ニュージーランド景気の堅調さ確認、中銀の利上げ期待を促す可能性

~感染動向改善で行動制限は緩和、ワクチン接種の進展もNZドル相場の下支えに繋がる可能性~

西濵 徹

要旨
  • ニュージーランドでは先月、変異株による市中感染が確認されたことを受けて政府は全土を対象に短期的な都市封鎖に動いた。政府は短期戦を狙ったが、感染拡大の動きが広がったことで制限延長を余儀なくされたものの、感染動向の改善を受けて今月初めにはオークランドを除いて行動制限は緩和されている。他方、ワクチン接種の積極化に伴い足下の部分接種率は60%を上回るなど大きく進展している。ただし、足下で感染が広がる変異株に対するワクチンの効果は不透明ななか、政府は慎重な姿勢を維持していると考えられる。
  • 他方、変異株の流入前は経済活動の正常化が進み、世界経済の回復も追い風となるなか、中銀は7月に量的緩和の終了に動く流れがみられた。事実、4-6月の実質GDP成長率は前期比年率+11.47%と景気底入れの動きが一段と強まっていることが確認された。外需は堅調な一方、規制強化の動きや物価上昇が内需の重石となっている。足下では行動制限による悪影響が懸念されるものの、制限緩和を受けて人の移動は底入れしており、感染収束が進めば比較的早期に景気回復を実現することも期待される。
  • 中銀は7月の定例会合で量的緩和を終了する一方、8月の定例会合では感染再拡大による行動制限を受けた不透明感を理由に利上げを躊躇した。ただし、金融市場では早期の事態収束を受けて早晩利上げに動くとの見方を反映してNZドル相場は底入れしており、先行きもしばらくは底堅い展開が続くと予想される。

ニュージーランドでは先月17日、感染力の強い変異株による新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の市中感染者が1名発見されたことを理由に、当該感染者が滞在したコロマンデル及び最大都市オークランドで7日間、その他の地域で3日間の都市封鎖(ロックダウン)の発動に踏み切るなど、1名の感染確認を理由に全土を対象に都市封鎖に動くなど『やり過ぎ』ともみえる対応をみせた(注1)。なお、同国政府がこうした強硬策に動いた背景には、昨年来の新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)のなか、同国では積極的な感染対策を受けて感染封じ込めが図られてきたことに加え、そうした対策が奏功する形で昨年10月の総選挙ではアーダーン政権を支える最大与党・労働党が大勝利を収めたことも影響したと考えられる(注2)。他方、欧米や中国など主要国においてはワクチン接種の進展が経済活動の正常化を後押しする動きがみられるなか、同国はワクチン確保に手間取る展開が続いてアーダーン政権への批判が強まる動きがみられたこともあり、強力な感染対策とワクチン接種の加速化を進めることで『短期戦』を狙ったとみられる。その後は新規陽性者数が急拡大して昨年の「第1波」を大きく上回る事態となるなど感染動向が急激に悪化する事態に発展したため、当初は最長で1週間としていた都市封鎖措置の延長に追い込まれるなど、経済に悪影響を与えることが避けられなくなっている。ただし、感染の急拡大にも拘らず早期に強力な感染対策が図られたことで医療インフラに対する圧力は比較的抑えられており、今月初めに最大都市オークランドで半年ぶりの死亡者が発生したことを除けば、足下では新規陽性者数が鈍化するとともに感染者数も頭打ちするなど改善の兆しがみられる。こうしたことから、今月6日からは感染拡大の動きがみられる最大都市オークランドを除いて都市封鎖が解除されるなど行動制限が緩和される一方、オークランドに対する都市封鎖は延長されるなど様子見姿勢が採られている。他方、当初においては政府のワクチン戦略の失敗も影響してワクチン接種は大きく遅れたものの、ワクチン確保を積極化するとともに、接種の加速化に向けた取り組みも追い風に、今月14日時点における完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は31.24%と世界平均(30.44%)をわずかに上回るとともに、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)は60.92%と6割を超えて世界平均(42.46%)を大きく上回るなど猛追の成果が現れている。こうしたことも足下において新規陽性者数が鈍化する一助になっているとみられる一方、足下で感染拡大が広がる変異株を巡ってはワクチンの効果が低下するとの見方も示されており、こうしたことが政府の慎重姿勢に繋がっているとみられる。

