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2023.09.27
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多様性理解のカギは「知ること」にあり
~聴覚障害者とのコミュニケーションを例に~
水野 映子
- 目次
1.聴覚障害のあるお客様が来店したらどう接する?
前回の拙稿「多様性理解の第一歩は思い込みに気づくことから」(注1)の冒頭では、「もし視覚に障害のある社員があなたの部署に入ったら、歓迎会の情報をどのような方法で知らせるか」という質問を読者に提示した。今回もまずは以下の場面を想定して、質問の回答を考えてみてほしい。耳の聞こえなさそうな人とコミュニケーションをする場面は、コンビニのレジ以外の接客場面、あるいは接客以外の場面など、自身が想定しやすい場面に変えていただいてもよい。
あなたはコンビニのレジで働いています。
耳の聞こえなさそうなお客様がレジに来たら、どのような方法でコミュニケーションをしますか?自分ができる方法をあげてください。(複数の方法をあげても可)
このような場面に遭遇したことがない読者の中には、この質問の答えがすぐに見つからない人や、答えは見つかってもそれを実践する自信がもてない人もいるだろう。だが、接客以外の仕事の場、地域や町中などでも、「耳の聞こえなさそうな」人に出会ってコミュニケーションをおこなう必要に迫られる機会は、突然訪れるかもしれない。そのときにコミュニケーションがすれ違うと、互いに不便な思いをする可能性がある。それだけでなく、企業などがビジネスチャンスを逃したり、顧客の信用を失ったり、あるいは障害者差別解消法などのもとで差別とみなされたりするおそれもある(注2)。そうならないためには、耳の聞こえない人(以下、聴覚障害者)に接する側が、適切な対応方法を理解しておく必要がある。そこで今回は、冒頭の質問での場面設定を例に、聴覚障害者とのコミュニケーション方法の概要やその留意点などについて概説する(注3)。その中で、前稿と同様、一般にありがちな思い込みやイメージの偏り、誤解などについても述べる。
なお、前稿で紹介した視覚障害者に関する質問と同じように、筆者は学生数十名がいる場において、上記の質問に関する自由記述形式の簡易なアンケートをおこなった。回答が多かったのは、①ジェスチャーなどの非言語のコミュニケーション方法を使う、②文字を使う、③話し方を工夫する(ゆっくり・はっきり話すなど)という方法(回答割合は①②がそれぞれ約3分の2、③が約2割)であった。この結果の一部についても次の2で触れる。
2.多様なコミュニケーション方法を知る
(1)ジェスチャー・表情などの非言語 ~誰でも・誰に対しても実践しやすい~
非言語のコミュニケーション方法で代表的なのは、ジェスチャー(身ぶり手ぶり)や表情で伝えるという方法である。冒頭のコンビニを例にすると、弁当を温めるかどうかを聞くために電子レンジを指さしたり、箸やレジ袋が要るかどうかを聞くために現物を見せたりしながら、首を少しかしげて疑問の表情を見せる、などがある。
この方法は、後述する(2)~(4)の方法に比べて道具や知識・技術が要らず、誰でも実践しやすいという長所がある。また、聴覚障害者だけでなく、他の特性の人(たとえば知的障害者や外国人など)とのコミュニケーションにも役立つ場合がある。
一方、非言語コミュニケーションだけでは、複雑な内容を伝えにくいという短所もある。そのため、伝わらないときは他のコミュニケーション方法も必要になる。
(2)文字 ~超アナログから最新デジタルまで臨機応変に~
文字で伝える方法の中で従来からあるのは、紙や筆談用のボードなどに手書きするという方法である。それに加えて最近では、スマートフォン(以下、スマホ)などの情報端末のメモ機能やアプリを使って文字を入力する方法もある。冒頭の簡易アンケートでは、主にこの2つの方法があがっていた。一方、アンケートの回答にはほとんどなかったが、スマホなどに音声を入力しそれを文字に変換して表示する方法(音声認識)も、近年使われるようになっている(注4)。
聴覚障害者に接する側がそれらを使っていなくても、聴覚障害者の側から筆談用の紙・ボードや文字入力・音声認識のためのスマホなどを差し出され、文字でのコミュニケーションを求められる可能性はある。その際に戸惑わないためにも、それらの方法の存在を知っておくことは重要である。
一方、道具を使わない方法としては、空中に指で文字を書く「空書(そらがき・くうしょ)」と呼ばれる方法や、手のひらに文字を書く方法もある。災害などの非常事態が起きた際には、筆記具やスマホなどが手元にない・使えなくなることもあり得る。ICT(情報通信技術)を使った文字入力・音声認識などのデジタルの方法とともに、道具を要さないこれらのアナログの方法も、いざというときのために覚えておいてほしい。
文字で伝える方法は、ジェスチャーなどの非言語や口・声で伝える方法(後述(5))に比べて時間・手間がかかることもあるが、確実に伝わる可能性が高い。ただし、聴覚障害者の中には、日本語の読み書きが得意でない人もいる。その点も念頭に置きながら、簡潔でわかりやすい日本語を書くなどの工夫が求められる。
(3)イラスト等の指さし ~コロナ禍を機に導入が広がる~
