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2026.08.10
アジア経済
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中国のディスインフレ脱却の道のりは依然として遠い
~マクロでインフレも、ミクロではディスインフレ、政策運営の舵取りは難しい展開が続く~
西濵 徹
- 要旨
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中国国務院は7月、初めて個人消費に焦点を当てた「消費拡大の5ヵ年計画」を発表し、2030年の小売売上高を2025年比2割増の「60兆元前後」とする目標を掲げた。サービス消費の質向上、新たな消費モデルの育成、家計所得の引き上げなどを打ち出した。しかし、その後の中央政治局会議では具体策が示されず、一過性の対策にとどまることが懸念される。
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原油高の一服を受け、7月の生産者物価(調達価格)は前年比+5.5%に伸びが鈍化した。さらに、川中段階にかけての物価動向を示す生産者物価(出荷価格)も前年比+3.5%に伸びが鈍化した。中国では、過当競争(内巻)により製品価格への転嫁が難しい展開が続いてきたが、川上段階での物価下落が川中、川下にかけて物価の下押し圧力につながっている。
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消費者物価も7月は前年比+0.5%と6ヵ月ぶりの低い伸びとなり、政府目標の2%を大きく下回る。ガソリン価格下落が主因となったものの、コアインフレ率も前年比+0.9%に鈍化した。夏休みシーズンで観光価格は上昇したが、それ以外のサービス物価は総じて低迷しており、家計の節約志向を背景にディスインフレ圧力の根強さが残ることが影響している。
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金融市場では、人民元は緩やかに上昇するも、輸出競争力低下への懸念から中銀の相場けん制の可能性がある。株式市場は原油高一服を受けやや持ち直す動きが確認されたが、金融緩和期待の後退と業績改善の不透明感から上値は限定的とみられる。7月末の政治局会議では公共投資の進捗促進を表明したため、関連する分野で株価を支える一方、分野ごとのばらつきが強まるであろう。
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- 目次
【当局は消費拡大5ヵ年計画で内需拡大の必要性は認識】
中国国務院は7月2日(ホームページへの掲載は同13日付)、「消費拡大の5ヵ年計画」を発表した。これは、初めて個人消費に焦点を当てる形で策定された計画となる。背景には、長引く不動産不況に加え、コロナ禍以降に若年層を中心とする雇用回復の遅れが続き、個人消費をはじめとする内需が力強さを欠くことがある。具体的には、2030年の小売売上高(社会消費品小売総額)の規模を2025年時点(50.1兆元)に比べて2割増の「60兆元前後」とする方針を掲げている。この実現には年平均で個人消費を3.7%増加させる必要がある。中国国務院は、消費構造の高度化を図るとともに、家計所得の引き上げを目指す方針を示した。
具体的には、サービス消費の質・国民生活の向上の推進、財消費の規模拡大・高度化の推進、新たな消費業態・ビジネスモデル・消費シーンの育成や創出、消費能力の向上、消費環境の大幅な改善、消費関連制度・メカニズムのさらなる整備を掲げた。セクターとしては、高齢者介護、育児、ヘルスケア、文化、観光、スポーツ、教育といったサービス分野の消費促進を目指すとしている。そのうえで、デジタル消費、AI(人工知能)を活用した消費、環境配慮型消費、体験型消費、インバウンド消費といった新たな消費モデルを推進する。インバウンド消費の拡大に向けては、ビザ(査証)免除対象国の拡大、欧州や米国、一帯一路参加国への直行便の増便を図るとした。ただし、中国では先月末に公表した出入国管理規則を巡って、その恣意的な運用が懸念される(注1)。こうしたなかでインバウンドが着実に拡大するかは見通しにくいと考えられる。
家計所得の引き上げに向けては、雇用の拡大、賃金の引き上げ、財産所得の拡大、社会保障の充実、公共サービスの向上による家計部門の購買力向上の必要性を強調した。中国では長らく、労働分配率の低さが個人消費の足かせとなってきたが、雇用機会の拡大や賃金の引き上げを通じてこうした課題の解決が進むことは望ましい。一方で、財産所得の拡大という目標は、過去に幾度も不動産や株式のバブルに直面したことを勘案すれば、新たなバブルの発生を招くリスクを孕んでいる。財政・金融政策について、消費者への直接的な恩恵を与える支出、生活関連支出、消費関連インフラへの投資を重視すべきとの考えを示した。とはいえ、その後に開催された中央政治局会議では、内需拡大の重要性に対する認識は示されたものの、具体的な方策は示されず、対策の難しさを表している。その意味では、一過性の対策にとどまる可能性には注意が必要と考えられる。
【原油高の一服を受けて、川上・川中段階のインフレ圧力にも一服感】
このように、個人消費をはじめとする内需の弱さが続く一方、過去数ヵ月はイラン情勢の悪化を受けた原油など商品市況の上昇が世界的なインフレを招くなか、中国もその影響に直面した。しかし、米国とイランによる停戦合意を受けて原油高の動きに一服感が出ており、中東産原油に依存してきた多くのアジア諸国において原油高の一服の影響が顕在化する動きが確認されている。
7月の生産者物価(調達価格)は前年同月比+5.5%となり、約4年ぶりの高い伸びとなった前月(同+6.4%)から鈍化した(図1)。前月比も▲1.0%と前月(同▲0.2%)から2ヵ月連続で下落しており、原油などエネルギー関連のほか、ナフサなど化学工業製品関連、非鉄金属関連など原材料を中心に価格が下落している。さらに、原材料を中心とする価格下落の動きを反映して、農産品を除く中間財関連の価格も軒並み下落しており、企業間取引段階で価格下落の動きが広がっている。このため、中国においても川上段階におけるインフレ圧力が後退していることは間違いない。

