インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

インドで存在感を増す「ゴキブリ」、インド政治への影響は

~若年層の不満を背景に、SNS発の風刺運動が現実の政治運動へ発展~

西濵 徹

要旨
  • インドでは、高学歴層の失業拡大や医科大学共通入試(NEET)の試験漏洩問題を背景に若年層の不満が高まるなか、最高裁長官の「ゴキブリ」発言を契機として、政権を風刺する「ゴキブリ人民党(CJP)」がSNS上で誕生した。CJPは若年層の支持を急速に集め、SNS上で与党を上回る影響力を獲得した。政府の締め付けにもかかわらず支持を拡大し、政治改革や選挙制度改革などを掲げる政治運動へと発展している。

  • CJPは元AAP関係者のアビジート・ディプケ氏の呼びかけを契機に始まり、抗議活動や地方行脚を通じて現実の政治運動へ発展した。教育改革家ソナム・ワンチュク氏らも参加し、SNS発の運動が全国的な抗議行動へと広がっている。今月には、ワンチュク氏の強制移送をきっかけに大規模デモが発生し、政府との衝突が各地に拡大した。一方で、政府はCJPの要求を協議する姿勢も示しており、一定の政策対応につながる可能性がある。

  • CJPが正式な政党へ発展するかは不透明だが、一連の動きは経済成長の恩恵を受けられない若年層を中心にモディ政権への不満が蓄積していることを示しており、今後の政治動向への影響が注目される。

このところのインドでは「ゴキブリ」が注目を集めている。インドではここ数年、経済成長の押し上げを目的として、ITをはじめとするハイテク産業への支援を強化してきた。しかし、教育・人材育成が追いつかず、国内で創出される雇用とのミスマッチが拡大している。その結果、インドでは高学歴層ほど失業に直面しやすいという構造問題が深刻化している。さらに、5月に実施された医科大学の全国共通入試(NEET)の試験漏洩の問題が発覚し、約220万人の受験生が再試験を余儀なくされ、プラダン教育相の辞任を求める動きが広がった。加えて、連邦最高裁のカント長官は、法廷で、失業中の若者や政治活動に関わる若者をゴキブリや寄生虫に例えたと報じられ、反発が強まった。こうしたなか、SNS上では、カント氏の発言とモディ政権を支える最大与党BJP(インド人民党)を風刺した「ゴキブリ人民党(CJP)」というアカウントが登場した。

CJPは政治や社会など幅広い問題に焦点を当てつつ、巧みな風刺によって「Z世代」の支持を集めている。その投稿も若年層の不満を反映した内容となっている。その結果、当該アカウントのフォロワー数は開設から数日でBJPの公式アカウントのフォロワー数(現在は944.7万人)を大幅に上回った。政府は当該アカウントの凍結を含む締め付け強化に動いたものの、そのたびに別アカウントで復活するなど、いたちごっこの様相をみせた。その後に公式ウェブサイトが公開されており、登録者数は100万人以上、請願署名も84.1万筆を超えるなど一定の支持を集めている。CJPは入党条件として、あえて無職や怠け者であることを掲げている。公約として①連邦最高裁長官の退職後の優遇措置禁止、②メディアの独立性確保、③議員数や閣僚数の半数を女性とすること、④公正な選挙の実現、⑤政党変更議員への20年間の公民権停止、の5項目を掲げている。

CJPは、米国在住のインド人であるアビジート・ディプケ氏がSNS上で呼びかけを行ったことが設立の契機となった。ディプケ氏を巡っては、2015年から2024年にかけてデリー首都圏首相を務めたケジリワル氏が主導する庶民党(AAP)のソーシャルメディアチームでボランティアに従事した経緯がある。このため、一部ではAAPとの結びつきを指摘する声のほか、政治ミームに過ぎないとの見方もあるとされる。一方で、6月にはディプケ氏がインドに帰国し、首都ニューデリーで行った抗議活動には、若年層を中心に多数の参加者が合流し、プラダン教育相の辞任を求める動きに発展した。その後、ディプケ氏は西部のプネ、北部のラクナウ、南部のハイデラバードなどで地方行脚を行うとともに、ニューデリーで無期限の抗議活動を開始した。ニューデリーでの無期限活動では、北部ラダック地方の州への昇格や憲法上の自治権拡大を求める活動家であり、教育改革家として2018年にマグサイサイ賞を受賞したソナム・ワンチュク氏などがハンガーストライキを開始した。このように、SNS上の動きをきっかけに現実の政治運動に展開している。

こうしたなか、7月18日に警察がワンチュク氏を強制的に病院に移送したことで反発が強まり、20日にCJP支持者が大規模なデモ行進を実施した。デモ隊はプラダン氏やモディ首相の辞任のほか、ワンチュク氏の解放、試験漏洩による試験無効を苦に自殺した学生に1人当たり1,000万ルピーの補償などを要求し、議会に向けて行進した(現地報道によれば、試験漏洩を巡って自殺した学生は計12人に上る)。その際、警察が催涙ガスや警棒で排除しようとしたことで衝突し、警察・警備当局とデモ隊の双方に多数の負傷者が発生した。また、南部のバンガロールや西部のムンバイ、西部のゴアなどでも抗議デモが実施され、一部で警察がデモ参加者を拘束した模様だ。これを受け、ディプケ氏は抗議行動を継続する一方、今後はデモ行進を行わないと表明した。一方で、ナッダ保健相がCJPの要求を政府内で協議する方針を示すなど、一定の成果につながる可能性が出ている。

CJPは現時点では政党要件を満たしておらず、現実の政党として発展するかは、なお見通せない。しかし、一連の抗議行動を経て、政権が要求の一部を受け入れることになれば、活動のすそ野が広がっていく可能性は高い。したがって、モディ政権は表面上では政治基盤を強固にしているものの、その足元では着実に現状に対する不満が鬱積していると考えられる。さらに、近年の経済成長の恩恵を受けることができていない若年層を中心に、その「はけ口」が求められていることがうかがえる。そうした政治的なうねりが今後どのような動きにつながるか、今後の動向を注視する必要性は高まっている。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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