中国、3月貿易統計は先進国景気の底入れと中国景気の回復を反映

~中国の貿易黒字の大宗を対米黒字が計上する構造は変わらず、将来的な摩擦再燃のリスクは残る~

西濵 徹

要旨
  • 足下の世界経済は新型コロナウイルスのパンデミックによる景気減速からの立ち直りが進む一方、依然として新型コロナウイルスの感染動向に揺さぶられる展開が続く。他方、中国は人権問題をきっかけに外交関係に不透明感が高まる一方、ワクチン外交をてこにした動きもみられるなど、外需を巡る状況に好悪双方の材料が存在する。企業マインドも業種ごとに跛行色が鮮明になるなど、外需の行方は見通しにくい状況にある。
  • 3月の輸出額は前年比+30.6%と前年の反動も重なり高い伸びが続くが、前月比は10ヶ月ぶりの減少に転じたと試算出来るなど底入れの動きに一服感が出ている。欧米など主要国の景気回復が輸出を押し上げる動きが続く一方、感染再拡大に苛まれる新興国向けで頭打ちするなど対照的な動きがみられる。一方の輸入額は前年比+38.1%と一段と伸びが加速し、輸出と対照的に底入れが続いている。中国景気の回復や商品市況の底入れに加え、輸出の堅調さが素材及び部材需要を押し上げる展開が続く。3月の貿易黒字幅は予想外に縮小したが、その大宗を米国向け黒字が計上する状況は変わらず、将来的には「ポスト・コロナ」の世界経済の不均衡に注目が再び集まると予想され、米中摩擦の議論が蒸し返される可能性もくすぶろう。

足下の世界経済を巡っては、昨年来の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック(世界的大流行)による深刻な景気減速から立ち直りの動きが進んでおり、全世界的な財政及び金融政策を通じた下支えも相俟ってそうした流れが促されてきた。さらに、米バイデン政権による巨額の財政出動の実施は米国経済の回復を促すことが期待される上、感染収束により経済活動の正常化が進む中国経済とともに、世界経済のけん引役となることも見込まれる。また、足下では世界的にワクチン接種の動きが広がっており、ワクチン普及による集団免疫の獲得が進めば、全世界的に経済活動の正常化が図られるなど『ポスト・コロナ』に向けた動きが大きく前進するとの期待も高まっている。他方、欧州では感染力の強い変異株の感染再拡大により行動制限が再強化される動きがみられるほか、一部の新興国でも変異株の感染再拡大が確認されており、世界経済の回復の足かせとなる懸念がくすぶる。そして、世界的にワクチンの『争奪戦』とも呼べる動きが広がっており、一部の新興国では供給不足を理由にワクチン接種がままならないなか、感染拡大による医療崩壊を受けて感染収束の道筋が立たない事態に陥ることも懸念される。このように足下の世界経済は依然として新型コロナウイルスの感染動向に大きく左右される状況にあるものの、企業マインドの動きをみると景気の底入れを示唆する展開が続いている上、約3年ぶりの水準となるなど堅調な景気回復が続いている様子がうかがえる。ただし、ここ数年の米中摩擦の激化の動きに加え、このところは中国国内における人権問題をきっかけに米バイデン政権のみならず、EU(欧州連合)や英国などが中国の政府要人や政府機関を対象に制裁を科す動きが広がっており、中国政府も対抗措置を打ち出すなど、外交関係の悪化が先進国向けの外需の不透明要因となる可能性が高まっている。その一方、世界的にワクチン獲得競争の動きが広がり、新興国のなかにはワクチン不足に見舞われる国も出るなか、中国は中国製ワクチンの供給を通じて『仲間』を広げる動きを活発化させており、中国の外需を取り巻く環境には好悪双方の材料が存在している。こうした状況を反映して、足下の中国の企業マインドは業種ごとに跛行色が鮮明となっており1 、昨年の反動も重なり外需は大幅な上振れが期待されるものの、その行方には不透明感がくすぶる動きがみられる。

