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内外経済ウォッチ『欧州~新「鉄の女王」を待ち受ける難題~』(2022年10月号)

田中 理

目次

英国の新首相にトラス氏が就任

英国では9月6日、相次ぐスキャンダルで辞任に追い込まれたボリス・ジョンソン首相の後継者として、リズ(エリザベスの略称)・トラス外相が新たな首相に就任した。1979~90年に強いリーダーシップで英国の復権を主導したマーガレット・サッチャー首相、2016年の国民投票後の英国を率いたテレーザ・メイ首相に次ぐ、英国史上3人目の女性首相が誕生した。尊敬する政治家として、サッチャー首相の名前を挙げるトラス氏は、7歳だった1983年に学校の模擬総選挙でサッチャー首相役を演じたが、1票も獲得できなかったと後に自身で語っている(英BBC)。それから39年、新たな「鉄の女王」を目指すトラス首相を、就任早々、厳しい現実が待ち構えている。

新首相にとっての喫緊の課題は、石油危機時以来の物価高騰にどう対処するかだ。英国の消費者物価は7月に前年比+10.1%と40年振りに2桁台に乗せた。国民は跳ね上がる生活費に悲鳴を上げ、賃上げを求めるストライキが相次いでいる。エネルギー会社が平均的な家計に請求できるエネルギー料金の上限は10月に一気に80%引き上げられる。ロシアによる欧州向けのガス供給の縮小・停止でガス価格が一段と高騰しており、今後も料金引き上げが続く可能性がある。来年には前年比+20%前後の物価上昇率が視野に入る。

図表1
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物価高騰で高まる不満にどう対処する?

トラス首相は、総額300億ポンド(約4.8兆円)以上の大型減税を約束し、9月中に臨時予算を編成する方針だ。前政権時代に決まった来年春の法人税率の引き上げや今年4月の国民保険料の引き上げを撤回する。エネルギー料金の凍結も検討されており、実現すれば物価上昇に歯止めが掛かる。問題は財源で、増税や歳出削減を否定し、減税による歳入減少を政府の借り入れ増加で賄う方針だ。短期的には景気の下支えが期待される一方、中長期的には財政悪化を通じて通貨ポンドの売り圧力を招く恐れがある。

通貨の信任が危ぶまれる不安要素は他にもある。トラス氏は英国の中銀に当たるイングランド銀行(BOE)の政策対応の遅れがインフレ加速を招いたと批判し、BOEの責務を見直す可能性を示唆している。物価目標を廃止し、マネーサプライや名目国内総生産(GDP)を新たな目標値とすることが検討されている。金融政策運営の混乱や中銀の独立性が脅かされるとの不安が広がる可能性がある。また、EU離脱後の北アイルランドの運営規則を巡る英EU間の対立が激化する恐れもある。トラス氏は2016年の国民投票で残留を支持したが、投票後は熱烈な離脱派に転向した。強硬離脱派の支持を受けて首相に就任したこともあり、EUに厳しい交渉姿勢で臨む可能性が高い。

図表2
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田中 理


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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