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マクロン陣営辛勝も過半数割れの恐れ

~コアビタシオンよりもハングパーラメントが怖い~

田中 理

要旨
  • 12日に行われたフランス国民議会選挙の初回投票は、マクロン大統領を支持する中道会派のアンサンブルが25.8%、極左や伝統左派が結成した左派の統一会派(NUPES)が25.7%、ルペン氏が率いる極右の国民連合が18.7%の支持を獲得した。各選挙区で初回投票の上位2名と、登録有権者の12.5%以上の票を獲得した候補が19日の決選投票に進出する。決選投票ではNUPESと国民連合の支持者の間で票が割れ、アンサンブルに有利に働くとの見方が一般的。だが、初回投票が歴史的な低投票率にとどまり、決選投票に進出する候補が絞り込まれることは、アンサンブルにやや不利に働く。今回の選挙では、大統領の所属政党と議会の多数派が食い違う「コアビタシオン」が発生するのではなく、何れの会派も議会の過半数を確保できない「ハングパーラメント」が発生する恐れがある。政権運営は行き詰まり、マクロン改革の推進力が削がれかねない。

4月のフランス大統領選挙で再選を決めたマクロン大統領にとって、二期目の政権運営を占う試金石となるのが国民議会(下院)選挙で議会の過半数を確保できるかだ。12日に行われた初回投票では、マクロン大統領の「ルネサンス(共和国前進から5月に党名を変更)」やフィリップ元首相が旗揚げした新党「ホリゾン」など、大統領を支持する中道政党が結成した統一会派「アンサンブル」と、大統領選挙の初回投票で22.0%の支持を獲得したメランション氏が率いる極左政党「不服従のフランス」、伝統的な左派政党の「社会党」や「共産党」、環境政党「欧州エコロジー=緑の党」など左派勢力が結成した統一会派「新人民環境社会連合(NUPES)」が接戦を繰り広げた。NUPESはアンサンブルの過半数獲得阻止とメランション氏の首相就任を掲げ、年金支給開始年齢の引き下げや生活必需品の値上げ凍結などを訴えた。初回投票ではアンサンブルが25.8%の支持を獲得して辛くも逃げ切ったが、25.7%のNUPESとの差はごく僅かで、大統領選挙の決選投票で敗北したルペン氏が率いる極右政党「国民連合」が18.7%、伝統的な右派政党の共和党が10.4%、大統領選挙に出馬したゼムール氏が率いる新たな極右政党「再征服」が4.2%でこれを追っている(表)。

(表)フランス国民議会選挙・初回投票の得票率(%)
(表)フランス国民議会選挙・初回投票の得票率(%)

小選挙区制で行われる国民議会選挙は、大統領選挙と同様に、初回投票で50%以上の支持を得る候補がいない場合、19日行われる決選投票で勝者を決める。大統領選では初回投票の上位2名が決選投票に進出するのに対し、国民議会選挙では、初回投票の上位2名の他に、登録有権者(※投票者ではない)の12.5%以上の支持を獲得した候補の全てが決選投票に進出する。アンサンブル、NUPES、国民連合の候補者が揃って決選投票に進出する選挙区では、NUPESと国民連合の支持者の間で票が割れ、アンサンブルに有利に働くとみられる。初回投票直前の各種の世論調査では、初回投票では、アンサンブルとNUPESが揃って20%台半ばから後半の支持を獲得するものの、決選投票ではアンサンブルが260~330程度の議席を獲得し、NUPESの140~230程度、国民連合の15~60程度を上回るとの見方が多かった。

今回の国民議会選挙の初回投票では投票率が歴史的な低水準(47.5%)にとどまった。70~80%台の大統領選挙に比べると低いが、国民議会選挙の投票率もかつては60%前後と比較的高かったが、前回2017年の国民議会選挙の初回投票が48.7%、決選投票が42.6%にとどまり、今回はそれを更に下回った。伝統的な二大政党の集票能力低下とマクロン大統領が必ずしも国民の幅広い支持を得られていないこと、大統領選挙と国民議会選挙の間が通常に比べて長く、有権者の関心が高まらなかったこと、郵送投票や期日前投票の制度がなく、投票当日はフランス全土が好天で有権者の一部が投票よりもレジャーを優先したとみられることが影響した。初回投票での低投票率は、決選投票に進出できる候補を少なくし(登録有権者の12.5%以上の支持達成を困難にするため)、過半数確保を目指すアンサンブルにとってやや不利に働く。定数577の国民議会で過半数を確保するには289議席以上が必要となる。前回2017年の国民議会選挙で350議席を獲得した大統領支持会派は、今回の改選前に350議席近くを確保していたが、場合によっては議会の過半数を失う恐れがある。

第五共和制下のフランスでは、大統領の所属政党と議会の多数派政党が食い違う「コアビタシオン」が過去に何度か発生しているが、大統領選挙の直後に国民議会選挙を行うようになってからは、こうした“ねじれ”は起きていない。選挙後は、反マクロン勢力が団結して議会の多数派を構成することが難しいのと同時に、大統領を支持する勢力が議会の過半数を確保できない恐れがある。その場合、何れの会派も議会の多数派を構成できない「ハングパーラメント」が発生することになる。コアビタシオンの場合、大統領の所属政党と異なる議会の多数派が首相を輩出するのが一般的だが、前例のないハングパーラメントとなれば、そもそも議会の過半数の支持を得られる首相を選出できない恐れがある。政権運営は行き詰まり、マクロン改革の推進力が削がれかねない。19日の決選投票は向こう5年間のフランスの針路を決める重要な選挙となろう。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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