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2025.06.03
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「待機児童ゼロ」でも残る保育の課題
~隠れ待機児童が招く就労意欲の低下~
鄭 美沙
- 要旨
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- 9割近い自治体が待機児童ゼロである一方、いまだSNS上には保育園落選を嘆く投稿が多くみられる。その背景の一つに、隠れ待機児童の存在がある。
- 国の待機児童の定義では、除外4類型と呼ばれる「(1)育児休業中の者」「(2)特定の保育園等のみ希望している者」「(3)地方単独事業を利用している者」「(4)求職活動を休止している者」は、待機児童にカウントされない。ここに該当する児童は「隠れ待機児童」と呼ばれ、その数は2024年は71,032人で近年高止まりしている。
- 一般的に、自宅から徒歩20~30分未満で通える保育園に空きがある場合は、「(2)特定の保育園を希望している」とみなされる。一方、毎日の通園の負担は重く、通いやすい保育園を選ぶことは、仕事と育児の両立や業務パフォーマンス向上に直結する。負担感は希望した子どもの数をあきらめる要因にもなりうる。
- 「(4)求職活動を休止している者」とは、入園を申し込んだが求職活動を継続しておらず「保育の必要性」が認められない者を指す。しかし、保育園に預けられる見込みがないなかで求職活動を続けるのは困難である。
- 待機児童ゼロでも、保育のニーズは満たされていない。隠れ待機児童の実態に基づいた保育政策を一層推進すべきである。たとえば、企業によるリモートワークの徹底や男女が交代で育児休業を取得する仕組みの推進が重要だ。後者は、キャリアブランクの短縮と同時に、保育士不足の軽減が期待される。自治体はAIやデータを用いた保育の質の向上や利用調整の効率化が求められる。
- 待機児童ゼロは、保護者の「無理」で成り立っている面がある。保護者の送迎の負担やキャリア断絶、就労・昇進意欲の低下など、保育に起因した課題が残っている。保育は未来の人材を育てる場であるとともに、現役世代の就労や生産性向上に直結する場である。両立しやすい社会は、子を持つことを前向きに考えられ、人口減少対策にもなる。「入れればよい」という状態に満足せず、一層の保育の質向上が求められる。
- 目次
1. 待機児童ゼロなのに「保育園落ちた」
2016年、「保育園落ちた日本死ね」との言葉が匿名ブログに書き込まれ、多くの共感を呼んだ。それから9年、保育所の新設などを進めた結果、9割近い自治体が待機児童ゼロ(2024年4月時点87.5%)となるなど(注1)、近年、待機児童問題は大幅に改善されたとみられる。
しかし、今年もSNS上には入所申し込みの結果を緊張しながら待つ投稿や落選を嘆くコメントが多くみられた。待機児童は解消されつつあるのに、なぜいまだに「保育園落ちた」が保護者を悩ませているのか?その背景の一つに、隠れ待機児童の存在がある。
2. 隠れ待機児童とは
国の待機児童の定義は「保育園等の利用申込者数から、保育園等を実際に利用している者の数及び除外4類型<(1)育児休業中の者(2)特定の保育園等のみ希望している者(3)地方単独事業を利用している者(4)求職活動を休止している者>を除いた数」としている(資料1)。

一般的に、この除外4類型に該当する児童が「隠れ待機児童」あるいは「入所保留児童(以下、「保留児童」)」と呼ばれる。その数は2024年は71,032人で近年高止まりしている(資料2)。自治体の例では、2025年4月時点で、大阪市は調査開始以降初めて待機児童ゼロを達成した一方、保留児童は2,528人と3年連続増加した(注2)。横浜市も12年ぶりに待機児童ゼロとなったが、育休延長希望者を除いた保留児童は1,511人と公表している。
つまり、待機児童にカウントされないものの、保育園への入所希望が叶わなかった者が依然として相当数いるのである。以下では、隠れ待機児童の具体的な状況をみていく。

3. 特定の園を希望するのはわがままなのか?
