インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

インドネシア、金融市場は堅調な景気の背後にある政策リスクを警戒

~政府・中銀は成長重視姿勢維持も、金融市場は「格下げ」を警戒する対照的な状況~

西濵 徹

要旨
  • 2026年前半はインドネシアの株式・通貨ルピア・国債すべてに売り圧力がかかった。発端はMSCIが株式市場の情報開示への懸念から世界株指数への新規採用を停止し、フロンティア市場への格下げを示唆したことがある。FTSEラッセルやS&Pダウ・ジョーンズも同様の警告を発した。当局は浮動株比率引き上げなど改革を進め、MSCIも一定の評価をしたが、判断を保留しており、格下げリスクはくすぶる。加えて、ばら撒き財政や原油高対応の補助金拡大による財政悪化、中銀副総裁・総裁の相次ぐ辞任など中銀独立性への懸念も市場の不安材料となっている。インフレは原油高・ルピア安・異常気象のリスクを抱えつつも目標レンジ内で推移し、中銀は成長重視から7月に利上げを見送るなど、政策運営への懸念が続いている。

  • 金融市場の懸念にもかかわらず、実体経済は比較的堅調な推移をみせている。4-6月の実質GDP成長率も前年比+5.29%と鈍化するも5四半期連続で5%を上回る伸びを維持した。ただし季節調整済み前期比年率では3年半ぶりの低水準となり、足元では頭打ち傾向にある。輸出は原油・天然ガス・石炭需要を追い風に大きく伸び、固定資本投資も公共投資や設備投資の持ち直しで堅調であった。一方、個人消費は給食無償化・ボーナス支給の一巡とインフレ加速で鈍化し、純輸出は輸入拡大によりマイナス寄与となった。製造業・建設業・サービス業は底堅い一方、鉱業・農林漁業は下振れするなど分野間のばらつきが目立つ。政府・中銀の2026年成長率見通しに対して、上半期実績(+5.45%)とともに範囲内になったが、下半期は利上げやインフレによる内需下押しで達成のハードルが高まると予想される。

  • 政府・中銀が成長重視姿勢を維持する一方、金融市場では政策運営への懸念から売り圧力がくすぶっている。イラン情勢の長期化など外部圧力が強まれば、財政赤字と経常赤字の「双子の赤字」の拡大、資金流出によるルピア安圧力が強まるリスクがあり、政策支援による堅調な実体経済の裏側にある財政・金融政策のリスクに注意を払う必要性は高い。

目次

【金融市場で広がるインドネシアに対する警戒感】

2026年前半のインドネシア市場は混乱に見舞われた。主要株価指数(ジャカルタ総合指数)、ルピア、国債のすべてに売り圧力がかかる動きがみられた。きっかけは、指数算出会社のMSCIが株式市場の情報開示への懸念を表明したことにある。具体的には、同社が算出する世界株指数への新規採用を停止し、透明性向上への取り組みが進まなければ、組み入れ比率の引き下げやフロンティア市場への格下げを示唆した。直後には、同業他社のFTSEラッセルも同様の姿勢を示した。さらに、S&Pダウ・ジョーンズ・インデックスも7月、株式市場の透明性に関する問題を理由に、フロンティア市場への格下げを警告した。

当局は、最低浮動株比率の大幅引き上げをはじめ、海外投資家の懸念解消に向けた対策を矢継ぎ早に打ち出すなど、市場改革を加速させる姿勢を打ち出した。このため、MSCIは5月に当局の改革姿勢に一定の評価を示したものの、その後も審査を延長するなど判断を留保している。同社はその理由に、価格形成を歪める協調的な取引の兆候や、英語による詳細な市場情報の提供が不十分であることを挙げるなど、取り組むべき課題が依然多いことを示している。当局による一連の改革を評価する一方、市場全体に一貫した持続的な取り組みが必要であると指摘しており、実質的には条件付きで現状維持を判断したものと考えられる。仮にフロンティア市場への格下げが実施されれば、パッシブ投資家を中心とする資金流出が加速し、結果的に相場のさらなる下押し圧力となることが懸念される。このため、当面の株価は引き続き神経質な値動きをみせる可能性が高い(図1)。

図表1
図表1

プラボウォ政権のばら撒き志向の強い財政運営に加え、景気減速による税収減も重なり、財政状況は急速に厳しさを増している。これに加え、イラン情勢の悪化による原油高を受けて、燃料価格を抑えるための補助金支出が膨張しており、財政赤字が一段と拡大する懸念も高まっている。一方、同国ではここ数年、中銀の独立性が懸念される動きが顕在化、年明け直後には副総裁が任期を1年余り残して突如辞任し、後任にプラボウォ大統領の甥であるトマス・ジワンドノ氏が就任した。6月に成立した金融部門発展強化法(P2SK法)では、中銀の政策目標変更に加え、国会が中銀の政策運営に勧告することが可能となるほか、理事会メンバーの解任も可能となるなど、政治介入が懸念される事態となっている。7月末にはペリー総裁が任期を2年弱残して突如辞任し、後任人事の行方が注目されている(注1)。足元のルピア相場は、日本と米国の協調介入により米ドル高の動きに一服感が出ており、ルピア相場もわずかに持ち直している(図2)。しかし、大手格付機関2社(ムーディーズ、フィッチ)が将来的な格下げの可能性を示唆しており、ルピア相場は上値の重い展開が続く公算が大きい。