(1)の非言語によるコミュニケーションと、(2)の文字という言語によるコミュニケーションを組み合わせた方法もある。その一つは、会話でよく使われる表現を文字とイラストで書いておき、コミュニケーションの際にそれを指さすという方法である。以前から「コミュニケーション支援ボード」などの名称で呼ばれるツール(注5)があり、交通機関・役所などに配布されてきた。
また近年では、大手コンビニチェーンなども、指さしでコミュニケーションするためのシートなどを独自に作成し、相次いで発表した。そこには、たとえば(1)で述べたような弁当の電子レンジでの温めや箸・レジ袋の要否をたずねるためのイラストと文字が掲載されている。コロナ禍の中で皆がマスクをするようになり、聴覚障害者などとのコミュニケーションがより難しくなったことが、この動きの背景にはある。
ただし、これらのボードやシートは、せっかく導入されても、あまり活用されていないケースも見受けられる。聴覚障害者に接する側が、その存在と使い方を知ることが課題といえる。
(4)手話 ~双方が使えるなら有効だが~
冒頭の質問では「自分ができる方法」と限定したこともあり、自分が手話を使うという方法を簡易アンケートであげた人はいなかった。ただし、手話ができる従業員を呼ぶという回答はあった。もし手話ができる従業員がおり、顧客である聴覚障害者の側も手話を使うのであれば、コミュニケーションがスムーズになるだろう。
ただし、聴覚障害者が手話を使えるとは限らない。視覚障害者は誰でも点字を使うという誤解と同様、聴覚障害者は誰でも手話を使うという「思い込み」が一部にはあるが、実際には手話を使う聴覚障害者の割合は高くない(注6)。よって、たとえ聴覚障害者に接する側が手話を使えたとしても、聴覚障害者の側が手話を使うかどうかは確認が必要である。
なお、手話は(1)で述べたジェスチャーと同じ、あるいはジェスチャーに含まれるという「思い込み」もあるが、手話は言語であり、非言語のジェスチャーとは違う。
(5)口・声 ~「ゆ・っ・く・り・と」「大声で」話せばいいわけではない~
聴覚障害者は、相手が話すときの口の動きも理解の手がかりにしている。口の動きを読み取ることは、読話・読唇などとも呼ばれる。冒頭のアンケートでこの方法を想起した人は、ジェスチャーや筆談などに比べて少なかった。一般的にも思い浮かびにくい方法だと考えられる。
この方法も、ジェスチャーと同様、道具が不要という長所がある。ただし、読み取りには限界もある。たとえば、「たまご」と「たばこ」、数字の「いち」「に」「しち」(それぞれ1・2・7)は口の形だけでは判断しにくいため、違う言葉に言い換えたり、状況に応じてジェスチャーや文字などを併用したりしたほうがよい。また、口の形を読み取ってもらうためには、一字ずつ区切るのではなく文節で区切って話すなどのコツもある。
ところで、「耳の聞こえにくそうな人」「聴覚障害者」というと全く聞こえない人がイメージされがちであるが、中には聴力が多少あり、補聴器などで音声を聞く人(難聴者)もいる。ただし、補聴器などを使っていれば言葉を聞き取れる、難聴者に対して大声で話せば聞き取りやすくなるとは限らない。難聴者に声で伝える際にも、口の形を読み取りやすくするなどの視覚的な工夫をおこなうとともに、さまざまな「思い込み」をなくす必要もある。
情報を口の形・声で伝える方法や(2)で述べた文字で伝える方法のポイントに関しては、聴覚障害者との接し方に関するマニュアル等(前出の注3)の他、「やさしい日本語」に関するガイドラインなども参照されたい(注7)。
(6)聴覚障害者からの情報伝達 ~声を出して話す人もいる~
以上では、主に聴覚障害者に対して情報を伝える方法について述べたが、それとは逆に聴覚障害者の側から伝える方法についても最後に触れる。
聴覚障害者が情報を伝える方法も、基本的には上記の(1)~(5)と同じく、ジェスチャー・表情などの非言語、文字、手話、口の形、声などがある。この中で、誤解が特に生じやすいのは、聴覚障害者が声を出したときである。聴覚障害者は声を出さないという「思い込み」、逆にいえば声を出す人は聞こえるという「思い込み」も一般には根強いが、実際には声を出して話す聴覚障害者もいる。そのため、聴覚障害者が声を出すと、それを聞いた側は(1)~(5)で述べたような工夫や配慮をしなくなることがある。そうならないよう、聞こえない人はみな声を出さない・声を出す人はみな聞こえるという「思い込み」がないか、各自が見直す必要がある。
3.「心」「気持ち」以外に必要なものは
前稿では、視覚障害者や外国人への情報伝達に関して、まずはどのような方法があるかを「知ること」の重要性を述べた。そのことは、今回焦点をあてた聴覚障害者や、他の特性の人に関しても共通している。聴覚障害者とのコミュニケーション方法について特に知っておくべきなのは、本稿の2で述べたように、多様なコミュニケーション方法がありそれぞれに長所・短所があること、相手や状況によっても適切な方法が違うこと、誤解や思い込みも多いこと、などである。
また、コミュニケーション方法について知る以前に、頭に入れておくべきこともある。それは、聴覚障害のように外見ではわからない特性のために、コミュニケーションが難しい人が社会にいるということである。それが念頭にあれば、コミュニケーションがとりにくい人に出会った際に、その人は聴力が低いなど何らかの理由があるかもしれないと気づき、対応を考えやすくなるだろう。
