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解除条件、安定的に2%の行方

~予想される3つのシナリオ~

熊野 英生

要旨

日銀が基準にする物価指標が前年比2.1%となった。これで、オーバーシュート・コミットメントに沿って、「安定的に2%を上回る」かどうかが焦点になる。今後予想される3つの物価の経路を検討しながら、緩和解除の可能性を考えてみた。メイン・シナリオは、2%を安定的に上回ることはできず、しばらくは現状維持という見方である。

目次

裁量主義のインフレ目標

2022年4月の消費者物価がコア指数で前年比2.1%になった。これでインフレ目標2%に到達したことになるが、緩和解除に向けては安定的に2%を上回ることが条件になる。この「安定的」という言葉はくせ者である。金融政策の論争の中には、ルールか、裁量か、という有名な議論がある。日本は永く裁量主義で運営してきたが、インフレ目標が導入されて、ルール主義に変更された。ルール主義は、透明性が高く、予見可能性が高いので、中央銀行は説明責任を果たすことに苦労しなくなった。わかりにくさがなく、クリアに政策の根拠を示せるのが、ルール主義の利点だ。ところが、今はルール主義ではなくなっている。インフレ率が2%を越えたのに、まだ安定的に2%ではないという日銀の説明は、まさしく裁量主義である。日銀が何をもって、2%を安定的に上回ったと判断するのかがブラックボックスであり、いつまで現状維持が続くのかが見通せない。日銀の判断の仕方で、緩和解除のタイミングが早まったり、後ずれしたりするという不安定さが生じる。今後、日銀は「安定的に2%を上回る」とは、具体的にどんな条件なのかをクリアにする必要があるだろう。

3つのシナリオ

消費者物価のコア指数が2%を越えたのは、2021年4月の通信料の大幅な引き下げが1年経って一巡したからだと説明される。これとは別に、指数の水準について、2%を越えた理由を述べると、2022年に入って2月、3月と前月比で+0.4%も伸びたことが挙げられる。エネルギーと食料品の価格が、国際商品市況や円安によって大幅に押し上げられたのである。4月の前月比は+0.2%だったが、2~4月で累計すると+1.0%も上がっている(図表1)。

消費者物価(除く生鮮食品)の前月比率の伸び率
消費者物価(除く生鮮食品)の前月比率の伸び率

今後、もしも、前月比が+0.3%で伸びることが3か月間続けば、夏の7月にはさらに前年比が3%台に高まっていくことになる。

今後のシナリオとしては、3つの経路が予想される。
(1)インフレコース
(2)安定コース
(3)反落コース

である(図表2)。(1)のインフレコースは、消費者物価が2022年末にかけて前年比3~4%へと高まることになる可能性である。その場合、円安と原油高がさらに進むだろう。仮にこのコースを辿ると、2%を大きく上回ることが国民の不満になって、日銀は緩和解除に動くことになる。欧米と同じ動きを辿るシナリオだ。

今後の消費者物価の上昇率の経路
今後の消費者物価の上昇率の経路

ただ、筆者はこの生起確率は高くないとみる。米株価は急激な金融引き締めで反落して、米長期金利は上がりにくくなっている。日米金利は拡大せず、円安もこのところは足踏みしている。

目先、6月3・4日、7月14・15日には米国でFOMCが開催される。この2回でともに+0.50%ずつの政策金利の引き上げが行われれば、FRBの量的引き締めと併せて、株価は上がりにくくなるだろう。円安もこれまでのようには進まないのではないか。この経路の生起確率を仮置きすると、10%くらいだとみる。

(2)の安定コースは、伸び率が一旦2%をいくらか越えて、その後は2%を若干上回るペースに落ち着く場合である。日銀が理想としているのは、この場合である。円安や資源高が呼び水になって、賃金上昇が物価押し上げの機軸に変わっていく。この場合も、日銀は緩和解除するが、(1)の高インフレで緩和解除する場合よりも、2%の伸び率が継続するかどうかを見極める時間がかかる。2023~24年に解除というタイミングになるだろう。

なお、日銀はこの状況を「2%でアンカーされる」と説明するが、筆者には何を根拠にして、物価上昇率が2%に収斂していくのかが意味不明である。むしろ、物価上昇率の趨勢には、定常状態があると考えて、それがプラスの伸びになると言いたいのだろう。そうは言っても、定常状態が2%というのはかなり高めである。それが0~1%の小幅プラスというのならば、わからなくもない。こちらの生起確率を考えると、20%くらいになるだろう。

現状維持シナリオ

最もありそうなのは、(3)反落コースである。この場合、(1)や(2)とは違って、緩和解除が行われない。これまで消費者物価は、円安・原油高の急伸で前年比2%に上昇したが、その勢いは一服して、伸び率が徐々に鈍化していく。海外でも、金融引き締めが進んで、ドル安・株安になって、実体経済も減速していく。日本の物価上昇率は、2%を基準に考えるのは過大評価だったということになる。日本の成長ポテンシャルは、人口減少の下で低く、長期金利もそれほど高まらない。日銀は、イールドカーブ・コントロールを続けて、10年金利はゼロ%を基準にして変動幅を上下0.25%にする運用を継続する。こちらの生起確率は、7割と高く、いわばメインシナリオというところだろう。

物価が安定する居所

物価情勢を中長期で考えると、短期の振れよりも趨勢的な流れがどうなっているかが重要だ。景気循環に注目することは、その趨勢を考える材料になる。

世界経済は、コロナ禍で製造業を中心に拡大してきたが、ここにきて成長が鈍化している。米国のISM製造業景気指数は、少し前まで極めて高水準だったが、最近は55をいくらか越えるところまで低下している(図表3)。ISM指数は、製造業の状況を先行的に捉えられる指標だ。この鈍化傾向は、ウクライナ侵攻や原油高、金融引き締めという悪材料が加わって、なかなか上向きに変化しにくいと考えられる。ならば、物価の背後にある需給逼迫も徐々に減圧されて、上昇ペースを落としていくはずだ。

ISM製造業景気指数の推移
ISM製造業景気指数の推移

筆者が注目するのは、景気の勢いが鈍化したときの消費者物価の上昇ペースがどこに落ち着くかという点である。これは、前述した定常状態と同じものだと言ってよい。2022年の春闘は、定期昇給を含む賃上げ率が前年比2.1%、定期昇給を除くとベースアップが前年比0.63%という見方である(連合5月6日集計)。この上昇ペースは、物価のボトムラインが0~1%の伸び率になりそうだという根拠になる。

また、企業は、既往のコスト高によって利鞘を圧縮されているため、景気が鈍化してもさらに値下げに動きにくいだろう。むしろ、利鞘を復元するための値上げを進めるとみる。筆者の予想では、消費者物価は前年比0~1%で安定して、次の景気拡大のタイミングでプラス幅を拡大していくと考える。

日銀の緩和解除は、黒田総裁が2023年4月に退任して、次の総裁の手に委ねられるだろう。2022年に安定的に2%を上回らなかった経験は、インフレ目標が高すぎるという議論を巻き起こし、次の日銀総裁によってその点は見直される可能性があると、筆者はみている。

熊野 英生


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熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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