中国、家計のディスインフレと企業のインフレの板挟みが続く

~雇用が景気を左右する一方、価格政策はこれまで以上に困難さを増す状況~

西濵 徹

要旨
  • 年明け以降の中国経済は企業マインドが頭打ちするなど、景気底入れの動きが一服する兆候が出ている。外需を取り巻く環境は厳しさを増す一方、共産党及び政府は雇用拡大を通じて景気下支えを図る姿勢をみせるが、業種ごとに跛行色が出るなど厳しい状況が続く。今年は大卒者が900万人を上回る予定であり、昨年に続いて雇用環境は厳しい展開となることも予想され、雇用が景気を左右する状況が続くと見込まれる。
  • 年明け以降のインフレ率はマイナスで推移するなか、3月のインフレ率は前年比+0.3%とプラスとなったが、財・サービスで幅広くディスインフレ基調が続く状況は変わっていない。他方、川上の物価に当たる生産者物価は前年比+4.4%と、国際商品市況の底入れを反映して企業部門は急激な物価上昇圧力に直面する。ただし、企業部門は原材料価格の上昇を商品価格に転嫁出来ない状況が続いている。党・政府は価格政策に関与する可能性があるが、家計部門の負担増は不満に繋がるリスクがある一方、価格転嫁の困難さは業績圧迫を通じて株価調整を招くなど金融市場の混乱要因となるため、政策対応は困難な状況が続くであろう。

中国経済を巡っては、年明け以降の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染再拡大を受けて、当局が『やり過ぎ』とも取れる感染対策を実施して幅広い分野で企業マインドが頭打ちするなど、底入れしてきた景気に冷や水を浴びせることが懸念された。さらに、足下では欧州で変異株による感染再拡大を受けて行動制限が再強化されているほか、一部の新興国でも変異株による感染拡大が確認されるなど、世界経済の行方に対する不透明感が高まる動きがみられる。また、ここ数年の米中摩擦の動きに加え、足下では中国国内における人権問題を理由に米国のみならず、EU(欧州連合)や英国などが中国の政府要人や政府機関を対象に制裁を科す動きが広がるなど、外需を取り巻く状況は急速に悪化している。こうしたことから、外需の動向に連動しやすい製造業の企業マインドは足下で一段と頭打ちする動きをみせる一方、外需を巡る状況に左右されにくいサービス業の企業マインドは底入れするなど対照的な動きがみられる。ただし、足下の企業マインドは新型コロナウイルスの感染収束を受けて経済活動の正常化が図られた直後以来の水準となっており、財政及び金融政策の総動員による景気下支えに加え、世界経済の回復を追い風に底入れの動きを強めてきた流れは一服していると捉えられる。なお、雇用を取り巻く状況を巡っては、政府統計では製造業で雇用拡大の動きがみられるが非製造業では調整圧力がくすぶる。一方、民間統計では製造業で調整圧力がくすぶるがサービス業では雇用拡大の動きがみられるなど対照的であり、見通しが立ちにくい状況にある。他方、今後は卒業シーズンを迎えるなかで今年の大学の新卒者数は900万人を上回るなど過去最高水準となる見通しであり、先月に実施された全人代(第13期全国人民代表大会第4回全体会議)では都市部における新規雇用者数を大幅に増やす目標が掲げられたものの 、大卒者が昨年から30万人以上上回る水準にある上、昨年の雇用環境は世界金融危機以来の厳しさとなったことを勘案すれば、今年は多少の改善は期待されるものの容易な状況でないことは想像に難くない。足下では外需を取り巻く状況に不透明感が高まっていることに加え、内需についても雇用・所得環境を巡る状況が重石となり得るなど、雇用動向が景気回復の足取りを左右する展開が予想される。

図1
図1

年明け以降のインフレ率(消費者物価上昇率)はマイナス基調で推移しており、景気回復が進んでいるにも拘らずディスインフレ圧力がくすぶるなど雇用を巡る不透明感が家計消費の足かせとなる展開が続いてきた。そんななか3月のインフレ率は前年同月比+0.4%と前月(同▲0.2%)から3ヶ月ぶりにプラスに転じるなど一見すればディスインフレ圧力が後退したようにみえる。ただし、前月比は▲0.5%と前月(同+0.6%)から4ヶ月ぶりの下落に転じており、原油をはじめとする国際商品市況の底入れを反映してガソリン(同+6.4%)などエネルギー価格は上昇傾向が続く一方、野菜(同▲14.5%)や豚肉(同▲10.9%)、卵(同▲3.8%)など生鮮品を中心に食料品物価に下押し圧力が掛かるなど、生活必需品を巡る物価動向はまちまちの状況にある。なお、食料品とエネルギーを除いたコアインフレ率は前年同月比+0.3%と前月(同+0.0%)から伸びが加速しているものの、前月比は+0.0%と前月(同+0.2%)から上昇ペースは鈍化しており、物価上昇圧力が高まっている訳ではない。事実、エネルギー価格の上昇に伴い輸送コストに押し上げ圧力が掛かっているものの、消費財物価(前月比▲0.8%)は下落傾向が続くなど物価に下押し圧力が掛かる状況が続いている上、サービス物価(同▲0.1%)も下落基調で推移するなどディスインフレ基調が続いている。上述のように雇用・所得環境を巡る不透明感がくすぶるなかで家計部門は『節約志向』を強めて財布の紐を締める動きを強めているほか、新型コロナウイルスの感染拡大を受けた生活様式の変化を反映してEC(電子商取引)を通じた取引も拡大している上、大手ECサイト間の価格競争の激化も影響して物価上昇圧力が高まりにくい状況にある。他方、川上部門の物価に当たる生産者物価は前年同月比+4.4%と前月(同+1.7%)から加速して2018年7月(同+4.6%)以来の伸びとなり、前月比も+1.6%と前月(同+0.8%)から上昇ペースも加速して2016年12月以来のペースとなるなど、企業部門は急激な物価上昇圧力に直面している。国際商品市況の底入れの動きを反映して原油、非鉄金属、金属関連を中心に調達価格が大幅に上昇しているほか、これらの原材料価格の上昇を受けて化学製品関連や製紙関連、紡績関連など幅広い分野で物価上昇圧力が強まるなど、加工関連にも物価上昇の動きが広がっている。ただし、このように原材料及び加工関連で物価上昇圧力が高まる動きがみられるにも拘らず、出荷価格は燃料価格などでは原材料価格の上振れ分を転嫁する動きがみられる一方、食料品や衣料品などの上昇ペースはわずかに留まっている上、日用品の出荷価格は横這いで推移するなど転嫁が難しい様子もうかがえる。なお、価格転嫁が難しい背景には、上述のように家計部門の財布の紐が固くなっていることに加え、事実上価格決定力を有する大手ECサイトの価格競争の激化の動きも影響していると考えられる。全人代では大手IT関連企業に対して共産党や政府が関与を強める動きがみられるなど今後は価格政策に影響を行使する可能性はあるものの、雇用環境が厳しい状況では小手先の対応にならざるを得ず、結果的に家計部門にとっての負担増が不満を招くリスクもある。他方、価格転嫁が厳しい状況が続けば企業部門にとっては業績圧迫に繋がることで株式市場の調整圧力となり、債務膨張によって景気回復が促された流れが一変するリスクもあるなど、政策対応の難しさはこれまで以上に高まることが考えられる。

図2
図2
図3
図3


以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