そしていざ聴覚障害者に接する際には、相手にどのようなコミュニケーション方法が望ましいかについて「聞くこと」も、他の特性の人と接する際と同様に不可欠である。相手にニーズを「聞くこと」は、言い換えれば相手のニーズを「知ること」ともいえる。それを知ったうえで、相手や状況に合わせて多様なコミュニケーション方法を使い分けられるようになることが理想である。
言語や情報入手・コミュニケーション方法の異なる人同士が理解し合うこと、ひいては多様性(ダイバーシティ)の受容、共生を進めるために、キーワードとしてしばしばあげられるのは「心」「気持ち」である。だが、心や気持ちだけでは解決できないこともある。互いを理解するための知識を得てこそ、心や気持ちが意味をもつのではないか。
【注釈】
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水野映子「多様性理解の第一歩は思い込みに気づくことから ~視覚障害者は誰でも点字を使う?~」2023年9月
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障害者差別解消法は2021年に改正され、事業者による障害者への「合理的配慮の提供」が、努力義務から義務となった。改正法は来年度始(2024年4月1日)に施行される。
たとえば、コミュニケーションの配慮をおこなうことも「合理的配慮の提供」に含まれる。障害者差別解消法や合理的配慮の提供の詳細に関しては以下を参照。
水野映子「障害者差別解消法の理念と国民の意識のずれ ~配慮しないことが差別になる場合も~」2023年3月
内閣府「障害を理由とする差別の解消の推進」
(https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/sabekai.html)
上記の内閣府サイトの中で、聴覚・言語障害に対する「合理的配慮の提供の例」や「参考事例集」は以下に掲載されている。
「合理的配慮等具体例データ集(合理的配慮サーチ) 聴覚・言語障害」
(https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/jirei/index_choukaku.html) -
さまざまな場面での聴覚障害者等との接し方など、詳細については各種のマニュアル等を参照されたい。公的機関発行のマニュアルとしては、以下の例がある。他にも自治体や民間団体などから多くの情報が発信されている。
高齢・障害・求職者雇用支援機構「聴覚障害者の職場定着推進マニュアル 第7版」2022年
(https://www.jeed.go.jp/disability/data/handbook/manual/ocp_outline.html)
観光省「高齢の方・障害のある方などをお迎えするための接遇マニュアル 宿泊施設編/旅行業編/観光地域編」2018年
(https://www.mlit.go.jp/kankocho/news06_000352.html)
内閣府「公共窓口における配慮マニュアル ―障害のある方に対する心の身だしなみ」2005年
(https://www8.cao.go.jp/shougai/manual.html) -
スマホで音声認識をおこなうためのアプリに関しては以下のサイトなどを参照。
「ろうなんサポネット」>「音声認識ツール」>「音声認識アプリ -スマホ-」
https://dhir.jp/kb/books/e00da -
たとえば、公益財団法人 交通エコロジー・モビリティ財団の「コミュニケーション支援ボード」(https://www.ecomo.or.jp/barrierfree/comboard/comboard_top.html)では、主要な絵と文字(日本語・英語・中国語・韓国語の4か国語)で示されている。その他のコミュニケーション支援ボードは、注2で紹介した「合理的配慮等具体例データ集」にも掲載されている。
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厚生労働省「平成28年 生活のしづらさなどに関する調査」によれば、日常的なコミュニケーション方法として「手話・手話通訳」を選択した聴覚障害者の割合は、65歳未満では25.0%、65歳以上では4.3%。
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「やさしい日本語」は外国人に情報を伝える方法の一つとして考案されたが、日本人にも役立つと考えられる面がある。出入国在留管理庁・文化庁「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」(https://www.bunka.go.jp/seisaku/kokugo_nihongo/kyoiku/92484001.html)から、日本人にも特に有効と思われる話し言葉・書き言葉のポイントを、以下の図表6・8に抜粋している。
水野映子「プレゼンテーションのダイバーシティ対応を ~多様な人に伝わりやすい話し方・見せ方~」2023年7月
水野 映子
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。