ロシア中銀、市場混乱の一巡を理由に一転して利下げと資本規制緩和を決定

~格付機関の格付撤回で国際金融市場のアクセスは困難に、外資企業の事業撤退リスクも高まろう~

西濵 徹

要旨
  • 国際金融市場では、ロシアのウクライナ侵攻を理由に欧米諸国などが経済制裁を強化して資金流出圧力が強まり、ルーブル相場は大きく調整した。政府及び中銀はルーブル相場の安定に向けて資本規制の導入や大幅利上げに動いた。さらに、その後はルーブルへの実需の誘発による相場下支えの動きを強めたこともあり、足下のルーブル相場は侵攻前の水準を回復するなど、表面的には影響を克服しつつあるようにみえる。
  • こうしたことから、ロシア中銀は19日の定例会合を前に8日に緊急利下げを実施し、ルーブル相場の安定を目的とする資本規制を段階的に緩和することを決定した。他方、ロシア政府が今月4日のドル建国債の元利払いをルーブルで余儀なくされたことを受けて、S&Pグローバルは格付を選択的債務不履行とした後、格付自体を撤回した。主要3社によるロシア関連の格付撤回で国際金融市場での資金調達は困難になる一方、金融機関や事業会社はロシア関連評価が困難になり、事業撤退を余儀なくされる可能性もある。ルーブル相場は当座の最悪期を過ぎたとみられるが、今後も再び不安定化する可能性に注意が必要と言えよう。

国際金融市場においては、ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに、欧米諸国などがロシアに対する経済制裁を強化して、一部の銀行を対象とするSWIFT(国際銀行間通信協会)からの排除のほか、制裁対象にロシア中銀を含むなど強力な対応を示したため、ロシアからの資金流出の動きが強まり、通貨ルーブル相場は一時最安値を更新する事態となった。こうした動きは、欧米諸国などによる経済制裁に加え、ウクライナ問題の激化を受けてロシア事業を展開してきた外資系企業がレピュテーションリスク(評判リスク)を警戒して同国での事業停止及び撤退に動く流れが相次いだことも影響したと考えられる。なお、ロシア政府は資金流出に伴うルーブル安に対抗すべく事実上の資本規制に動くとともに、ロシア中銀も2月28日に緊急会合を開催して政策金利を9.5%から20.0%に大幅に引き上げる金融引き締めを図る動きをみせた。他方、外貨の資金繰りを巡ってデフォルト(債務不履行)に陥ることが警戒されたことを受けて、ロシア政府はデフォルト回避を目的に、同国への経済制裁に動いた「非友好国」向けの債務支払いをルーブル建で行う方針を示すとともに、非友好国に対する天然ガスのみならず、すべての貿易決済をルーブル建で行うことを求めるなどの動きをみせた。こうした背景には、欧米諸国などの経済制裁を受けて、米ドルやユーロなどハードカレンシーへのアクセスは厳しくなる一方、EU(欧州連合)諸国は同国の主要な輸出財である原油及び天然ガスなど鉱物資源に対する依存度が高く、需要が見込まれるなかで『揺さ振り』を掛けるとともに、ルーブルに対する実需を誘発することで相場の下支えを図ることを狙ったと考えられる。事実、上述のようにロシアのウクライナ侵攻後の3月上旬にルーブル相場は過去最安値を更新したものの、その後は外国人投資家などの取引が縮小していることに加え、資本規制などルーブル相場の下支えに向けた取り組みも追い風に、足下では侵攻直前の水準に戻るなど表面的には欧米諸国などによる経済制裁の影響を克服しているようにみえる。

図 1 ルーブル相場(対ドル)の推移
図 1 ルーブル相場(対ドル)の推移

こうした事態を受けて、ロシア中銀は今月19日に定例会合を予定していたものの、8日に緊急会合を開催して政策金利を20.0%から17.0%に300bp引き下げる決定を行った。会合後に公表された声明文では、今回の決定について「インフレの昂進リスクと景気の下振れリスクのバランスが変化したことに加え、金融市場を巡るリスクを反映したもの」との認識を示すとともに、「依然として金融市場を巡るリスクはくすぶるが資本規制により抑え込んでおり、定期預金への資金流入の動きは安定的に推移している」との見方を示した。その上で、先行きについて「今後の追加利下げを実施する可能性もオープンである」とするなど、追加利下げに含みを持たせる考えを示した。なお、足下のインフレ率は欧米諸国などの制裁強化に伴う物流混乱のほか、ルーブル安の進展による輸入物価の押し上げも重なり加速の度合いを急速に強めているものの、先行きの物価動向については「当面はベース効果の影響で一段と加速が見込まれるが、週次ベースのデータは鈍化している」とするなど、当面の最悪期を過ぎたと判断している模様である。さらに、中銀はルーブル相場の下落阻止を目的とする資本規制を段階的に緩和する方針を示しており、具体的には個人による外貨購入が認められるほか、証券会社を通じた外貨購入に際しての手数料が撤廃されるなど、外貨へのアクセスが回復される模様である。他方、今月4日に期限を迎えたドル建国債の元利償還に関して、米財務省が同日付コルレス銀行(中継銀行)である米金融機関を通じた手続きを許可しないことを明らかにしたことを受け(注1)、米格付機関のスタンダード・アンド・プアーズ・グローバル・レーティングはドル建国債をルーブルで支払ったことを理由にロシアの外貨建長期信用格付を「選択的債務不履行(SD)」に引き下げたほか、その後はロシアに関連する格付をすべて撤回した。なお、格付の撤回はEUの要請に従ったものとなるが、すでに米格付機関のムーディーズ・インベスターズ・サービス、米英系格付機関のフィッチ・レーティングスも格付を取り下げており、主要3社がいずれもロシア関連の格付を撤回したことで、ロシアによる国際金融市場での資金調達は困難になることが必至である。ただし、この決定を受けて今後予想されるロシアのデフォルトが確定出来ない可能性が高まるほか、主要3社の格付をベースに金融機関や事業会社は自社の社内格付を作成する傾向があることを勘案すれば、ロシア関連事業に対する評価が困難になることも予想される。結果、これまではレピュテーションリスクを理由にロシア事業の停止及び撤退を迫られたとみられるものの、今後は事業リスクの判定が困難になることを理由に手仕舞いが進むと見込まれるなど、ルーブル相場の不安定化を招くことも考えられる。その意味では、ロシアを取り巻く状況は当座の最悪期を過ぎつつあるものの、今後は改善の見通しが立ちにくい状況が続くことを念頭に入れておく必要があろう。

図 2 インフレ率の推移
図 2 インフレ率の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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