内外経済ウォッチ『米国~インフレ再燃とFOMC分裂に直面するウォーシュ新体制~』(2026年6月号)

桂畑 誠治

目次

ウォーシュ氏がFRB議長職に就任へ

米国では、ジェローム・パウエルFRB議長が5月15日に任期満了を迎える。この節目を前に、金融政策運営の抜本的な転換に対し、世界の市場参加者の注目が注がれている。米議会上院の銀行住宅都市委員会は4月29日、次期FRB議長にケビン・ウォーシュ元FRB理事を起用する人事案を賛成多数で承認した。5月中に与党・共和党が過半数を占める上院本会議で可決される見通しであり、パウエル氏の退任と同時に、ウォーシュ氏が第17代FRB議長に就任する公算が極めて大きい。

4月に開催された公聴会において、ウォーシュ氏は市場が懸念していた「大統領からの独立性」について明確な回答を示した。同氏は、自身がトランプ大統領の「操り人形」になることはないと明言。大統領との会談で特定の金利決定を約束した事実はなく、仮に求められても応じないとの決意を証言した。「金融政策から政治を排除し、政治から金融政策を排除する」という彼の言葉は、中央銀行の独立性を死守する姿勢を強く印象付けている。

同時に、ウォーシュ氏はFRBの現行レジームに対する抜本的な批判を展開した。現在の目標を上回るインフレの原因は、2020年代初頭の低金利維持という政策ミスにあると断じ、資産買い入れよりも政策金利の操作を主軸として「新しいインフレ枠組み」への移行を主張している。従来のコアPCE統計は一時的な変動に左右されやすいとし、より基調的なインフレ率を測定できる刈り込み平均や中央値などを重視する方針を掲げている。かつて同氏は「バランスシート縮小が利下げを可能にする」との持論を展開していたが、今回の証言では、急激な転換による混乱を避けるため、バランスシートの縮小は慎重に行うと付け加えた。これは、改革への強い意志を持ちつつも、実務家としての慎重さを併せ持つ姿勢を示したものといえる。

FRBは様子見を維持もタカ派シフト

こうした人事の裏側で、現行のFOMCは深刻な分裂の様相を呈している。4月28、29日に開催されたFOMCにおいて、FRBはFFレート誘導目標レンジを3.50~3.75%に据え置くことを決定した。据え置き自体は3会合連続で市場予想通りだったが、投票結果は賛成8に対し反対4という、1992年10月以来の異例の分裂となった。反対票の内訳は、現在のFRBが抱えるジレンマを象徴している。ミランFRB理事が「25bpの利下げ」を求めて据え置きに反対した一方で、ハマック氏、カシュカリ氏、ローガン氏の3人の地区連銀総裁は、据え置きには同意しつつも、将来の緩和を意味する「緩和バイアス」を声明文に残すことに反対した。エネルギー価格の高騰が波及する中、FOMCの重心はタカ派方向へと傾いている。

新議長となるウォーシュ氏は、利下げ急進派であったミラン氏の後任として理事職を兼ねるが、FOMCは多数決の組織である。分裂したメンバーを説得し、新たなコンセンサスを構築できるか、その調整力が問われることになる。

足元の経済環境は、新体制にとって極めて厳しい。労働市場の安定が続いている一方、不確実性の高まりによる原油価格の高騰は、物価指標であるPCEデフレーターを前年同月比+3.5%へと押し上げ、インフレの再加速を招いている。米国とイランは停戦状態にあるものの、ホルムズ海峡の事実上の封鎖が継続しており、原油価格は1バレル=100ドル付近の高止まりが続いている。

トランプ大統領の指名を受けたウォーシュ氏といえども、この環境下では、持論とするAIによる歴史的な生産性向上がもたらす、利下げ余地を主張し難い。当面はインフレ抑制を最優先せざるを得ないため、政策金利の据え置きを継続する公算が大きい。(5月11日時点)

桂畑 誠治


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桂畑 誠治

かつらはた せいじ

経済調査部 主任エコノミスト
担当: 米国経済

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