隠れ待機児童の内訳で最も多いのは「類型(2)特定の保育園等のみ希望している者」で、過半数を占めている。「特定の保育園」をどう判断するかは自治体によって異なるが、自宅から一定の距離内の保育園に空きがある場合、特定の保育園を希望しているとみなす基準が多くみられる。一定の距離とは通常の交通手段により自宅から20~30分未満が目安の一つとなっている。
たとえば、徒歩で20~30分、自転車だと10~15分程度のケースで、毎日通園にかかる負担を考えてみる。首都圏は地価が高いこともあり、保育園は駅周辺とは限らない。最寄り駅と反対側の場合、いったん子どもを送りまた駅に向かって出勤するケースもあるだろう。迎えに行く場合も同様の負荷がかかる。さらに、兄弟姉妹が別園の場合はいっそう送迎に時間と手間がかかる。こうした毎日の負担は業務時間を圧迫する。通園しやすい特定の保育園を選ぶことは、仕事と育児の両立と業務パフォーマンス向上に直結するのである。さらに、希望した子どもの数をあきらめる要因にもなりうる。
また、一度認可保育園に入園すると転園は容易ではないため、いったん入園して希望園の空きを待てばよいというわけではない。特に0~2歳は定員が埋まっていることが多く、空いたとしても認可保育園に入っていない保育ニーズのある児童が優先される。こうした事情も復職を遅らせ、特定の園への入園を待つ動機となる。
距離だけでなく、教育方針や保育所の広さ等で特定の園を希望するケースもある。こうした条件を絞って保育園を選ぶことは、時に「わがまま」という見方もされる。しかし、保育園は1日の大半を過ごす場であり、子どもにとって重要な学びの場でもあること考えると、少しでも子どもに合うところを選びたいと思うのは親として自然なことではないか。
また、類型(3)の地方単独事業は認可保育園に入れなかった人の受け皿となっている。特色ある教育等により、入園してみたらむしろよかったというケースもあるが、認可保育園が空き次第転園する人も多く、まさに待機児童といえる。保育料が認可よりも高い場合もあり、コスト面の負担も大きい。
4. 求職活動を阻む保育の壁
「類型(4)求職活動を休止している者」とは、入園を申し込んだが求職活動を継続しておらず「保育の必要性」が認められない者を指す。認可保育園は就労等を理由に保育ニーズがある者が利用対象となるため、求職していないと対象外となり待機児童から外される。しかし、保育園に預けられる見込みがないなかで求職活動を続けるのは困難である。就職先が決まっても、預けられなければ働けない。つまり、求職活動を休止しているから待機児童ではないとされているが、待機児童ゆえに求職活動を休止せざるをえないケースがあるのだ。
5. 「落選狙い」はズルいのか?
「類型(1)育児休業中の者」とは、復職意思がない=保育園の入園意思がなく申し込んだ者を指す。なぜ申し込むかというと、1歳以降も育休を延長し、育児休業給付金を受給するには、保育園に入れなかったことを証明する保留通知書が必要だからだ。自治体によっては、復職意思を確認する項目を設け、育休延長も許容できるといった欄にチェックした人は入所選考の順位を下げるようになっている。
こうした人は、働く気のない「落選狙い」と否定的な見方をされることもある。ただ、1歳前後は夜泣きなどで十分な睡眠時間が確保できず、仕事との両立が困難なこともある。加えて、時短勤務を選ぶと給与が減少し、そこから保育料を差し引き、さらに夫の配偶者控除による節税効果を考慮すると、復職して得られる給与は受け取る育児休業給付金と大差がなく、育児休業の延長を選択する方が合理的な場合もある。復職意思のない育休中の者を待機児童としてカウントすることに違和感があるのは確かだが、潜在的な保育ニーズは存在しており、そうした選択をする背景にも目を向けるべきだろう。
6. 隠れ待機児童の解消に向けて(1)企業
以上のように、待機児童がゼロになっても、実際には保育に関するニーズが十分に満たされていない現状がある。隠れ待機児童の実態を正確に把握し、それに基づいた保育政策を一層推進すべきである。ただ、保育士不足や就学前人口の減少に伴う今後の需要減を踏まえると、地域にもよるが単に保育施設を増やすことは得策とはいい切れない。
対策案として、まず、企業は努力義務とされているリモートワークの徹底が肝要だ。対応できない職種もあるが、通勤時間がなくなることで保育園への送迎負荷は軽減される。
次に、育児休業を男女交代で計1年以上取得することも一案である。現在男性の育休取得が進められているが、妻の育休中に同時に取ることが一般的である。北欧などは夫婦が時期をずらして交代で取る。日本においても、2022年の育児・介護休業法の改正により、休業期間の途中で夫婦が交代で取得することが可能となった(注3)。このメリットは、キャリアブランクの短縮と保育士不足の解消だ。
