独連銀総裁辞任とECBの政策姿勢

~左派政権が指名する後継総裁はややハト派傾斜か?~

田中 理

要旨
  • ECB理事会の最タカ派メンバーの1人、ドイツ連銀のバイトマン総裁が12月末に退任することを発表した。後継総裁は中道左派の社会民主党(SPD)が主導する可能性が高い次期政権が指名するため、バイトマン氏よりもタカ派度合いが弱まるとの見方が多い。この辺りはどの政党が後継総裁選びで主導権を握るかにも左右され、閣僚ポストとともに、現在行われている連立協議の中で話し合われることになろう。

  • バイトマン総裁は在任中、ECBの緩和的な金融政策に異議を唱えることが多かったが、ハト派のドラギ総裁がリーダシップを発揮した前理事会、コンセンサスを重視するラガルド総裁が率いる現理事会ともに、実際の政策決定で他のメンバーを巻き込んで大きな影響力を発揮したことはない。ECBの政策決定は投票権を持つ理事会メンバーの多数決で行われ、1人のタカ派メンバーの交代が、金融政策運営を大きく左右する訳ではない。ただ、ECBは12月の理事会で重要な政策決定を行うことを示唆している。最後の理事会でバイトマン総裁が思いの丈をぶつけ、大規模緩和の継続阻止に動くことも考えられる。

ドイツ連邦銀行(ブンデスバンク)のバイトマン総裁は20日、12月31日をもって総裁職を辞任することを発表した。任期途中の辞任は個人的な理由と説明、今年に入って辞任の意向を固めたが、政治的な意図と結び付けられることを回避するため、9月の連邦議会選挙が終わるのを待って発表したとする。バイトマン総裁はメルケル首相の経済アドバイザーを経て、2011年2月にブンデスバンク総裁に就任し、2019年4月に8年の任期で再任されていた。ユーロ圏の金融政策を司る欧州中央銀行(ECB)の投票権を持つ理事会メンバー内で最タカ派の1人とされ、これまで数々の場で行き過ぎた金融緩和に警笛を発してきた。

ドイツでは現在、連邦議会選挙後の連立協議が続いており、暫定的に職務を続けるメルケル首相の報道官はバイトマン総裁の貢献に感謝し、辞任の決断を尊重するとともに、後継総裁の選出については次期政権に委ねるとしている。連邦議会選挙で第一党の座を奪還した中道左派の社会民主党(SPD)は、環境政党・緑の党、リベラル政党・自由民主党(FDP)との間で連立協議を続けている。後継総裁の具体的な人選については聞こえてこないが、このまま中道左派の2党が中道右派と組む「信号連立」が誕生すれば、バイトマン氏ほどタカ派でない人物が指名される可能性が出てくる。この辺りは現政権よりも緩和的な財政スタンスを目指すSPD・緑の党の2党と、財政規律を重視するFDPのどちらが後継総裁人事の主導権を握るかも影響しよう。SPDが主導する政権誕生で後継総裁がハト派傾斜するとみるのが自然だが、例えば、FDPが意欲をみせる財務相ポストを諦める代わりに、タカ派寄りの人物を後継総裁に送り込むことも考えられなくはない。なお、バイトマン総裁が退任する12月末までに次期政権が発足しない場合、ドイツの政府経済諮問委員会(5大研究所の代表者で構成され、5賢人委員会と呼ばれる)出身のブーフ副総裁が暫定的に総裁を務めることになる。

足元でインフレが加速し、ユーロ圏各国のコロナ危機克服も視野に入るなか、ECBは12月16日の理事会で今後の政策方針を決定することを強く示唆している。来年3月末にコロナ危機対応で開始したパンデミック緊急資産買い入れプログラム(PEPP)の終了期限が迫っており、PEPPの規模を縮小したうえで延長するか、PEPPを終了したうえで、既存の資産買い入れプログラム(APP)を修正・拡充するか、別の資産買い入れプログラムを開始するかが注目される。バイトマン総裁の退陣により、理事会メンバーの構成は僅かにハト派に傾斜する可能性が高いが、退陣前最後の12月の理事会で思いの丈をぶつけることも考えられる。なお、ユーロ圏各国の中銀総裁は輪番制で理事会の投票権を持つが、ブンデスバンク総裁は12月に投票権がある。

バイトマン総裁は過去10年にわたって、ECBの緩和的な金融政策運営に異議を唱えてきた。理事会内の最古参メンバーの1人だが、実際の政策決定で他の理事会メンバーを巻き込んで大きな影響力を発揮した記憶はない。ECBの政策決定は各理事会の投票権を持つメンバーの多数決で決まる。ドラギ前総裁が退任直前に金融緩和を強行したことが理事会内で異例の不協和音を招いたことを受け、ラガルド総裁は理事会内のコンセンサス形成をより重視する傾向にある。1人のタカ派メンバーの交代がECBの政策決定を大きく左右することはない。バイトマン氏は2019年にECBのドラギ前総裁の退任にあたり、有力な後継総裁候補の1人だったが、他のEUポストも絡んだ国別配分などの政治哲学もあり、フランス出身のラガルド氏に後継総裁の座を譲った。ユーロ圏で最も影響力のある中銀総裁として10年超の経験を持つバイトマン氏はまだ53歳で、ブンデスバンク総裁を辞任した後も、ポスト・ラガルドの有力候補であり続ける。その時は今より遥かに大きな影響力を持って、フランクフルトに戻ってくることになろう。

以上

田中 理

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