メキシコ、「超過死亡」の推計値が示唆する新型コロナ禍の実態

超過死亡推計は報告された死亡者数を大きく上回る可能性を示唆、実体は極めて厳しい状況にある

西濵 徹

要旨
  • メキシコ経済は新型コロナウイルスのパンデミックによる内・外需への下押し圧力により景気に急ブレーキが掛かった。なお、感染収束にほど遠いながら政府は都市封鎖の段階的解除に動いたほか、外需を巡る環境改善も追い風に足下の景気は底打ちしている。昨秋以降に拡大した新規感染者数は頭打ちしているが、医療崩壊が影響して感染者数は高止まりしている。また、政府が公表した「超過死亡」の試算値によると、報告ベースの死亡者数を大きく上回る可能性があるなど、感染実態は極めて厳しい状況にあると捉えられる。

  • 足下の景気は力強さを欠く展開が続く一方、米国金融市場の活況や国際原油価格の底入れを追い風に、通貨ペソ相場は底堅く推移しているほか、主要株価指数は活況を呈する展開が続く。新興国ではインフレや通貨安懸念に対応して利上げの動きが相次ぐが、墨中銀は先月利下げを実施したほか、ペソ相場の底堅さを勘案すれば利上げに追い込まれる可能性は低い。しかし、実体経済や新型コロナウイルスの感染動向が見通せない状況にあるなか、底堅さがうかがえる金融市場環境が一変するリスクはくすぶると捉えられよう。

メキシコでは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック(世界的大流行)により、輸出の8割以上を占める隣国の米国が感染拡大の中心地となったことを受けて外需に大きく下押し圧力が掛かったほか、国内での感染拡大により政府が感染封じ込めに向けた都市封鎖(ロックダウン)に動いたことも重なり、景気に急ブレーキが掛かる事態となった。結果、昨年の経済成長率は▲8.2%と一昨年(▲0.1%)から2年連続のマイナス成長となるなど、ここ数年のメキシコ経済はトランプ前政権の下で米国が様々な『圧力』を掛けてきたほか、世界経済の減速による国際原油価格の低迷長期化も重なり景気は右肩下がりの状況が続いてきたものの、『新型コロナ禍』がダメ押しとなった格好である。ただし、昨年半ば以降は感染収束にほど遠い状況ながら、政府が経済活動を重視する観点から段階的に都市封鎖を解除する動きに転じたほか、米国でも感染拡大の一服を受けて経済活動が再開されたことで内・外需を取り巻く環境は改善しており、昨年後半は前期比年率ベースで2四半期連続の二桁%成長となるなど景気は底入れしている。とはいえ、昨年末時点の実質GDPの水準は新型コロナウイルスのパンデミックの直前である一昨年末と比較して▲4.3%下回っており、依然として回復は『道半ば』の状況にあると判断出来る。他方、米国では昨秋以降に新型コロナウイルスの新規感染者数が再拡大したことを受けて、同国においても感染が再拡大する『第2波』が顕在化するとともに、死亡者数も拡大傾向を強めるなど状況が急激に悪化することが懸念された。なお、新規感染者数そのものは今年1月末を境に頭打ちする動きをみせており、これだけをみれば状況は改善しているようにみえるものの、都市部を中心に医療崩壊状態に陥っていることもあり、罹患者数は一向に増えず感染者数は26万人を上回る水準で推移するなど高原状態となっている。なお、政府が報告している新型コロナウイルスの累計の感染者数は222万人強に留まるものの、累計の死亡者数は20万人を上回るなど米国、ブラジル、ロシアに次ぐ水準であり、感染者数に対する死亡者数の比率が他国と比較して突出していることに注目が集まってきた。

こうしたなか、今月27日に政府は昨年から今年初めにかけての死亡者数が平年の死亡者数と比較した『超過死亡』が合計で41.7万人を上回ったとする推計値を公表しており、新型コロナウイルスに関連する死亡者数は政府の報告値を大きく上回る可能性が高いと見込まれる。こうした背景には、同国は検査件数が少ないことを理由に、これまでも実際の感染者数及び死亡者数は報告値を大きく上回る可能性が指摘されてきたものの、実際には感染が疑われる症例及び死亡例については診断が確定できない状況が続いてきたことが挙げられる。同国では昨年末から医療従事者を対象に米国製ワクチンの接種が開始されており、政府は今月末までに地方部を中心とする高齢者を対象にワクチン接種を完了させるべくロシア製ワクチンや中国製ワクチンを追加で確保するなどの取り組みをみせてきた。さらに、米バイデン政権は未承認状態にある英国製ワクチンをメキシコに『貸し出す』など、米国での政権交代の動きはメキシコにとって追い風となる動きはみられるものの、医療崩壊状態に陥るなかで円滑なワクチン接種が進むかは見通しが立たないなど、極めて厳しい状況に追い込まれていると判断出来る。

足下の企業マインドは依然として好不況の分かれ目となる水準を下回るなど、景気回復の動きは力強さを欠く展開が続いているなか、このところの国際金融市場は米長期金利の上昇をきっかけに新興国への資金流入の動きが変わる兆候がうかがえる。ただし、足下においては米国株が最高値を更新するなど米国金融市場が活況を呈する展開が続くなか、米国との間で時差を考慮する必要性が低いメキシコ金融市場についてはその恩恵を受け堅調と動きとなっている上、通貨ペソ相場については他の新興国通貨と比較しても底堅い動きが続いている。さらに、同国の主要輸出財である国際原油価格は世界経済の回復期待を背景に底入れが進んでおり、株価動向を左右する傾向がある国営石油公社(PEMEX)の業績改善に繋がるとの期待の高まりを反映して主要株式指数は堅調に推移している。なお、中銀は先月の定例会合において景気の先行き不透明感の高まりを理由に政策金利を昨年9月の定例会合以来、3会合ぶりに引き下げる金融緩和に動いているものの[1]、足下のインフレ率は食料品やエネルギーなど生活必需品を中心とするインフレ圧力の高まりを反映して上昇傾向を強めている。今月に入って以降、ブラジル[2]、トルコ[3]、ロシア[4]が相次いでインフレ懸念や通貨安懸念に対応して利上げを実施しているが、メキシコについては上述のように通貨ペソ相場がこれらの国々の通貨と比較して底堅く推移しており、現時点においてそうした状況に追い込まれる懸念は小さいと判断出来る。しかし、実体経済に対する不透明感がくすぶる上、新型コロナウイルスの感染動向も見通しが立ちにくい状況にあることを勘案すれば、国際金融市場を取り巻く環境に応じて同国金融市場を巡る状況が一変するリスクはある。世界的な新型コロナウイルスの感染再拡大による世界経済に対する不透明感の高まりを受けて、底入れが進んだ国際原油価格は頭打ちするなど不透明感に繋がる動きもみられるなか、ペソ相場や株式相場を取り巻く状況は大きく変化することも懸念されよう。


西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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