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仏大統領選はマクロン大統領の圧勝に注意?

~投票率低下と家計負担増が決選投票の不安要素~

田中 理

要旨
  • 約10日後に迫るフランス大統領選挙の初回投票は、ウクライナ情勢を追い風にマクロン大統領がリードを保っているが、低所得者層への配慮を前面に打ち出す極右のルペン候補と極左のメランション候補が最終盤で追い上げている。ルペン候補が決選投票でマクロン大統領との差を縮めるためには、初回投票で共和党のペクレス候補を支持した有権者のより幅広い支持を獲得することと、メランション候補を支持した有権者の投票棄権が増える必要がある。今回の大統領選では有権者の投票意欲がそれほど高くない。決選投票当日は学校の祝日と重なるうえ、マクロン大統領の再選濃厚との安心ムードが広がれば、世論調査が示唆する以上にルペン候補が善戦する可能性がある。初回投票でのマクロン大統領の圧勝にこそ注意が必要となりそうだ。

4月10日のフランス大統領選挙の初回投票まで10日余りとなったが、ウクライナ情勢の緊迫化やマクロン大統領の再選が濃厚と見られていることもあり、金融市場やメディアの関心は余り高まっていない。「フランス大統領選挙」のウェブでの相対検索数も過去の大統領選挙時と比べて伸び悩んでいる(図表1)。最近の世論調査では、マクロン大統領が安定的なリードを保ち、それを極右政党「国民連合」のルペン党首が追う展開が続いている(図表2)。ルペン候補とともに熾烈な二番手争いを行っていた新たな極右候補で新党「再征服」を旗揚げしたゼムール氏、ドゴール派の伝統政党「共和党」のぺクレス元予算相(現イル=ド=フランス地域圏首長)が失速し、代わりに極左政党「不服従のフランス」のメランション候補が猛烈に追い上げている。移民によるフランスのアイデンティティ喪失を重要争点とするゼムール候補は、過去のプーチン賞賛発言が非難され、支持を落としている。極右2候補に対抗するために政策の右傾化が目立ったペクレス候補は、党内の中道派の支持固めに失敗し、苦戦が続いている。

(図表1)「フランス大統領選挙」のウェブ検索人気度
(図表1)「フランス大統領選挙」のウェブ検索人気度

(図表2)フランス大統領選・初回投票の世論調査
(図表2)フランス大統領選・初回投票の世論調査

燃料税引き上げに反対した「黄色いベスト運動」に象徴されるように、法人税率引き下げや労働市場改革など、競争力強化を重視するマクロン大統領の政策には、大企業や金持ち優遇との批判もつきまとう。だが、2017年の大統領就任以来、コロナ禍で一時中断された時期を除けば、フランスは過去に比べて高い経済成長を実現し、失業率は大幅に低下した(図表3)。経済回復と雇用創出の実績を訴えて再選する当初の目論見はコロナ危機で崩れたが、雇用維持策や中小企業支援策が奏功し、フランスは欧州の他の主要国に先んじてコロナ危機前の実質GDPの水準を回復している(図表4)。ウクライナ進攻での指導力発揮と「旗の下への結集効果」も、マクロン大統領の支持拡大につながっている(図表5)。かつて二大政党の一角を占めた社会党の党勢凋落が続き、左派政党が候補者の一本化に失敗し、極右2候補と共和党候補の間で右派票が割れたことで、マクロン大統領は労せずに中道票を集めることに成功した。

