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イタリア政局、今後の注目点

~パクス・ドラギを占う大統領選出投票~

田中 理

要旨
  • 来年2月の大統領任期まで半年を切ったイタリアでは、解散カードが封じられ、向こう4ヶ月はドラギ政権が脅かされることはない。ただ、同盟とイタリアの同胞の右派ポピュリスト2党の間で、次期政権を睨んだ主導権争いが激化している。同盟は5日、重要法案審議で政府方針に反して投票を棄権。政権から距離を置きつつある。同盟が大統領交代後に早期の解散・総選挙に持ち込むためには、右派会派以外に五つ星運動が政権支持を取り止めるか、右派寄りの人物を後継大統領に据える必要がある。コンテ前首相の下で党勢回復を目指す五つ星運動は、3・4日の統一地方選でローマとトリノの市長ポストを失い、さらなる党勢低落を印象づけた。早期の解散・総選挙には及び腰とみられる。ドラギ首相の大統領への横滑り観測も消えていないが、同盟にとっては右派寄りの人物を後任大統領に据え、そのうえでドラギ政権不支持に回る方が、議会の解散・総選挙に持ち込む可能性が高まる。

コロナ禍で先送りされたイタリア統一地方選挙の初回投票が3・4日に行われ、かつての政権与党の民主党(PD)を中心とした中道左派会派がミラノ、ボローニャ、ナポリで過半数の議席を獲得するなど、優勢に進めている。多くの自治体の最終結果は17・18日の決選投票で確定するが、国政レベルの世論調査でリードする右派ポピュリストの同盟(Lega)とイタリアの同胞(FdI)、ベルルスコーニ元首相が率いるフォルツァ・イタリア(FI)を中心とした右派会派は伸び悩んだ。また、前政権与党で左派系ポピュリストの五つ星運動(M5S)は、国民から人気のあるコンテ前首相を新たな党首に迎え、党勢回復を目指したが、2016年の前回市長選で五つ星運動旋風を巻き起こしたローマやトリノで惨敗し、市長ポストを失った。

政局混乱が続いたイタリアでは2月にドラギECB前総裁を首班とするテクノクラート政権が誕生し、8月に欧州復興基金の初回資金を手にしたほか、コロナ禍克服と経済活力回復に向けて堅実で安定感のある政権運営を行っている。イタリアの同胞を除く主要政党がドラギ政権を支持しているが、政権奪取の機会を伺う同盟は5日の税制改正法案の議会採決を棄権するなど、ドラギ政権を全面的に支持している訳ではない。もっとも、議会の解散権を持つマッタレッラ大統領は、来年2月初旬の任期満了までの半年間は解散権を行使することができない。同盟が政権支持を取り止めたところで、議会の解散・総選挙に持ち込むことは少なくとも向こう4ヶ月はできない。

今回の地方選挙の結果が早期の解散・総選挙のリスクを高めるか否かは判断が分かれるところだろう。最近の世論調査は、同盟、イタリアの同胞、民主党が20%前後の支持で拮抗している。勢いがあるのはドラギ政権不支持に回ったイタリアの同胞で、かつては同盟を支持していた現状不満層の受け皿となっている。右派会派全体では議会の過半数確保が視野に入るが、両党間で主導権争いが激しさを増している。昨日の税制改正での同盟の投票棄権も、今後の政局展開を睨み、イタリアの同胞に失った有権者の支持奪還を目指した動きとみることもできる。

地方選挙での中道左派の予想以上の善戦を受け、右派会派が早期の解散・総選挙を目指すのか、次の機会を待つのかは、解散カードが封印される向こう4ヶ月の間の世論動向などに基づいて判断されることになろう。ただ、右派会派は上下両院ともに議会の過半数を確保していない。同盟やフォルツァ・イタリアが政権不支持に回ったからと言って、すぐに議会の解散につながる訳ではない。しかも、最終的に解散の是非を判断するのは大統領で、過去に同盟が解散を仕掛けた際には、マッタレッラ大統領の意向もあり、連立組み換えで総選挙が回避された。

そのため、同盟が議会の解散に持ち込むためには、①政権が明確に上下両院の支持を得られていない状況を作り出すか、②右派寄りの人物をマッタレッラ大統領(民主党の元政治家で憲法裁判所の元判事)の後任に据える必要がある。①の鍵を握るのは、右派会派以外の民主党と五つ星運動だが、民主党が政権不支持に回るのは、次の選挙で自らの勝利が見えてきた場合に限られよう。コンテ前首相の下で党勢回復を目指す五つ星運動は、今回の地方選挙で更なる党勢低落を印象づけた。大幅に議席を失う可能性が高い早期の解散・総選挙には及び腰とみられる。しかも、五つ星運動には三選禁止規定があり、結党直後の2013年の総選挙で議席を獲得した議員は次の選挙に出られない。他方、ドラギ政権支持を巡っては、五つ星運動内に政権発足当初から不協和音があったのも事実だ。三選禁止規定の廃止や党内の不協和音が広がるかなど、今後の党内力学から目が離せない。

後任大統領の人選を巡って、各党や各会派から今のところ表立った動きはない。マッタレッラ大統領は続投を否定しており、ドラギ首相も大統領就任への意欲を公言したことはない。同盟のサルビーニ党首は過去にドラギ首相の大統領就任を支持する趣旨の発言を行ったことがあるが、これはドラギ首相退陣に乗じた政権奪取を意図したものと考えられる。実際にドラギ首相が大統領に横滑りする場合、政治安定が崩れることがないように配慮し、議会の幅広い支持を得られる後継首相に道を譲る形で行う可能性が高い。したがって、ドラギ首相の退陣がすぐさま議会の解散・総選挙を意味する訳ではない。

仮に解散なしの首相交代と政権移行に成功する場合、ドラギ氏が議会の解散権を持つことになり、マッタレッラ大統領と同様に、同盟が思い描く早期の解散・総選挙を阻止する可能性がある。無論、政権が議会の信任を得られないのが明確な場合、大統領にそれを阻止する政治的な権限はないが、政治安定に配慮して連立組み換えを優先することはできる。同盟にとっては、右派寄りの人物を後任大統領に据え、そのうえでドラギ政権不支持に回る方が、議会の解散・総選挙に持ち込む可能性が高まる。こうしてみると、来年1月頃の大統領の選出投票は、今後もイタリアの政局安定が続くかどうかを占ううえで、やはり重要な政治イベントとなりそうだ。

以上

田中 理


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