図1
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こうしたなか、3月の輸出額は前年比+30.6%と昨年の同時期は新型コロナウイルスのパンデミックにより大きく下押し圧力が掛かった反動で高い伸びとなっているものの、1-2月(同+60.6%)から伸びは鈍化するなど頭打ちしている。当研究所が試算した季節調整値に基づく前月比も10ヶ月ぶりとなる減少に転じており、中国国内における感染収束に伴い経済活動の正常化が図られたことに加え、世界経済の回復も追い風に輸出に底入れの動きが強まってきた流れは一服している。なお、関係悪化による悪影響が懸念された米国向け(前年比+53.3%)は米国での政権交代に伴い関係が改善されるとの期待が高まっていたことに加え、米国経済の回復の動きを追い風に拡大傾向を強める展開が続いており、現時点においては杞憂であったと捉えられる。また、米国同様に関係悪化による悪影響が懸念されたEU向け(前年比+45.9%)も米国向け同様に堅調な推移が続いており、感染再拡大による行動制限の再強化の影響が懸念されたものの、経済を取り巻く状況が最悪期を過ぎていることを反映して押し上げ圧力が掛かっている。他方、ASEAN向け(前年比+14.4%)やインド向け(同+18.5%)などアジア新興国向けは伸びが鈍化しているほか、アフリカ向け(同+18.2%)も輸出全体に比べて伸びが低い水準となっており、輸出額そのものも昨年末にかけて拡大傾向を強めてきた流れが一服しており、足下における感染再拡大による景気減速懸念の高まりが足かせとなっているとみられる。同様に足下で感染拡大の中心地となっている中南米向け(前年比+35.5%)は比較的高い伸びとなっているものの、これは昨年の同時期における大幅減の反動が影響している一方、輸出額そのものは年明け直後を境に大きく下押し圧力が掛かっており、感染拡大による景気減速懸念が重石になっている。よって、先進国向けで堅調な動きがみられる一方、新興国向けに一服感が出るなど対照的な動きとなっている様子がうかがえる。

図2
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一方の3月の輸出額は前年比+38.1%と1-2月(同+22.2%)から伸びが加速しており、当研究所が試算した季節調整値に基づく前月比も拡大傾向が続いているなど、上述のように輸出は底入れの動きを一服している状況と対照的に底堅く推移している。同国に進出している外資系企業による設備投資需要の弱さを反映して外資系企業による設備輸入(前年比▲131.0%)に大きく下押し圧力が掛かっているほか、再輸入加工関連(同▲53.3%)も弱含むなど外資系企業に関連する輸入は鈍化する動きがみられる。その一方、感染収束による経済活動の正常化を受けた景気回復期待に加え、原油をはじめとする国際商品市況の底入れの動きを反映して一般輸入(前年比+85.7%)の伸びは大きく上振れしているほか、上述のように先進国向けを中心とする輸出の堅調さを受けて加工組立に必要な輸入素材及び部材関連(同+35.1%)や加工組立に必要な素材及び部材関連(同+32.8%)は共に堅調な伸びをみせるなど、内・外需双方の回復が輸入を押し上げている。こうした動きを反映して3月の貿易収支は+137.98億ドルの黒字と1-2月(+1032.58億ドル)から予想外の形で黒字幅が縮小しており、うち対米貿易収支も3月は+213.68億ドルと1-2月(+512.62億ドル)から黒字幅が縮小しているものの、貿易黒字全体を上回る数字となるなど中国にとって米国が最大の貿易黒字対象国となっている状況は変わっていない。バイデン政権はトランプ前政権と異なり貿易問題を米中問題に関する中心議題としてはいないものの、『ポスト・コロナ』の世界経済を巡って様々な不均衡に関する問題に再び注目が集まることが予想されるなか、その一例として米中間の貿易不均衡の是正を求める動きに繋がる可能性はゼロではない。足下の中国経済が内・外需双方で回復の動きを強めることは世界経済にプラスとなることが期待される一方、先行きは新たな問題に発展するリスクを孕んでいると捉えることが出来よう。

図3
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以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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