インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

「首の皮一枚」の状態が続くパキスタンを取り巻く状況はどうなる

~政局混乱の懸念に加え、IMF支援の受け入れ条件がインフレ昂進を招く新たなリスクとなる可能性も~

西濵 徹

要旨
  • パキスタンでは4月、生活必需品を中心とするインフレがカーン前政権の政策運営への不満を招き、内閣不信任案の可決を受けて政権が崩壊した。その後誕生したシャリフ政権は燃料補助金廃止と引き換えにIMFからの支援受け入れに動くほか、外貨準備を埋め合わせるべく中国の銀行の預け入れの借り換え延長で合意するなど「首の皮一枚」の状態ながら、経済・財政の立て直しに奔走している。ただし、カーン氏は早期の議会解散・総選挙実施を求めてデモを扇動するなど政治混乱に繋がる動きも続く。燃料補助金廃止に加え、金融市場でのルピー安はインフレ昂進を招く懸念もあり、パキスタン経済は立ち直りにはほど遠い状況にある。

パキスタンでは4月、議会下院(国民議会)においてカーン前首相に対する内閣不信任案の審議が行われ、当時の与党連立の一部で造反の動きが広がったことで可決されるとともにカーン氏は失職を余儀なくされた。2018年の総選挙では、同国政界に絶大な影響力を有する国軍の支援も追い風にカーン氏率いるパキスタン正義運動(PTI)が第1党になるとともに、カーン氏が首相に選出されて政権交代が実現した。政権交代後は、長期に亘る景気低迷から経済及び財政の立て直しを図るべく、IMF(国際通貨基金)などの支援を受け入れるなどの取り組みを進めたものの、一昨年来のコロナ禍に際して深刻な景気減速に見舞われる一方、IMFからの支援受け入れに伴う財政健全化路線の堅持は景気回復の足かせとなる状況が続いた。さらに、昨年以降は原油をはじめとするエネルギー資源価格の底入れにより生活必需品を中心とするインフレ昂進に加え、年明け以降もウクライナ問題の激化を受けた幅広い国際商品市況の上振れも重なりインフレは加速感を強めるなど、国民の間で政策運営に対する不満が高まった。さらに、国際金融市場では米FRBなど主要国中銀がタカ派傾斜を強めており、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱な新興国を取り巻く環境は悪化するなか、パキスタンは経常赤字と財政赤字の『双子の赤字』に加え、外貨準備高も過小状態である上、インフレも昂進するなどファンダメンタルズの脆弱さを理由に資金流出の動きが強まった。結果、資金流出に伴う通貨ルピー相場の調整は輸入物価を通じてインフレのさらなる昂進に繋がる悪循環を招いており、政権発足当初は良好な関係にあった国軍との間に『すきま風』が吹いたとされる。そうした政権を取り巻く環境変化を受けて、野党は政権批判を展開するとともに、議会に内閣不信任案を提出するなど圧力を強めたため、カーン氏は議会解散を要請するなど『悪あがき』に動くも(注1)、最高裁判所が解散を無効とする判断を下したことで事実上引導を渡す格好となった(注2)。カーン氏の失職を受けて議会下院で行われた首班選出選挙では、カーン氏に近い議員がボイコットしたこともあり、PML(N)(パキスタン・イスラム教徒連盟シャリフ派)など8政党の連立によりPML(N)のシャハズ・シャリフ氏が選出されて首相に就任するとともに新政権が発足した(注3)。ただし、この結果を受けてカーン氏に近い議員が一斉に辞職したことで4割もの議席が空白となる異常状態となっているほか、カーン氏自身も支持者を集めて早期の議会解散による総選挙実施を求めてデモを扇動するなど、政局の混乱に繋がる動きは続いている。他方、上昇の動きを強めてきた物価は足下で頭打ちの兆候がうかがえるものの、インフレ率及びコアインフレ率ともに中銀の定めるインフレ目標を上回る推移が続くなど、国民生活を取り巻く状況は厳しい展開が続いている。なお、2019年にカーン前政権の下で受け入れが決まったIMFによる総額60億ドルの財政支援を巡っては、改革プログラムの進捗遅延を理由に半分近くが未執行の状態となっているが、先月末にシャリフ政権とIMFの間で燃料補助金の廃止を前提に9億ドル相当の受け入れで合意するなど、経済及び財政の立て直しに向けた動きは着実な前進がうかがえる(これとは別に支援額の80億ドルへの増額を要請)。さらに、4月末時点における外貨準備高(流動部分)は79億ドルと月平均輸入額の1.2ヶ月分しかないなど過小状態となるなか、今月初めにはこれを補うことを目的とする中国の銀行による預け入れ(150億元)の借り換え延長で合意するなど、『綱渡り状態』ではあるものの対外的な支払能力は維持されている。他方、IMFからの支援受け入れと引き換えに実施する燃料補助金の廃止は燃料価格の上昇に繋がるとともに、足下で頭打ちの兆候がみられる物価が再び昂進の度合いを強める可能性がある。また、シャリフ政権の発足を受けて通貨ルピー相場の調整の動きは一服する兆しがみられたものの、その後は政治及び経済を取り巻く不透明感に加え、国際商品市況の上振れによる対外収支などの悪化懸念、国際金融市場での米ドル高も重なりルピー相場は最安値を更新するなど、輸入物価を通じたインフレ昂進リスクもくすぶる。カーン前政権が崩壊に至った背景には、インフレにより国民の間で政権運営に対する不満が高まったことが影響したことを勘案すれば、シャリフ政権も安泰にはほど遠い状況にあると判断出来る。さらに、度重なる政治の混乱は経済を一段と厳しい状態に追い込むことも懸念され、『首の皮一枚』の状況にある同国経済は改善の見通しが立ちにくい展開が予想される。

図 1 インフレ率の推移
図 1 インフレ率の推移

図 2 外貨準備高の推移
図 2 外貨準備高の推移

図 3 ルピー相場(対ドル)の推移
図 3 ルピー相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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