さらに、こうした動きを反映して生産者物価(出荷価格)も前年同月比+3.5%となり、約4年ぶりの高い伸びとなった前月(同+4.1%)から伸びが鈍化している。前月比も▲0.7%と前月(同▲0.3%)から2ヵ月連続で下落しており、川上段階における物価下落圧力が川中段階にかけて着実に浸透している様子がうかがえる。原材料関連や加工品関連といった生産資材を中心に軒並み価格が下落しているほか、消費財関連でも価格が下落しており、全般的に価格に下押し圧力がかかっている。中国国内では、企業が利益を犠牲にして市場シェアを争う過当競争「内巻(ネイジュアン)」が社会問題化している。このように製品価格に転嫁することができないなか、原材料価格の上昇一服を受けて、製品価格にも下押し圧力がかかる動きが広がるなど、ディスインフレ圧力を促しやすい状況にある。
【家計の節約志向の根強さがディスインフレ圧力につながる】
個人消費をはじめとする内需の弱さに加え、前述のように、川上段階から川下段階にかけてインフレ圧力が後退していることを反映して、7月の消費者物価は前年同月比+0.5%となり、前月(同+1.0%)から鈍化して6ヵ月ぶりの低い伸びとなった(図2)。3月に開催した全人代(第14期全国人民代表大会第4回全体会議)では、2026年のインフレ目標を2%前後としたものの、これを大きく下回る推移が続いている。前月比も▲0.1%と3ヵ月連続で下落しており、川上から川中段階にかけて物価上昇圧力が後退するなか、川下段階でも物価上昇圧力が後退する動きが確認された。

原油高の一服を受けて、ガソリン(前月比▲9.8%)をはじめとするエネルギー価格が下落した。一方で、食料品価格は横ばいで推移しており、豚肉(前月比+4.1%)や野菜(同+1.3%)などの価格は上昇する一方、果物(同▲3.8%)や卵(同▲1.7%)などの価格は下落しており、全体としての食料品価格の上昇が抑えられた格好である。この結果、食料品とエネルギーを除いたコアインフレ率は前年同月比+0.9%と前月(同+1.0%)から伸びが鈍化した。ただし、前月比は+0.3%と前月(同▲0.1%)から3ヵ月ぶりの上昇に転じている。これは夏休みシーズンが重なったことで、観光(前月比+6.6%)など一部のサービス物価が上昇したことが影響している。なお、観光以外のサービス物価は軒並み横ばい、ないし下落する動きが確認されており、雇用回復の遅れが賃金上昇圧力の後退を招くなかでサービス物価の上昇が抑制される展開が続いている。
足元では、イラン情勢を巡る不透明さを理由に原油価格は再び上昇する動きがみられ、先行きは川上段階で物価上昇が再燃する可能性が出ている。しかし、当局は個人消費の拡大に向けて旗を振る動きをみせているものの、短期的に効果のある対策が打ち出される可能性は極めて低い。このため、家計部門が節約志向を強める流れが変化するとは見通しにくく、結果的にディスインフレ圧力が根強い展開が続くと予想される。
【金融緩和のハードルが高まるなかで中国金融市場はどうなる?】
少し前の金融市場においては、景気の不透明感が残るなかで中国人民銀行(中銀)が金融緩和に動くとの観測が出ていた。7月には、李強首相が専門家や企業経営者との会合の場において「経済情勢を包括的、かつ客観的に捉え、成果を十分に認識すると同時に、問題点を冷静に見極めることが重要」と述べたことが報道された。景気循環に対応するためのカウンターシクリカル(反循環的)な調整を強化するとともに、既存の政策を十分かつ効果的に活用し、経済の勢いを確固たるものにすべく、追加措置を事前に検討・準備すべきと述べたとされる。こうした動きに加え、様々な重要会議において需要喚起の重要さが示されたことも、金融緩和観測を後押ししたと考えられる。
足元の金融市場においてはこうした見方を反映して、人民元相場は緩やかな上昇が続いている(図3)。その一方、内需が総じて力強さを欠くなかで足元の中国景気は外需への依存を強めており、人民元高は輸出競争力の低下を通じて外需の足を引っ張ることが懸念される。このため、先行きは中銀が一方向的な人民元高に対してけん制をかける可能性には注意が必要である。

一方で、商品市況の上昇により、企業部門を中心にインフレ圧力に直面しているにもかかわらず、原材料価格の上昇を製品価格に転嫁することが難しく、逆ざや状態が続くという懸念が意識され、中国本土株は上値の重い展開が続いた(図4)。しかし、原油高の一服による川上段階での物価上昇圧力の後退が期待されたことを受けて、足元の主要株価指数(上海総合指数)は持ち直しの動きをみせている。とはいえ、前述のように金融緩和のハードルは高まっているほか、業績の大幅な改善が見通しにくいなかで上値余地は限られると予想される。なお、7月末の中央政治局会議では、国家プロジェクトである六張網(電力、水利、通信、コンピューティング、物流、地下配管)の「着実な推進」を表明するなど、公共投資の進捗促進を図る方針が示された。このため、こうした政策に関連する分野は下支えされる可能性があるものの、分野ごとのばらつきが大きくなることには注意が必要である。

注1 8月4日付レポート「経済安全保障の観点で考える中国ビジネスを巡るリスクとは」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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