台湾からみえる、「ワクチンだけ」じゃない新型コロナ対策の実像

~法体系やデジタル化の差などの影響はあるが、日本が教訓とすべき点は少なくないと判断出来る~

西濵 徹

要旨
  • 台湾は昨年来の新型コロナウイルスのパンデミックに際し、徹底した感染封じ込め策を講じるなど感染対策の「優等生」と称された。しかし、変異株による感染再拡大が広がるなか、台湾にも「抜け穴」を通じて変異株が流入して感染は再拡大した。当局は強力な感染封じ込め策に舵を切るとともに、徹底した検査と隔離の実施を受けて足下の新規陽性者数は鈍化している。なお、ワクチン接種は日本や米国などの無償供与で前進しているが、世界平均を大きく下回る状況は変わらない。こうした状況にも拘らず感染収束の兆しがみえつつあることは、台湾の対応をそのまま導入することは難しいながら、日本にも教訓となる点はあると考えられる。

台湾を巡っては、昨年来の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック(世界的大流行)に際して、当初の感染拡大の中心地となった中国本土との経済及び社会的な結び付きの深さも影響して、台湾域内でも感染拡大が広がることが懸念された。しかし、一昨年末に中国の湖北省武漢市での感染確認直後に直行便の乗客を対象に検疫を実施したほか、その後も早期に中国本土との往来を全面禁止するなど強力な対策に舵を切った。さらに、2002~03年に同国でも感染が拡大したSARS(重症急性呼吸器症候群)に際して後手を踏む対応が続いたことを教訓に、政府のみならず企業部門においても強力な感染封じ込め策が講じられるなど先手を打つ対応が採られた。結果、昨春には台湾域内でも新規陽性者数が急増する動きがみられたものの、感染対策や行動変容に繋がる仕組み作りが構築されたほか、感染のあぶり出しに向けて徹底した検査が実施されたこともあり、その後の新規陽性者数は一時的に増えることはあるも二桁台に抑えられてきた。さらに、上述のように台湾経済は中国本土との結び付きが強く、中国本土の感染一服を背景に経済活動の正常化が進んだことは景気の追い風となったことに加え、世界有数の半導体の『生産基地』となるなかでここ数年に亘り激化する米中摩擦の背後で『漁夫の利』をもたらすなど、欧米など主要国での感染一服やワクチン接種を背景とする経済活動の正常化の動きも景気の追い風となった。よって、台湾は新型コロナ対応の『優等生』と称されるとともに、景気回復を果たして昨年の経済成長率は+3.11%(改定値)とプラス成長を維持するなど、マクロ経済的にも早期に新型コロナ禍の影響を克服することに成功した(注1)。しかし、このように新型コロナ対策の『優等生』と称されてきた台湾だが、アジア新興国においても感染力の強い変異株による感染再拡大の動きが広がりをみせるなか、5月に台湾においても変異株による感染拡大の動きが確認されるとともに、その後は新規陽性者数が急増するなど再拡大に直面した(注2)。なお、世界的にはワクチン接種の拡大によって経済活動の正常化が図られるなか、アジア新興国では中国のいわゆる『ワクチン外交』によるワクチン供与の動きが接種を後押しする動きがみられるものの、台湾当局は中国製ワクチンの安全性及び有効性に疑問を呈して導入しない姿勢を貫いた結果、ワクチン確保に手間取った。さらに、台湾に変異株が流入した背景には、航空会社の乗務員を隔離対象から外すといった『抜け穴』も影響したため、感染再拡大後は航空会社の乗務員を隔離対象としたほか、学校に対する休校措置や集会の制限、娯楽施設の閉鎖、飲食店サービスの持ち帰りへの限定化など強力な行動制限に動いた。こうした措置に加え、引き続き徹底した検査と陽性者の隔離を実施するなどの対応を進めた結果、足下では新規陽性者数は大きく鈍化しているほか、1日当たりの死亡者数も一桁台で推移するなど状況は改善に向けて大きく前進している。また、上述のようにワクチン確保が遅れたことから、日本や米国によるワクチンの無償供与により確保を前進させているものの、今月10日時点における完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は0.30%、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)も13.79%と世界平均(それぞれ12.04%、25.10%)を大きく下回っている。こうした状況にも拘らず、足下の新規陽性者数や死亡者数は鈍化傾向を強めるなど事態収束に向かって前進しており、当局は現時点では行動制限の全面解除は時期尚早としつつ、段階的な制限解除に動く方針を示すなど経済活動の再開を模索している。わが国と台湾は法体系が異なる上、行政面でのデジタル化の進展度合いなども大きく異なるために同じ手法を執ることが出来ないことは理解する必要があるものの、新型コロナ対応がワクチンへの『一本足打法』となるわが国の現状を見据えれば、台湾の動きが教訓となる点は少なくないと言える。

図表
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以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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