(図表3)フランスの実質GDPと失業率の推移
(図表3)フランスの実質GDPと失業率の推移

(図表4)コロナ前と比較したユーロ圏主要国の実質GDP
(図表4)コロナ前と比較したユーロ圏主要国の実質GDP

(図表5)ウクライナ進攻が候補者の支持に与えた影響
(図表5)ウクライナ進攻が候補者の支持に与えた影響

初回投票はこのままマクロン大統領が逃げ切り、ルペン候補が二番手につけ、両候補が24日の決選投票で対峙する可能性が高い。ただ、選挙戦の最終盤でマクロン大統領の支持が頭打ちとなる一方で、ルペン候補とメランション候補が支持を伸ばしている。このことはウクライナ情勢によるマクロン大統領への追い風が一巡するなか、国民の関心が再び物価高騰による家計負担の増加に移っている可能性が示唆される。各種の世論調査では、大統領選の投票を左右する事項として「購買力」が最上位に上がる(図表6)。フランス政府は低所得者向けの給付金支給、ガス料金の凍結や電力料金の値上げ幅抑制で家計負担を軽減しており、フランスの消費者物価の上昇率は他の欧州諸国と比べて限定的となっている(図表7)。だが、国民は他国と比べてどれだけ負担が軽減されているかではなく、数ヶ月前や1年前と比べた負担増を肌で感じている。

追い上げをみせる2候補は何れも低所得層に配慮した政策が目立つ。極右のイメージが先行するルペン候補は、移民の受け入れに懐疑的な主張を続けているものの、フランスのEU離脱(フレグジット)の主張を封印し、政策を穏健化している。極右思想の有権者がゼムール支持に流れたこともあり、ルペン候補の主たる支持者は低所得者層や現状不満層が中心となっている。富裕税の再導入、減税、年金支給開始年齢の引き下げなどの政策メニューが並ぶ。前回の大統領選・初回投票で三番手に食い込んだメランション候補は、極左思想の有権者や現状に不満を抱える若者の支持を集める。最低賃金の引き上げ、労働時間の更なる削減、年金支給開始年齢の引き下げ、財政拡張、原発廃止などを主張する。メランション候補は前回選挙でも終盤で猛烈な追い上げを見せたが、当時は伝統的な左派政党「社会党」候補の支持が低迷し、初回投票での敗退を恐れた左派票の結集に成功した。今回は選挙戦の序盤から社会党候補(イダルゴ・パリ市長)の支持が低空飛行を続けており、最近の追い上げは左派以外の候補から支持を奪っている面や投票態度を決めかねていた有権者の支持を獲得しているものと考えられる。ルペン候補との二番手争いに食い込むには距離がありそうだが、その勢いは侮れない。

(図表6)仏大統領選(初回投票)での投票を左右する事項
(図表6)仏大統領選(初回投票)での投票を左右する事項

(図表7)ユーロ圏主要国のインフレ率の推移
(図表7)ユーロ圏主要国のインフレ率の推移

決選投票の世論調査は今のところ、何れの候補と対峙してもマクロン大統領が勝利することを示唆している(図表8)。ルペン候補が決選投票に進出する場合、初回投票でゼムール候補を支持した有権者の多くがルペン支持に回る一方、社会党のイダルゴ候補や環境政党「欧州エコロジー=緑の党」のジャド候補など左派系候補を支持した有権者の多くがマクロン支持に回る可能性が高い(図表9)。ルペン候補がマクロン候補との差を縮めるには、ペクレス候補を支持した有権者をマクロン候補から奪うことや、メランション候補を支持した有権者の棄権票が増えることが必要となりそうだ。

フランスの大統領選挙は歴史的に投票率が高いが、今回の大統領選挙では有権者の投票意欲が余り高くない(図表10)。決選投票が行われる4月24日は、学校の春休みと重なるうえ(フランスの学校祝日は地域毎で異なるが、何れの地域も同日が春休みに含まれる)、フランスでは郵送・オンライン投票や期日前投票が認められていない。初回投票でマクロン再選が濃厚との安心ムードが広がり、前回大統領選のように極右大統領誕生を阻止するために投票所に向かう有権者が少なくなれば、世論調査が示唆する以上にルペン候補が善戦する可能性もある。初回投票でのマクロン大統領の圧勝にこそ注意が必要となりそうだ。

(図表8)フランス大統領選・決選投票の世論調査
(図表8)フランス大統領選・決選投票の世論調査

(図表9)フランス大統領選・初回投票と決選投票の投票者遷移
(図表9)フランス大統領選・初回投票と決選投票の投票者遷移

(図表10)仏大統領選「ほぼ必ず投票する」と回答した割合
(図表10)仏大統領選「ほぼ必ず投票する」と回答した割合

以上

田中 理


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