中国景気の行方もゼロ・コロナ戦略とウクライナ情勢に揺さぶられる

~物価を巡る「ワニの口」など内需の不透明感はくすぶるなか、金融市場の動向にも注意が必要に~

西濵 徹

要旨
  • 昨年来の中国経済では、企業部門を中心にインフレ圧力が強まる一方、当局の価格転嫁の禁止を受けて家計部門はディスインフレ基調となる対照的な動きが続いてきた。足下では最大都市の上海市などでコロナ禍が再燃してロックダウンが実施されるなど、当局のゼロ・コロナ戦略が景気の足かせとなっている。政治的に重要な時期を控えるなかで当局はゼロ・コロナの旗を降ろせず、景気を取り巻く状況は急激に悪化している。
  • 昨年来の国際商品市況の底入れに加え、足下ではウクライナ情勢の悪化による上振れも重なり、生産者物価は高止まりしている。他方、国際商品市況の上振れに伴いエネルギーは上昇するも、当局による価格転嫁の禁止も影響してコアインフレ率は低調な推移が続くなど、物価は対照的な動きが続いている。雇用回復の遅れはサービス物価の重石となる動きも確認されるなど、物価を巡る「ワニの口」は一段と広がっている。
  • ここ数年の世界経済は中国経済に大きく依存するなか、中国景気の減速懸念は世界経済の足かせとなる。さらに、金融市場ではウクライナ問題を巡る中ロの接近を理由に資金流出の動きが強まり、景気回復の足かせとなることが懸念される。全世界的なインフレを理由に主要国中銀がタカ派への傾斜を強める動きをみせるなか、今後は中国経済を巡る状況をこれまで以上に注視する必要性が高まっていると判断出来る。

昨年来の中国経済を巡っては、コロナ禍からの世界経済の回復を追い風とする国際商品市況の上昇が企業部門を中心にインフレ圧力を招いてきた上、ウクライナ情勢の悪化を受けてエネルギー資源や穀物など幅広く国際商品市況は上振れしており、一段のインフレが警戒される状況にある。他方、コロナ禍からの中国の景気回復の動きについては、強力な感染対策による封じ込めを受けてマクロ面では回復が進む一方、強力な感染対策は雇用の足かせとなるなど家計部門は厳しい状況が続いており、ミクロ面では回復感に乏しい対照的な展開をみせている。こうしたことから、中国当局は家計部門を支える観点から、企業部門に対して製品価格への転嫁を事実上禁止したため、物価の動きは川上段階の企業部門で上振れする一方、川下段階の家計部門は下振れするなど『ワニの口』の様相を強めてきた。さらに、今年は秋に共産党大会(中国共産党第20回全国代表大会)の開催が予定され、習近平指導部が3期目入りを目指すなど政治的に重要な時期を迎えており、当局も政策の総動員による景気下支えを目指すなど経済の安定を重視する動きがみられる。しかし、上述のように政治的に重要な時期を控えるなかで中国当局はコロナ禍の『制圧』を目指しているとみられ、結果的に徹底した検査及び隔離の実施に加えて、感染拡大に対してロックダウン(都市封鎖)の実施を図る『ゼロ・コロナ』戦略の旗を降ろすことが出来ない状況が続いている。結果、世界的にはワクチン接種の進展を前提に経済活動の正常化を図る『ウィズ・コロナ』戦略が広がるなど、『ポスト・コロナ』を見据えた動きが着実に前進しており、ウクライナ問題の激化を受けた国際商品市況の上振れによる全世界的なインフレ懸念にも拘らず足下の世界経済は欧米など先進国を中心に拡大の動きが続いている。他方、足下の中国においては最大都市である上海市で感染拡大の動きが広がり、当局は同市を対象とするロックダウンを余儀なくされているほか、同市以外でも中国国内では20を上回る都市で部分的ないし全面的なロックダウンが実施される事態となっている。これらの都市の住民は2億人弱に及んでいる上、域内総生産は国内総生産(GDP)の2割強に達すると試算されるなか、企業マインドは幅広い分野で大きく下振れする動きが確認されている。足下の感染動向は一段と悪化する動きが確認されるなか、当局は事実上の言論統制とプロパガンダを通じて表面的にはゼロ・コロナ戦略に有無を言わせない雰囲気を醸成しており、幅広い経済活動に一段と悪影響が出る可能性も高まっている(注1)。