現状、年度途中は保育園の空きが僅かで、4月の一斉入園のタイミングでの入園が大半である。そのため、たとえば10月に出産した場合、生後半年あるいは1歳6カ月での入園を目指す人が多い。1歳児クラスは0歳児よりも定員が少ない地域が多く、希望園への入園可能性を高めるには生後半年での入園を選択することとなる。その場合、まだ子どもの生活リズムが安定しない時期に仕事を始めねばならず、両立の負担が大きい。もっと長く子育てに専念したい人もいるだろう。一方、1歳6カ月を選択すると、キャリアブランクが長くなる。保育園が決まらない懸念も高まる。
仮に、妻が1年育休を取得し、その後に夫が6カ月取得すると、前者の課題および後者のキャリアブランクが緩和される。さらに、0歳での入園を減らすことは保育士不足解消にもつながる。保育士1人が受け持つ子どもの数は国が定めており、0歳児は保育士1人につき子ども3人、1・2歳児は6人までとされている。上述のようなケースで、1歳以降の入園を選ぶ人が増えれば、保育士1人が担当する子どもの数が増える。保育士不足による定員削減や新規園開設の遅延などの問題が軽減されるだろう。
このように男女が交代で育児休業を取得できるように、企業には、長期の男性育休の取得推進とともに、取得開始時期を幅広く選べるようにすることが求められる。
7. 隠れ待機児童の解消に向けて(2)自治体
自治体は保育の質を向上させ、預けたいと思える保育園を増やす必要がある。入園申し込み者のデータや人気園の状況を分析し、立地や施設、教育内容の改善に努めることが求められる。AIを用いてこうしたデータ分析を進めるほか、保育園申し込み者の利用調整を行うことも期待される。現状、申込から利用決定まで数カ月を要し、決まった頃には希望が変わり入園を辞退するケースも少なくない。たとえば、福島県郡山市では2024年にAIによる利用調整を導入し、作業時間を短縮させている。選考プロセスの透明化や、希望順位の高い園に入れる人が増えるようなマッチングシステムの構築も期待される。
8. 質の高い保育の実現
以上みてきたとおり、保育のニーズは待機児童数だけでは測れない。「待機児童ゼロ」という言葉だけで判断すると、保育政策の評価や保護者の実情について正しく理解されない懸念がある。隠れ待機児童に含まれる「特定の園を希望」や「育休延長」を単なる個人の選択と捉えるのではなく、その選択をせざるを得ない背景に目を向けるべきであろう。
待機児童ゼロは、保護者の「無理」で成り立っている面がある。たとえば、入園しやすい0歳で預けて夜泣き等で寝不足の中仕事をする、遠くの園に送迎する、やむを得ず時短勤務をする等々だ。こうした「無理」は保護者の就労・昇進意欲の低下につながる可能性がある。当研究所の調査では、男女ともに子どもを持つ前にキャリアプランを立てていた有職者の約半数が、子どもの誕生後にプランの変更や喪失を経験している(福澤(2025))。
現在の保育政策は、待機児童が大きな社会問題であった10年前よりも大幅に改善はしている。しかし、預けられる場があるならよい、昔よりいいだろうと議論を止めてしまうと、保護者の無理が続く。また、待機児童ゼロとは、いわば「大学全入時代」のように「選ばなければ入れる」という状態に近い。保育は未来の人材を育てる場であるとともに、現役世代の就労や生産性向上に直結する場である。両立しやすい社会ならば、第二子以降も前向きに考えられ、それは人口減少対策にもなる。「入れればよい」という状態に満足せず、保育士の処遇改善を含め、保育の内容や利便性の一層の向上が求められる。
【注釈】
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こども家庭庁「令和6年4月の待機児童数調査のポイント」(2024年8月)
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大阪市は、待機児童数に、一時預かり等対応幼稚園利用者、企業主導型保育事業利用者、育休中、求職活動休止中、特定保育所希望等の数を加えたものを利用保留児童数としている。
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保育所に入所できない等の理由で1歳(1歳6か月)以降に延長した場合の育児休業について、休業期間の途中で夫婦で交代することが可能となる。夫婦のどちらかは1歳(1歳6か月)時点で育児休業を取得している、本人と配偶者の育児休業に切れ目(空白)がないように取得する必要がある。(厚生労働省「改正育児・介護休業法について令和4年10月施行部分を中心に」2022年9月)
【参考文献】
鄭 美沙
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。