内外経済ウォッチ『アジア・新興国~左派政権が誕生したペルーの行方~』(2021年9月号)

西濵 徹

6月に実施されたペルーの大統領選挙の決選投票では、4月に実施された第1回投票で首位に立った急進左派のペドロ・カスティジョ氏と、中道右派のケイコ・フジモリ氏との間で大接戦となった。最終的にカスティジョ氏の得票率は50.125%、フジモリ氏は49.875%と僅差でカスティジョ氏が勝利し、このところの中南米では『左派ドミノ』とも呼べる動きがみられる波がペルーにも及んだ格好である。7月末に行われた大統領就任式でカスティジョ氏は、選挙戦を通して訴えた憲法改正を通じた国民の政治参加の実現を真っ先に掲げた。

また、コロナ禍を経て疲弊した経済の立て直しに向け、銀行セクターや鉱業セクターへの政府関与を強める姿勢をみせる一方、金融市場が懸念する国有化を否定する姿勢をみせた。ただし、財政政策面では教育セクター向け予算の倍増や、低所得者層への現金給付の実施など『大きな政府』路線に舵を切る姿勢をみせるなど、財政動向は変化が避けられない見通しである。さらに、メディア規制や自由貿易協定(FTA)の見直しに言及するなど、様々な面で政策が大きく転換する可能性も高まっている。なお、閣僚人事を巡って与党内のドタバタが顕在化しており、首相には強行左派議員を据える一方、財務相には穏健派エコノミストを据えるなど、金融市場の懸念に配慮する動きもみられた。ただし、今後も金融市場は政権及び与党の動きに揺さぶられる展開が続くであろう。

大統領就任式前には、4月の大統領選第1回投票と同時に実施された共和国議会選挙で当選した議員による宣誓式が実施された。カスティジョ政権を支える与党は第1党であるが、総議席数の3割に満たない少数与党に留まる。結果、議長や副議長は中道派や右派政党から選ばれるなど、政権との間で『ねじれ状態』となっている。さらに、大統領選で敗北したフジモリ氏は今後、右派や中道右派勢力を結集して多数派を形成する可能性もあり、カスティジョ氏の罷免を求めるなど『圧力』を強めることも予想される。

また、カスティジョ政権を巡っては、与党内におけるゴタゴタが表面化するなど『一枚岩』にはほど遠い状況であることを勘案すれば、政権運営が円滑に進展するかは見通しが立ちにくい。カスティジョ大統領自身、選挙戦を通じて急進的な社会主義政策に舵を切る姿勢を示したものの、金融市場が懸念を強めたことを受けて、就任演説においてはそうしたトーンを抑える考えをみせた。一方、与党内では急進的な社会主義政策を主張する向きもみられ、政権運営は困難な状況が続きそうである。さらに、同国の新型コロナウイルスの感染動向は収束に向かいつつある一方、ワクチン接種が遅れるなか、同国で発見された変異株(ラムダ株)が中南米に広がりもみられるなど新たな懸念も高まっている。その意味では、ペルーを取り巻く状況は不透明要因が山積していると言えよう。

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西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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