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他方、変異株の流入による感染拡大前は幅広く経済活動の正常化が進んできたほか、欧米や中国など主要国をはじめとする世界経済の回復の動きが外需を押し上げるなど、企業マインドも改善の動きを強めるなど景気の追い風となる動きがみられた。さらに、新型コロナ禍対応を目的に財政及び金融政策の総動員を図る動きをみせてきた結果、景気回復が進んでいることも相俟って不動産市況は上昇の動きを強めており、当局は年明け以降規制強化を通じた対応をみせてきたほか、中銀(NZ準備銀行)は7月の定例会合で量的緩和政策の終了を決定するなど『正常化』の動きを前進させている(注3)。このように同国景気は着実に回復する動きをみせており、こうした動きを反映して4-6月の実質GDP成長率は前期比年率+11.47%と前期(同+5.52%)から伸びが加速して2四半期連続のプラス成長となった。実質GDPの水準は新型コロナ禍の影響が及ぶ直前の一昨年10-12月と比較して+4.3%上回るなど、同国経済は新型コロナ禍を克服したと捉えられる。内訳をみると、世界経済の回復を追い風に輸出は拡大の動きを強める一方、年明け以降の規制強化の動きを反映して家計部門による不動産投資のほか、企業部門による設備投資の動きも鈍化するなど固定資本投資の重石となる動きがみられる。また、昨年後半以降における原油など国際商品市況の上昇に伴うインフレ率の上振れによる実質購買力の下押しを受けて家計消費は鈍化するなど、幅広く内需に下押し圧力が掛かる動きがみられる。分野別では、すべての分野で生産が拡大しており、外需の堅調さを反映して農林漁業や鉱業部門、製造業部門で生産拡大の動きが強まる一方、建設需要に下押し圧力が掛かったことを受けて建設部門の生産は鈍化しており、家計消費など内需の鈍化を受けて小売・卸売をはじめとするサービス部門の生産にも下押し圧力が掛かるなど、昨年後半以降の景気回復局面のなかで『攻守』は交代している。他方、上述のように政府は8月中旬以降に感染対策を理由に行動制限の再強化に大きく舵を切っており、それに伴い人の移動に大きく下押し圧力が掛かるなど幅広い経済活動の下振れが避けられなくなっている。ただし、感染動向の改善を受けて今月上旬には最大都市オークランドを除いて行動制限が緩和されたことを受けて、この動きを反映する形で人の移動は底打ちしており、今後も感染収束が進んで行動制限が一段と緩和されれば、実体経済への悪影響は比較的短期に収束することが期待される。そうした意味では、当面の同国経済の行方は感染動向がカギを握っていると判断することが出来る。

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なお、中銀は7月の定例会合において量的緩和政策の終了を決定するなど金融政策の正常化に動いたものの、8月の定例会合では感染再拡大と政府による行動制限の再強化を受けて実体経済を巡る不確実性が高まっていることを受けて利上げ実施を躊躇う姿勢をみせた。ただし、先行きの政策運営を巡っては「インフレ期待の安定と持続可能な雇用最大化の実現には金融緩和水準のさらなる引き下げが『最も後悔しない政策スタンス』」との考えを示すなど、金融緩和の出口を強く意識する姿勢をみせた。足下では早くも感染収束の兆しが強まったことで政府が行動制限の緩和に踏み出しているほか、規制強化の動きや金融緩和水準の引き下げを受けて不動産需要に下押し圧力が掛かる動きがみられるにも拘らず、不動産市況そのものは引き続き高止まりしており、金融市場においては中銀が早晩利上げに動くとの見方が強まっている。こうしたことから、8月の定例会合での中銀の『躊躇』を理由に調整した通貨NZドル相場は一転底打ちしており、米FRB(連邦準備制度理事会)は年内にも量的緩和政策の終了に動く一方で利上げ実施は相当先との見方を示していることを勘案すれば、金融政策の正常化の動きが先行することがNZドル相場を下支えする展開が予想される。

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以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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