図表2
図表2

イラン情勢の悪化による原油高にもかかわらず、補助金により燃料価格が抑えられていることもあり、足元のインフレ率は中銀が定める目標(2.5±1%)のレンジ内で推移している。原油高の影響を免れない形でインフレは加速してきたものの、米国とイランによる停戦合意を受けた原油高の一服を反映して、直近7月のインフレ率は前年比+2.88%と伸びが鈍化している(図3)。一方で、食料品とエネルギーを除いたコアインフレ率は前年比+2.76%と目標レンジ内で推移しているものの、緩やかに加速する展開が続いている。先行きについては、イラン情勢の不透明さを理由に原油などエネルギー価格が高止まりする可能性に加え、ルピア安懸念による輸入物価の上昇、スーパーエルニーニョによる異常気象が食料インフレを招く可能性も高く、生活必需品を中心に物価上昇圧力が強まることが予想される。中銀は、金融市場でのルピア安に歯止めをかけるべく、5月に利上げに舵を切り、その後もサプライズ利上げを含めて累計100bpの利上げを実施した。しかし、7月会合ではルピア安懸念がくすぶるにもかかわらず、経済成長を重視して金利を据え置いており、追加利上げのハードルの高さがうかがえる。背景には、プラボウォ大統領が自身の任期中に経済成長率を8%に引き上げる目標を掲げていることがある。同国の経済成長率は、ここ数年平均5%程度で推移しており、目標達成には経済成長率を3%ポイント押し上げる必要がある。このため、経済成長のけん引役である個人消費など内需喚起に向けて、物価抑制と金融緩和を志向していると考えられる。金融市場では政策運営への懸念が続くと予想される。

図表3
図表3

【4-6月成長率は鈍化も堅調さ維持、先行きには不透明要因が山積】

金融市場は政策運営の不透明感を警戒する向きをみせているほか、イラン情勢の悪化を受けた原油などエネルギー資源の供給懸念が幅広い経済活動に悪影響を与えることが懸念される。こうした状況にもかかわらず、政府・中銀による経済成長重視姿勢が下支え役となり、実体経済は比較的堅調な推移をみせてきた。4-6月の実質GDP成長率も前年同期比+5.29%となり、前期(同+5.61%)から鈍化したものの、5四半期連続で5%を上回る伸びで推移するなど堅調さが続いている。ただし、当研究所が試算した季節調整値に基づく前期比年率ベースの成長率は3四半期ぶりに5%を下回り、3年半ぶりの低い伸びにとどまるなど、足元の景気は頭打ちの動きを強めている(図4)。

図表4
図表4

需要項目別の動きをみると、イラン情勢の悪化による原油高を追い風に、アジア新興国の間で中東に代わる原油や天然ガスの供給元としての需要が高まったほか、石炭需要が喚起されたことも重なり、幅広く輸出が大きく押し上げられた。また、前期は金融市場におけるばら撒き財政への批判を抑えるべく、政府が公共投資を事実上削減するなど歳出抑制を図り、公共投資の進捗が低迷したものの、そうした動きが一服したほか、プラボウォ氏肝煎りの協同組合計画関連の建設投資の進捗のほか、企業部門による設備投資の動きも活発化しており(図5)、固定資本投資は堅調な動きがみられた。一方で、プラボウォ大統領の肝煎り政策である学校給食無償プログラムのほか、公務員を対象とする祝祭ボーナスの支給などの一巡により政府消費が鈍化したほか、足元のインフレは加速して実質購買力に下押し圧力がかかっていることも重なり、個人消費の伸びは鈍化した。設備投資が持ち直したほか、公共投資の執行が進んだことを反映して輸入が押し上げられており、純輸出の成長率寄与度は前年同期比、前期比年率ともにマイナスで推移している。前年同期比ベースでは、輸入拡大による成長率の下押しが▲1.77ptと前期(▲1.22pt)からマイナス幅が拡大したと試算されるため、景気の実態と乖離している可能性には注意が必要である。

図表5
図表5

分野ごとの生産動向は、輸出の堅調さを反映して製造業の生産に底堅い動きがみられるとともに、公共投資の進捗促進の動きは建設業の生産を大きく押し上げる動きにつながった。また、個人消費は鈍化したにもかかわらず、ビジネスサービス関連やITサービス関連の好調さが下支え役となり、サービス業の生産は底堅い動きをみせている。一方で、生産割当制限が足かせとなる形で鉱業部門の生産は力強さを欠く推移をみせたほか、異常気象の頻発が影響して農林漁業関連の生産は下振れしており、分野ごとのばらつきが鮮明になっている。2026年の経済成長率見通しについて、政府は+5.4~5.6%、中銀は+4.9~5.7%としており、上半期の経済成長率は+5.45%とともに範囲内となった。しかし、下半期は中銀の断続的な利上げ実施やインフレ加速による内需の下押しが懸念されるなか、政府見通しの実現のハードルが高まることは避けられないと予想される。

【実体経済と金融市場の評価が乖離するリスクに注意が必要】

政府や中銀は成長を重視する姿勢をみせる一方、金融市場においては株式、為替、国債のすべてに売り圧力がくすぶるなど、政策運営に対する懸念が高まっている様子がうかがえる。仮にイラン情勢が長期化するほか、金融市場の動揺など外部からの圧力が強まれば、同国にとっては財政赤字と経常赤字の「双子の赤字」が拡大することが懸念される。そうなれば、リスク回避姿勢が強まることによる資金流出、ルピア相場への圧力を引き起こすことが予想され、マクロ経済の安定の観点から難しい政策の舵取りを迫られることになる。このため、足元の景気は堅調な動きが確認されたものの、その背後で高まっている財政運営に対するリスクにも注意を払う必要性は極めて高く、金融市場の見方にも影響を与えるであろう。

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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