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内外経済ウォッチ『欧州~ECBは戦略検証で緩和長期化を示唆~』(2021年9月号)

田中 理

目次

戦略検証で物価安定の定義を見直し

経済通貨統合を進める欧州連合(EU)は、1999年の単一通貨ユーロ導入に先駆けて、域内の金融政策を一元的に担う欧州中央銀行(ECB)を発足した。ECBは発足から数年後の2003年に、金融政策の枠組みを見直したが、今回18年振りに包括的な検証作業(戦略検証)に着手した。背景には、世界的な低金利環境、グローバル化やデジタル化の進展、気候変動に対する脅威の高まりなど、金融政策や金融システムを取り巻く環境変化がある。昨年1月に開始した検証作業は、コロナ禍で外部の専門家や一般市民の意見聴取が一時中断を余儀なくされたが、7月に結果を公表した。

今後の金融政策運営を占ううえで注目を集めたのが物価安定の定義の変更だ。ユーロ圏経済は近年、低インフレの長期化に悩まされてきた。これまで「2%を下回るが、2%に近い水準」を物価安定と定義してきたが、ECBが許容する物価の上限が2%であるとの印象を与え、インフレ期待を抑制する一因となってきた。これを「上下に対称的な2%」に改め、今後は物価が一時的に2%を上回ることを許容する。なお、従来同様にユーロ圏の統一基準に基づく消費者物価(HICP)を物価の参照指標とするが、住宅価格が個人の購買力に与える影響を考慮し、将来的には持ち家の帰属家賃を含む計数を採用する予定だ。

近い将来に利上げの3条件は整わず

この他に、金融専門家以外の幅広い市民との対話を強化する方針や、中央銀行として気候変動対策に積極的に取り組む方針が示された。戦略検証後で初となる7月のECB理事会では、見直し後の物価安定の定義に基づき、政策金利に関する行動指針(フォワードガイダンス)が修正された。新たな指針では、予測期間の中間時点で2%の物価目標に到達し、残りの予測期間中も2%を維持し、中期的な物価の基調が2%で安定すると判断されるまで、利上げを開始しない方針が示された。最新のECBの物価見通しは、原油高の影響で2021年後半に一時的に2%を上回った後、2022~23年を通じて1%台半ばでの推移を予想する。向こう数年の間に利上げは展望できず、今後も長期間にわたって緩和的な金融環境が維持されそうだ。

戦略検証と7月のECB理事会では、大規模金融緩和からの出口戦略に関する方針は発表されなかった。市場参加者の間では、早ければ9月のECB理事会で、コロナ危機対応で昨年春に開始したパンデミック緊急資産買い入れプログラム(PEPP)の段階的な買い入れ縮小(テーパリング)を決定するとの観測も浮上している。だが、欧州各国でデルタ変異株の感染拡大が広がっており、テーパリング開始が後ずれする可能性にも注意が必要となりそうだ。

図表
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田中 理


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