図 1 中国国内における感染動向の推移
図 1 中国国内における感染動向の推移

こうした状況を反映して、川上段階の物価に当たる3月の生産者物価(調達価格)は前年同月比+10.7%と前月(同+11.2%)から伸びが鈍化するも、11ヶ月連続の二けたで推移しているほか、前月比も+1.3%と前月(同+0.4%)から上昇ペースが加速する動きがみられる。なお、上述のように当局が原材料価格の上昇にも拘らず製品価格への転嫁を事実上禁止していることを反映して、生産者物価(出荷価格)は前年同月比+8.3%と前月(同+8.8%)から鈍化しており、調達価格を下回る伸びとなっているものの、前月比は+1.1%と前月(同+0.5%)から上昇ペースが加速しており、企業間取引ベースで価格転嫁の動きが広がっていることが影響しているとみられる。世界経済の回復の動きに加え、ウクライナ情勢の悪化による国際商品市況の上振れも重なり、調達ベースでは燃料関連(前月比+3.9%)や非鉄金属関連(同+2.1%)、原材料関連(同+1.6%)など幅広い分野で物価上昇圧力が強まっている様子がうかがえる。さらに、出荷価格についても資本財や中間財など生産手段(前月比+1.4%)を中心に物価の上振れが確認されているほか、消費財(同+0.2%)についても食品(同+0.5%)を中心に物価が押し上げられている一方、耐久消費財(同+0.0%)は横這いで推移するなど価格転嫁が難しい様子もうかがえる。川下段階に当たる消費者物価は前年同月比+1.5%と前月(同+0.9%)から伸びが加速しているものの、前月比は+0.0%と前月(同+0.6%)から上昇ペースが鈍化するなど物価上昇圧力は後退している。春節(旧正月)明けのタイミングゆえに生鮮品を中心とする食料品価格は上昇の動きが一服している一方、国際商品市況の上昇の動きを反映してガソリン(前月比+7.1%)をはじめとするエネルギー価格は上昇の動きを強めるなど、生活必需品を巡る物価の動きはまちまちの状況にある。他方、食料品とエネルギーを除いたコアインフレ率は前年同月比+1.1%と前月(同+1.1%)から横這いで推移しており、前月比も▲0.1%と前月(同+0.2%)から4ヶ月ぶりの下落に転じるなど、インフレ圧力は後退している。国際商品市況の上昇の動きは消費財を中心とする物価上昇圧力に繋がっている一方、サービス物価は下振れしており、雇用回復の遅れが物価の足かせになっている様子がうかがえる。上述のように、足下の中国経済は当局のゼロ・コロナ戦略も理由に下振れ圧力が掛かる懸念が高まるなか、物価を巡る『ワニの口』の様相は一段と広がっていると捉えられる。

図 2 生産者物価(出荷価格)の推移
図 2 生産者物価(出荷価格)の推移

図 3 消費者物価の推移
図 3 消費者物価の推移

なお、ここ数年の世界経済は中国経済に文字通り『おんぶに抱っこ』の様相を強めており、世界経済の成長の3分の1程度が中国経済の成長によって説明可能な状況が続いてきた。こうしたなか、足下の中国経済が当局によるゼロ・コロナ戦略によって下押し圧力が掛かっていることを受けて、中国経済への依存度が高い新興国や資源国にとっては企業マインドの足かせとなるなど、先進国と新興国の間で対照的な動きをみせている。足下の感染動向は一段と悪化している上、当局が早々に戦略転換に動く可能性が低いことを勘案すれば、景気の下振れが続くとともに、世界経済全体にとってもコロナ禍からの回復の足かせとなることが懸念される。さらに、金融市場においてはウクライナ問題を巡って、中国がロシアを事実上支援するなど接近する動きがみられるなか(注2)、米国が中国への経済制裁の動きを強めることを警戒して資金が逃避する懸念が高まっている。仮にそうした動きが顕在化すれば、上述のように政治的に重要な時期を向けるなかで中国当局は政策の総動員による景気下支えに動く姿勢をみせているものの、その効果が減じられるとともに、昨年同様に金融市場の混乱が再燃して実体経済に悪影響を与える可能性も懸念される。国際商品市況の上振れに伴い全世界的なインフレが警戒されるとともに、米FRB(連邦準備制度理事会)をはじめとする主要国中銀がタカ派姿勢への傾斜を強めるなか、今後は世界経済を文字通り引っ張ってきた中国経済の行方にこれまで以上に注意する必要が高まっている。

図 4 総合 PMI の推移
図 4 総合 PMI の推移

図 5 主要株価指数(上海総合指数)の推移
図 5 主要株価指数(上海総合指数)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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