上がワクチン接種を終えるとともに、7割弱が追加接種(ブースター接種)を受けるなど世界的にみてもワクチン接種は進んでいる。ただし、年明け以降はオミクロン株の流入により感染が再拡大しており、新規陽性者数は先月末を境に頭打ちに転じているものの、感染動向の悪化を受けて死亡者数は拡大傾向を強めるなど感染収束にはほど遠い状況にある。他方、上述のようにワクチン接種が進んでいることを受けて、政府は経済活動の正常化を図る『ウィズ・コロナ』戦略(新台湾モデル)を推進しているが、こうした対応は反って足下における感染動向の悪化を招いている可能性がある。さらに、政府は都市封鎖(ロックダウン)など強力な感染対策を回避するなど経済活動の維持を重視しているものの、感染動向の悪化を受けて人々の間には感染対策を目的に外出を抑制する動きが広がり、人の移動に下押し圧力が掛かるなど景気の足かせとなる動きもみられる。世界的には欧米など主要国を中心にコロナ禍からの景気回復が進んでいる一方、中国では当局の『ゼロ・コロナ』戦略が経済活動の足を引っ張るなど対照的な動きがみられるものの、台湾においては欧米流のコロナ禍対応が採られているにも拘らず、依然としてコロナ禍の真っ只中の状況にあるなど厳しい対応を迫られている。


このように台湾経済を取り巻く状況を巡っては、内需を中心に厳しい環境に直面している一方、台湾はここ数年に亘って世界的に供給不足が続く半導体の受託製造分野で世界シェアの6割強を握るなどその『核』となっており、欧米など主要国を中心に世界経済は回復が続くなかで半導体をはじめとする電子部品関連を中心に輸出は堅調な動きが続いている。結果、足下の雇用環境は輸出関連産業を中心に改善が続いており、上述のように感染動向の急激な悪化により人の移動に下押し圧力が掛かる動きがみられるものの、外需が景気を下支えする展開がうかがえる。他方、足下においてはウクライナ情勢の悪化も追い風に幅広く国際商品市況が上振れして全世界的にインフレ圧力が強まるなか、国際金融市場においては米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀がタカ派傾斜を強めるなど、コロナ禍を経た全世界的な金融緩和を追い風とする『カネ余り』は手仕舞いが進んでいる。こうした状況はマネーフローを通じて新興国を取り巻く環境に影響を与えており、米ドル高が進む背後で新興国通貨に調整圧力が掛かる動きがみられる。さらに、足下における国際商品市況の上振れは原油をはじめとするエネルギー資源のほか、穀物など食料品、肥料など幅広い分野に及んでおり、これらの消費量が相対的に大きい新興国にとってはインフレ圧力が掛かりやすいなか、通貨安による輸入物価の押し上げはインフレ圧力を一段と増幅させることが懸念される。島国である台湾はエネルギー資源のみならず、食料品など幅広い消費財を海外からの輸入に依存せざるを得ないなか、足下のインフレ率は約10年ぶりの水準に昂進しているほか、上述のように外需を中心とする景気回復が続いていることを反映してコアインフレ率も加速するなどインフレ対応は喫緊の課題となっている。


台湾では3月、中銀が金融市場の事前予想に反する形で約10年半ぶりとなる利上げ実施を決定したが、その背景にはウクライナ情勢の悪化を受けた幅広い国際商品市況の上振れに伴うインフレ懸念に加え、ウクライナ情勢の悪化を理由に台湾海峡問題がクローズアップされる動きが広がるなかで地政学リスクを警戒して通貨台湾ドル安が進行したことも影響したと考えられる(注1)。ただし、その後もウクライナ情勢は長期化している上、足下のインフレ率は一段と上振れするなか、台湾ドル相場は調整の動きを強めるなどさらなるインフレ昂進を招くリスクが高まるなか、中銀は16日に開催した定例会合において政策金利を2会合連続で12.5bp引き上げて1.500%とするとともに、預金準備率を25bp引き上げる決定を行った。会合後に公表された声明文では、今回の決定は「全会一致であった」ほか、世界経済について「全世界的なインフレや中国の景気減速懸念、金融引き締めなど複数の下振れリスクに直面している」との見方を示す一方、同国経済について「輸出と民間投資が下支えしてきたが、足下では感染再拡大を受けて家計消費は低迷している」とした上で、先行きも「輸出と民間投資が下支えする展開が続き、今年通年の経済成長率は+3.75%になる」と3月時点(+4.05%)から見通しを下方修正した。一方、物価動向については「輸入コストの上昇や天候不順も重なり幅広く押し上げられており、今年のインフレ率は+2.83%、コアインフレ率も+2.42%になる」として3月時点(それぞれ+2.37%、+1.93%)から上方修正している。なお、会合後に記者会見に臨んだ同行の楊金龍総裁は、今回の利上げ幅を12.5bpに留めた理由に「家計消費の低迷」を挙げるとともに、「物価の問題があるなかで複雑かつ難しい決定であった」と述べるなど景気に配慮した様子がうかがえる。一方、先行きについては「必要であれば臨時会合を開催して課題に取り組む」と述べるなど、緊急利上げの可能性に含みを持たせた格好である。なお、当研究所は先月に定例の経済成長率の見通しを公表して台湾の2022年の経済成長率を+3.7%としており(注2)、中銀と同様に輸出と民間投資が景気を下支えするとみているため、現時点においてはこれを据え置く。

注1 3月18日付レポート「台湾中銀がサプライズ利上げを決定」
注2 5月20日付レポート「グローバル(日米欧亜)経済見通し(2022年5月)」
西濵 徹


- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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